賢者 呆れる
勇者とは。
神や預言者により、国や民を救う者に与えられる称号だと賢者は識っていた。
そして、彼らが倒さんとする『敵』の代表格が『魔王』。
今も何処かの山奥に築いた宮殿の奥で、悪巧みをしているのだろうと評判、らしい。
ここ数百年、何度も各国の勇者が万魔殿に挑んでは、戻らないと聞く。
では、今目の前にいるこの男も、いずれは魔王に挑むのだろうか。
討伐対象は、街道を離れた海岸洞窟に潜んでいる、と勇者は言った。
「交戦して、手傷を負わせて、追い詰めたと思ったらすげえ反撃喰らってさぁ。まあケガはあんまねぇけど」
「そうか」
「おいおい、そこ突っ込むとこだろ?」
ピクニック日和の海沿いの道を、洞窟へと向かう道中。
ハハハと気楽に笑う勇者を先頭に、少し遅れて賢者と魔法使いが続く。
「意味がわからんな」
肩をすくめる賢者の二歩後ろで、魔法使いが小さく、あるんだ…と突っ込みを入れる。
「ちびすけはわかってんじゃん。ケガはするさ。勇者だってな」
「ちび……っ!? 成長期バカにしないでください! すぐにあなたなんか抜いてやります……たぶん」
「たぶんかよ」
ケラケラ笑う勇者は喧しいが、前衛が潰れるのは邪魔なことこの上ないので、勇者に軽く癒しの術、魔法使いには適度な保護系の魔法をかけておく。
「お…? ありがとな。回復使えるのか、あんた」
「ある程度はな」
「ちなみに、得意な術系は?」
「そうだな…『壊す』のが得意だ」
「炎系ってことか?」
炎で吹き飛ばすのも、風で切り刻むのも、氷で砕くのも、岩で潰すのも得意だ、と言って良いものか。
剣士なら、危ない人になるからやめなさい、と言うだろう。
結局、そんなところだ、とだけ答えて、視線を流す。
空。海。薮。獣道。師匠、とやっと気づいて声をかけてくる弟子の声。
「まあ、犬に遅れをとるようなことだけはないな」
「そう言ってあいつも守ってやってんのか?」
足を止めて、軽く振り向いて勇者は笑う。
逆に、賢者の眉間にはシワがよる。
「あれは、守られているような女か?」
「守ってやってたぜ? 俺あいつより強いし」
「そうか」
勇者の投げてくる言葉など正直そんなのはどうでもいい賢者は、弟子に後ろ手で戦闘を知らせる。
「――え? なんですか?」
「………………」
「犬だよ! 構えろ、ちびすけ!!」
「え、えぇ!?」
剣を構える勇者に、慌てて魔法使いは辺りを見回す。
青い空、青い海、潮風に吹かれて片側だけ成長した木。
波の音に混じって聞こえたのは、あちこちから発せられる低い獣のうなり声。
包囲はされているが、それほど多くはない、と判断。ここは勇者の腕を見せてもらうべきか、と賢者は適当に魔法を選択。
薮を飛び越えて襲いかってくる獣は二、三十匹。
灰色の毛の大型の狼系モンスター。群れで襲ってくる以外、賢者にとってはどうということもないが、戦闘経験の少ない魔法使いはその数の多さに硬直する。
それを横目に見ながら、賢者は数匹の狼を火球で吹き飛ばす。
派手でいいな、と爆音に笑う勇者もまた、抜き放った片手剣で犬を屠っていく。
安定した剣に、賢者は勇者の評価を多少上方修正しつつ、弟子を確かめる。
何度か引っ掛かりながらも詠唱を終えて放たれた魔法使いの炎の矢は、牽制程度の威力しか出せていない。
「――ちびすけ!!」
そもそも、獣が狩りで狙うのは最も弱い個体。
吠えられ飛びかかられ、徐々に孤立させられた魔法使いに勇者が駆け寄ろうとするが、それより早く賢者の唱えた業火が、魔法使いごと彼を狙う犬を包み込んだ。
「おい!」
勇者が声を荒げるのを無視して、賢者はさらにそこへ火球を撃ち込む。
生き残った犬が浮き足だつ。
「てめえ、なにしてんだよっ!!」
「――邪魔をするな」
残りの犬へ魔法を放とうとする賢者に掴みかかった勇者を無表情な顔と声で振りほどく。
「……逃げられただろうが」
逃走する野犬を、言葉ほど気にしていない声音の賢者。
業火は、いまだ天を焦がしている。
「犬なんざどうでもいいだろ!! ちびすけを囮にしやがって! なぜあっさり死なせた!?」
「……」
これが『勇者』か、と上げた評価を下方修正。
「おまえもなにか言うか?」
「えと……びっくりしました?」賢者の手の一振りで消えた炎のなかには、無傷の魔法使い。
まあなんとなくそんな気はしてました、と少年は苦笑して、師の元へ駆けていく。
「疑問系かよ……って生きてんのか!?」
「師匠が、僕に保護魔法をかけてくれていましたし、なんとかなるかなって」
「ならねえよ、普通は……それとも、味方に保護魔法かけて吹っ飛ばすのが、魔法使いの間で流行ってんのか?」
信じらんねえと片手で顔を覆う勇者は、深く息を吐くと剣を鞘に納めた。
「あの野犬は追わんのか?」
「あれは今回の討伐対象じゃねえから無視」
「え、勇者なのに!? あの狼だって町の人にはモンスターですよ?」
「悪いな、勇者ったって、ボランティアじゃねえし」
にっ、と笑う勇者。清々しいほどの笑顔に、魔法使いは賢者と勇者を交互に見上げるだけ。
勇者というよりも、あの男は傭兵だろうと思う賢者は、呆れながらも惑う弟子の頭を軽く撫でてやった。
勇者を追って歩きながら。
ひとつ思い出して、賢者は魔法使いを肩越しに見やる。
弱まっはいないが、保護魔法をかけ直し、言う。
「集中力強化訓練、追加」
「…………はい」
しょぼん、とした声が返ってきた。