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剣士 心配する

昔のこと、と湯気の中で呟く。湯気を吸った赤い髪が視界の邪魔。

前髪を切るついでに、後ろ髪も揃えよう。ショートヘアは楽だけど、伸びてしまうとみっともない。長いままだったら、ちょっと伸びたくらいなら目立たないのに。

「…あたし、変だ…」

昔のこと。仲間だった彼。長かった髪。海の匂い。

こんなことで揺れるなんてらしくないと目を閉じて湯を頭からかぶる。

ざかざか頭を洗って、ふうとため息をつく。



ぬくぬくになった体で宿の廊下を部屋へ戻る途中、聞き覚えのある声に足が止まる。

「あ、お客さん。お客さんの言ったとおり、彼、帰ってきましたよ」

「お客さんっ…て?」

女将と話していた泥まみれの…その姿に、剣士は微かに震えた。

「お前…」

「ぉ、ひさしぶり」

上手に笑えただろうかと不安になる。そんな心のまま、剣士は次の言葉を探し――

「俺が恋しくなったか?」

「なるかっっっ!!」

さりげなく肩に回してくる手をかわし、剣士はスナップの利いたビンタを男に見舞う。

ぱん、と気持ちいい音と共に、呑み込んでいた古い思いが口をついて飛び出した。

「大体っ、あたしを置いていったのはあなたじゃないッ!! そんなあなたをどうしてあたしがー―って…やめた」

剣士と苦笑する男を目を輝かせて交互に見ていた女将は、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てられた言葉に我に返る。

「あらやだ。あとは若い御二人でね」

「はは、どーも」

空気を読めない台詞と共に去るおばちゃんに、男にはにこやかに応える。

相変わらずの男の軽さに、剣士は半分うんざり、半分安堵を感じてきゅっと唇を噛んだ。

「あ、そうだ」

「あたし、あなたを構ってるヒマなんてないから」

ぷいとそっぽを向いて去ろうとする剣士の肩を男は掴む。

「待てって。損はさせないから。お前、まだひとりなんだろ?」

「しつこいわね。それに、あたしにはー―」

男を睨む剣士の頬を、なにかが掠め、

「いっ…!!」

肩を貫いた電撃に、男が飛びずさる。

「仲間がいるのよ」

見つめる視線の先、目指す部屋の扉が開いて、静かに賢者が出てきた。

ナイスと目配せする剣士と、長風呂だなと目で告げる賢者。

遅れてひょこりと顏を出した魔法使いは、師匠の勝ち、と諸々の基準を元に勝敗を勝手につけた。

「アイツ、お前の魔法使いか?」

「ええ、あたしの、よ。じゃあね」

「待てって。じゃあさ、お前の魔法使い、俺に貸してくれよ」

「はあ!?」

「俺、いま仕事の途中なんだけどさ。どうもソロじゃきっついんだわ。お前がいれば多少楽だと思ったけど、お前嫌がってるしさ。

だから、お前魔法使い、俺に貸してくれや」

「なにその三段論法!? あなた馬鹿? ゲス? クズ?

泥遊びに夢中になりすぎて、耳から入ったワームが頭に寄生してるんじゃない?」

男を睨みつけた剣士の口からは、ぽんぽん罵倒語が飛び出していく。

彼女の怒る姿は見たことがない魔法使いは、首をすくめ――いや、むしろ、と思いつく。

その口調は、まるで師との口喧嘩。

気安くて、だからこそ捲し立てる。そう魔法使いに見える剣士は、ふんと鼻をならす。

「彼はあたしの『仲間』であって、『所有物』じゃないわ。彼に訊いてみたら?」

どーせ断られるだろうけど? そう言いたげな剣士が、視線を投げた先の賢者は無表情。

「…俺、もしかして、相当お前に嫌われてる?

あ〜〜、んで、あんた俺の仕事手伝う気あるか?」

悄気た男は、一瞬で気をとりなおすと賢者へ問う。

「内容はモンスター討伐。報酬は俺が払う。首都まで着いてこいとは言えねえしな。そっちに四割だすよ。どうだ?」

ぽい、と投げて寄越された依頼書を無言で読んだ賢者は、そこで始めて男を値踏みするように観察する。

「こんなナリでもそれくらい出せるぜ?

依頼者は国。俺は、勇者だ」

誰が何だって? と剣士は男の言葉を反芻し。

「前言てっ――」

「いいだろう」

発した言葉は、賢者に上書きされた。

どうして、という表情の剣士を見ずに、ただし、と賢者は続ける。

「私の弟子も連れていくが、いいか?」

「おう。やー、あんたが話のわかる奴でよかったぜ」

にっと笑う勇者が剣士のわきを抜けて賢者に握手を求める。

それに応じる賢者の姿をなかば呆然と見ていた剣士は、ぐっと両手を握り締めた。



上機嫌な勇者が自室へ引き上げるのも見ずに、剣士は廊下の賢者も入口の魔法使いも無視して奥のベッドへ身を投げた。

剣士の不機嫌な様を初めて見る魔法使いが、オロオロと視線をさ迷わせているのがわかる。

『誘ってみれば』と言ったのは自分だし、賢者が魔法使いに経験を積ませたいのもわかるし。

それでもさ、と言葉に出さず愚痴る剣士の耳に、部屋の扉が閉まる音と、大丈夫だ、と魔法使いに告げる賢者の声が届く。

「大丈夫だ」

近づく足音と自分以外の体重でへこむマットレス。

そして向けられた言葉に、剣士は半身を起こして賢者を見上げた。

「ほんとに?」

「ずいぶん心配性だな。…大した相手ではない」

「そりゃまあ…そうだろうけど」

クスリと剣士が笑う。

「手加減はしないがな」

「それでいいよ。…きみも、気をつけていってきてね」

朝早く出立する賢者と魔法使いに見送りの言葉を『今』言った剣士は、心配のなくなった頭で何時に起きようかと考えていた。

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