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クトゥルフ系

地球に根付く芽

作者: 蛇月夜

時見が半日で校生してくれました。

花であった時に喰い散らかした死体から剥ぎ取った、かろうじで着れる『服』を身に纏い、落とし子は町を目指し光を頼りに歩いていた。


だが、足取りはまだ覚束(おぼつか)ず、幾度となく転びそうになりながら、確実に(ニンゲン)を求めて歩き続けていた。


その瞳は町の光を一直線に見つめていた。





「夜勤なんて……」


「嘆くな新入り、ハコに入ってんのも仕事のうちだ」


小さな交番に二人の警官が当直を勤めていた。


最初に声を上げたのはこの春に警官になったばかりの巡査、立田(たつだ)二五朗(にごろう)


戒めたのが先輩である巡査部長の久保(くぼ)拓馬(たくま)


今日の夜勤に当たった不幸な二人である。


「久保さん……そんなこと言っても今日彼女との記念日なんですよ? それをほかの人たちが『呑みに行くからお前がやれ、新入りにはもってこいの仕事だ』とか言って押し付けてきて……

 絶対、彼女いない(ひが)みですって」


「今度何かおごってやるからしっかりしろ。最近は物騒なことも多いんだ、裏山に行ったっきり帰ってこない人が多いと思えば、今度は見る間に禿山になってきてる。市民の安全を守るのが俺たち警察の仕事だろ?」


「そんなことは分かってますけど……モチベーションっていうんですか? それが上がらないっていうか……」


それでもぶつぶつと文句を垂れる二五朗。


拓馬が言っていることはきちんと理解しているが、今日は早めに自宅であるアパートに帰り、彼女と夜のデートと洒落こもうとしていた矢先に舞い込んだ夜勤である。気持ちが乗らないのも無理はない。


「愚痴ってる暇があったら巡回行って来い。夜遊びなんかを見つけたら注意して帰らせるのを忘れんなよ」


「……はい」


二五朗はしぶしぶながら、拓馬の言われたとおり巡回に出かけた。


さぼりたいという気持ちを抑え、帰ってきたら思いっ切り甘いコーヒーを作って一気飲みしようなどと考えながら。







「やっ……ト、つい、た」


落とし子は山から町へと伸びる道路を伝って移動し、遂に町の入口までたどり着いた。


時刻は深夜を少し回っており、街灯とビルの窓からわずかに漏れる光と色鮮やかなネオンが光源となっている。


「ご、はん……ハ、ドコ……?」


落とし子の空腹は頂点にまで達しており、その瞳にはもはや光がともっておらず、ただ食欲があるだけである。


辺りを見渡しても人はおらず、落とし子は(わず)かに落胆した。


しかし、そこに一人の男が近づいてきた。


濃い青の闇に溶け込むまだ新しい制服を着ており、腰には特殊警棒と何も入っていないホルスターを装備した巡回中の立田二五朗であった。


「君、お父さんかお母さんはどうしたのかな?」


警官らしく、優しげに声をかける二五朗。


「いなイ」


「居ない?」


「……オなか、すイた」


「お父さんとお母……」


「おなか、スイた」


「ああ、分かったよ。ちょっとついて来てくれるかな? 何かおやつぐらいなら交番にあると思うからね」


一瞬理解できなかったが、落とし子をお腹をすいている迷子と判断した二五朗はとりあえず交番に連れて行き、冷蔵庫に入っているはずのおやつを渡してから、詳しく話を聞こうと考えた。


二五朗から見て迷子の少女の手を取ろうと、右手を伸ばした。


「あ、なた……ハ、おいし、くな、サソう。デも、タベ、ナイよ、りま……し」


  じゅるり


「え……?」


落とし子の背中から数本の目のない蛇によく似た鋭い牙を持った緑色の触手が伸び、二五朗が伸ばしていた右腕に喰らいついた。


マッチ棒を折るように骨を分断し、ステーキナイフの様に細かいギザギザのついた牙が肉を噛み千切り、二五朗の右腕は肩から消失した。


「がっ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」


行き場を失い飛び散る血液、朦朧とする意識を激痛が覚醒へと導く。


「あん、マり……、おいし……クな、い。すじ、ばっテ……るし、あぶら、ッこイ……」


「うううううわあああああああ!!」


半狂乱に陥った二五郎は叫ぶ。


「なんなんだよ! なんで俺がこんな目にあうんだよおお!」


右腕があった箇所を抑え、派出所へ逃げようとした。


しかし。


「ニ、がさ……ない……!」


一本の触手が素早く動き、二五郎の左足に絡みつき、さらに噛み付く。

骨を呆気なく折り、そのまま引きずり寄せる。


「~~~~ッ!」


叫び声を上げることすらできない男は、いとも簡単に落し子の近くに引き戻された。


「あん、ま、リ……おいしく、ない、カら、のこ、りはひ、とく、ち……」


「いやだ、死にたくない……まだ、俺は……」


顔をありとあらゆる液体で濡らし、失禁すらしながら、二五郎は命乞いをした。


しかし、その願いは届かない。


  バクンッ!


アスファルトを砕いて地下より現れた、巨大で太い触手が哀れな警官を一呑みにした。


「ごちソう、さま……」


落し子は誰に言うまでもなく呟いた。


それは、花であった時に喰らったニンゲン達の習慣だったからかもしれない。


「きゃああああああああああああああ」


偶然、いや不運にも物音を聞き、残業していた会社より出てきた女性(エモノ)が声を上げてしまった。


彼女は見てしまった、男が太い枝のようなものに丸呑みにされるところを。


そして、落し子が現在使える触手の有効活動圏内は約十五m、その範囲内に彼女は居た。


「口、なオしに、なリそう……?」


言うより早く、触手は女性へと襲いかかり、断末魔の叫びを上げることなく、OLは骨まで食い尽くされた。


「さっキの、やつヨりはおイしカった、デも……すっぱカった」


最大限までおなかをすかせた落とし子は、まだ満足していなかった。


「マだ、たりナい」


落とし子から生える触手がその数を増やす。


「もっト、もッと、タべたい。こコのニンゲン、ぜンぶたべれバオナカいっぱいに、なレるかな?」


そして、


「かりノ……ジかん……!」


口に歪んだ笑みを浮かべ、先ほどより少しだけ大きくなった落し子は、触手を縦横無尽に町中に走らせながら、自身も夜の町を駆け抜けた。







「おなか、いっぱい……!」


全身を血で赤く染めた落し子はつぶやいた。


その周りには無残にも喰い散らかされた人間の骸が転がっている。


頭部のない女性、手足のない男性、腹から血に濡れた内蔵が飛び出ている複数の子供、食い散らかされ原型を留めていない数人分の肉塊などが、家の中を、商店街を、路上を埋め尽くしている。


それらの死体に共通していることはどれも頭部がないことぐらいである。


溝には血が流れ、鉄錆の臭いは死臭へと変わり、腐乱臭が漂い始めている。


これらは落し子が一晩で行ったことである。


散発的に起こる悲鳴と絶叫により夢から覚め、外に出た人々は例外なく、触手の手に掛かり、落し子の前に出てしまったものは落し子自らが喰らった。


身の危険を感じ、隠れた人々は敏感な嗅覚により、探し出され太い触手に丸呑みにされた。


夢から覚め無かった人もいたが、結果として永遠に覚めない眠りに落ちていくこととなった。


賑やかだった山の麓にあった人口数千人の町は、完全に死の町と化した。


たった一柱の邪神の落し子の手によって。





落し子は血にまみれた姿のまま町を徘徊し、無人の本屋に辿りついた。


喰らった人間たちの思考を色濃く受け継いだためなのか、真偽は落し子自らも分からない。


床に散らばっている適当な本を拾い、棚からも数冊抜き取り斜め読みしていく。


人を喰らう度に成長していく落し子は、数千人分の知識と経験を断片的に持っているため、言葉が途切れ途切れになる以外は、日本語はもちろん、英語なども習得できている。


そんな中、数冊目の本のある単語に目を惹かれた。


その単語は『イリス』。


幼稚な、五百円程度で買える胡散臭いオカルト雑誌に掲載されていた、名状し難い絵の題名につけられていた言葉である。


その絵には、人を吸収する巨大な花の怪物と紫の空、はっきりと見えすぎている虹が描かれていた。


「イ、リス……? ワたシのなまえに……いいかも」


落し子は自らに名前をつけた。


ギリシャ語で『虹』を意味する『イリス』と。





「こちら闇、落し子は町を一つ食いつぶしました。

 成長段階は第二段階へ移行を確認、これより判別のため『イリス』と呼称します。

 連絡終了」


まだ種子シリーズは続きます。

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