勇者 笑う
大仕事、だと思った。同時に名を上げるチャンスとも思った。
あの頃の自分は、それに飛びついた。
実力も自信もあった、その判断は間違いではなかったけれど、ただひとつ、間違えたのは。
お前にゃ無理だ、と切り捨てて置き去りにした駆け出しの女剣士。岸から離れる船から見た、立ち尽くす彼女を何度思い出しただろう。
「弱い奴はいらねえ」
そう言った俺に、当時の『仲間』がキレた理由など考えもしなかった。
求められたのは『俺』だろ、そんな傲慢が俺のなかにあったから。
その時の『仲間達』を失って喪って。だからこそ、ずっと気になっていた。叶うなら謝りたい、やり直したい。
もう一度。…なんてむしのいい…
足を止めて息をつく。目的地に着いた勇者は、海岸洞窟の入口を前に後ろの二人の様子を見る。
賢者はさすがに大丈夫だが、その弟子がへばっている。
「ちびすけは、ここで留守番か?」
「…いや」
言葉を切って、賢者は魔法使いに回復をかける。
「…これでいい」
「ちゃんと回復してんのか? 途中で潰れたら置いてくぞ?」
「この魔法だけで、三日寝ないで動けますから大丈夫です」
「十日はいけると思うがな」
「子供に完徹三日とかさせんなよ!」
「連続戦闘想定訓練だ」
「お前の想定敵ってなんだよ!? どんだけ強大な相手だよ!?」
「魔王だ」
「いるかいないか、わかりませんけどね」
しれっと言う賢者は、苦笑いの弟子を無表情に見下ろしている。
「あ〜…まあいいやもう。とっとと行こうぜ」
「少し待て」
弟子を対魔王想定で鍛えていると言うトンデモ師匠に軽い頭痛を感じつつ、勇者は鞄を開く。取り出したカンテラに火を着けようとする勇者を賢者は止め、ぽわんと魔法使いが産み出した魔力の光源を確め、口角を僅かに上げた。
「待たせた」
「おう。ちびすけ、ありがとうな」
戦闘中に消えねえだろうな、なんて考えたことを感じさせない笑顔で、カンテラを鞄に突っ込んだ勇者は魔法使いの頭を撫でた。
泥まみれで脱出した洞窟を、魔法使いの灯りを頼りに進んでいく。逃げ回ったおかげで迷わずに最短距離を行けるのは良いことなのか、どうなのか。
この洞窟をねぐらにしている動物達は、逃げたか食われたか姿が見えない。
緩やかに下る濡れた足場で、魔法使いが三回ほどすっ転んだのを見て、賢者が、夜間行軍訓練、と呟く。魔法使いの修行は意外と体育会系のようだ。
「んなわけあるか…」
わけわかんねえ奴、賢者の評価を勇者は改めた。
弟子を可愛がってはいるのだろう。戦闘前に弟子へ保護魔法をかけたのも気づいていた。
それでも、魔法使いを中心に業火を躊躇わず召喚し、とどめの火球を叩き込むのにはゾッとした。
なぜ、あいつはあんなやつと組んでいるのだろう。
二年。その間にどれだけの絆を結んだのか。『勇者のパーティ』の名前に、仲間を失うことを怖れるくらいには?
思考を止めて、勇者は歩を止めた。見覚えのある、洞窟最奥の空間。そこを覗き見える岩影にかくれて、闇の奥に目をこらす。
水滴が落ちる音がこだまする。
「地底湖に浸かってるあれが、今回のお目当てだな。まあここからじゃ見えねえけど」
「そいつは、敵を泥まみれにする攻撃をしてくるんですね!?」
「泥まみれになったのは狭いところを逃げてたからだな。それは気にすんな」
「……潔いですね」
「女の前ならかっこつけるけどな。いまはそうじゃねえし」
「なんか臭い……」
「クサイってなんだよ。それは大事だろ」
魔法使いの体力を賢者が回復する間に、勇者は闇の奥に目を凝らす。
「この距離なら反応しないんだよな…」
「魔法合成体、の定義は」
「えと、核となるアイテムに魔力を注いで作る魔法生物の発展系で…『核を含む二つ以上の素材を使用した魔動物』…です」
「では、それを倒すには」
「核を潰す、です」
「あ、核を潰すのナシで頼む。中のアイテム壊されたくないんだわ」
いきなり授業を始めた二人に、勇者はダメ出しをする。
言われて賢者が、すっと目を細めて闇を見透かす。
「そうそう壊れる物ではないと見るが?」
「けど、ナシで」
「核をご存知なんですか?」
「……」
魔法使いの純粋な疑問に、勇者は少し黙ったあと。
「勇者の盾」
使わねえから要らねえんだけどな、と苦笑しながら答えた。