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「彼女は何でも跳ね返す」

 彼女は何でも跳ね返す。

 好意を視線を友情を、警句を戯言を告白を。ナイフを火炎を暴言を、豆腐をサザエをシイタケを。ライムをトポスを遠景を、丸谷を三並を谷崎を。魅力を鯖煮を情動を、切符を小枝を浸透を。自在を雨月を平成を、同属を無邪気を邂逅を、………………………………………………。

 だから僕はいま彼女の帰り道を少し離れたマンションの屋上から見下ろして、黒い学生服が汚れるのも構わずにその屋上に伏せって、スコープを覗いている。構えているのはもちろん戦艦大和の主砲くらいの破壊力を持ったD-3粒子ライフルであり、僕はこれからこれを使って彼女に告白をするのだ。……13番目は不吉だろうとか、もうそんなことは今さら気にならなかった。僕の胸が高鳴るたびにカタカタと肋骨の内側から震えが手足へと染み出して、それを止めようと歯を食いしばると、たちまち血の味が口の中に広がった――砂漠の砂が食べたいと、今限定で強く願う。時間の進みがノロくて、彼女が通るまであと2分もあった。

 僕は、彼女のことが好きだ。ひと目惚れだったと言うとなんだか陳腐だけど、ひと目惚れ以外の恋なんてあるんだろうかと思っている僕だから、人類史における全ての恋情と同じように、この気持ちは真実でしかないのだった。人が人を好きになるのは、結局は一瞬あれば十分なのではないかと思う。逆もまた真なのではないかというところが、実に残念でならないのだが。

 空は雲が多い。

 ほとんど曇り空だ。でも太陽の光はその隙間からしぶとく降り注いで、天使でも降りてきそうな神秘性をこのでこぼこの街にふりかけていた。〝天使の梯子〟や〝天使の柱〟、あるいは〝天使のヤシロ〟とも呼ばれるその太陽光の縦線は、天界から地上を走査するサーチライトのようだった。僕のことを見つけたら、天使達は僕を告発するだろうか? 

 僕は天使の警部というのを思い浮かべて、ちょっと笑った。時代遅れのでっかいカイゼル髭でふとっちょの、眼だけ異常に純粋で、羽根を生やした幼児だった。どうせ捕まるなら、そんなのより銭形のとっつぁんに捕まりたいよな、と僕は思うのだった。

 でも僕は誰にも捕まらない。ライフルを放った衝撃で死ぬ可能性があるからとか、失敗は死を意味するからとか成功も生を約束しないからとか、そういうことからの結論では無くて今から僕がやろうとしていることは一種の軍事作戦でもあって、社会正義は僕の側にあるからなのだった。このライフルだって、軍部から提供された特別製なのだし。

 彼女は何でも跳ね返す。だけどそれは誰かが望んだ結果ではない。そう信じたい。

 僕は彼女を放課後の体育館裏とかに呼び出して、これから玉砕覚悟の告白をする。

 気持ち的にはそれと大差ない事なのに、状況だけが歪に肥大化してしまっている感じだ。

 彼女は普通の高校生。――表向きにはそうなっているが、彼女の体質は秩序を乱す。

 彼女は触れるものを跳ね返す。

 全ては跳ね返って、多くは破壊を招く。

 磁石の同じ極を近づけたときのように、何者も彼女に触れることができなかった。

 昔のアニメに出てきたベクトル変化を操る白い超能力者のようだけど、違うのは彼女がその力を自力で制御できないことと、彼女は普通に生れて普通に生きられるはずだったということだろう。

 彼女の捕獲は不可能だ。なら殺すしかないのではないのか?

 そんなことが言われ始め、そして僕は今、13番目のスナイパーとして彼女の命を狙っている。引き金をひけば、即座にD-3粒子の渦動によって加速された特殊合金製の弾体が、初速5km/sで射出されるだろう。連射は13発が可能で、おそらくこれなら「成功」するだろうと言われている。今まで使われたリニアライフルの、4.2倍の破壊力があるそうだから。

 発射の衝撃は凄まじいが、それを緩和するために周囲の37あるビルディングにこのライフルは物理的に、あるいは電磁力的磁力的に連結され、それらの耐震装置を用いて発射衝撃を緩和するようになっているらしい。もちろんどの程度それが働くかはよくわからない。13発を連続でぶっ放したら、恐らくいくつかのビルは崩れるだろう。僕も死ぬんじゃないだろうかと思う。でもそれくらいやらなければ、彼女に何かを――何かの想いを届けることも、できないのだ。

 もう2分は過ぎていた。指示は待機のままだ。

 僕はいつでも撃てるのに、もしかしたら待ち合わせを、すっぽかされたのだろうか。

 午後の風はすっかり冷たくなり、一時間放置してあったコーヒーのようだった。

 弾体に刻んだ告白の言葉に、彼女は気付くだろうか?

 別にこれは自己満足なのだから、気付かなくてもいいとは思う。でもやはり心のどこかでは、気付いてほしいと思っている。そしてできれば、彼女に好意を持っている人間がいることを、そしてそれが意外に多いということを、知ってほしいと思うのだ。もちろん、独り占めできたらそれに勝る幸せなんか今の僕にはないわけだけど。

 ――で、

 その時、

 スコープの中に道を通りかかる制服姿の女生徒が、見えた。


 来た。


 彼女がやってきたのだ。灰色の景色の中で、セーラー服の襟が白かった。歩くたびに髪が揺れ、顔のラインはふっくらとして、しかし程よく引き締まって綺麗だった。

 僕は狙いを定め、彼女を見詰め、指を慎重に、告白の言葉を紡ぐ乾いた唇のように、慎重に動かす。伸ばしていた人差し指を引き金に掛け、そして最後にもう一度だけ願う――失敗しても成功しても、僕らはもう二度と会うことがない。だけど、だから……、それがなんだ。

 どうかこの想いが届きますように。




 ―――〝あなたのことが、好きです〟――――




 そして、僕は引き金を引く。


 

 

 初出:『天然水』Vol.48(2013年6月発行)

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