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沈まない箱舟

作者: 銀狼

「――と書かれているが、ここの『惨憺』の意味を……橘裕也」

「痛ましいこと、嘆かわしいこと、またそのさま」

 教壇上に立つ栗川先生に指名された俺は、辞書で調べた意味をそのまま言った。先生はまた淡々と説明を続けだした。教室内に響く川のように淀みのない流れるような授業運び……正直ほとんど聞き流しているに近い。国語なんて漢字と語句とか慣用句とかがわかってりゃ充分だろ。文脈がどうとか内容がどうだとか、読んだら分かるっての。ハァ、こんな評論よりも漫画読みたい。狭苦しい教室なんかより家の自室にいたい。毎度のようにそう思うのにも飽きてきたから、何の気なしに窓の外に目をやった。天気は曇り。数秒見てると大分雲が移動している。風が強いってことだな。しかもあの雲の厚さ……あれは雨降るパターンじゃないか? これで雨降ったら部活も無し……ああ、退屈。嫌になる。

 毎日毎日、機械人形のように学校に来て淡々と授業聞いて帰って寝てと、同じサイクルの繰り返し。もうつまんね、飽きた。そう感じるのは別段おかしなことじゃないと思うんだ。だからって、自分から何か事を起こそうと考えるほど、アクティブな性格でもない。だからまあ、何か起こってくれるのをずっと待ってる感じだ。

 だから……あの犯罪予告が届いた時は、ほんとに来た!! と思った。





『予告

 かつて神々は未曽有の嵐にて大地を浄化した。

 その神々の意思に倣い、此度は私が浄化を行う。

 だが案ずるな。その御魂は必ず、我らが主の名のもとに救われるだろう。

 今回はノアの方舟も見逃しはしない。生徒諸君にとっての方舟は破壊させて頂く。』


 そんな予告が昼、学校に届いたらしい。らしい、というのは学校の臨時集会ではあんま詳しいことを言ってくれなかったからだ。取り敢えず、犯罪予告が学校に届いた。安全確保のため臨時休校にすると言われただけだ。では何故俺が予告内容を知っているかというと、家にも同じ内容の予告状が届いていたからだ。家に帰るなり母さんにその紙を見せられた。それともう1枚紙があった。


『愚者のためにこれを記す。

 私は高田高校の施設を爆破する。これは決定事項だ。学校だけでなく、警察や生徒の各家庭にも送付済みであることは伝えておこう。』


 アドレスを知ってる友人数人に確認してみたところ、あいつらのとこにも同じものが届いていたらしい。となると、全員に送りつけたってのは本当なのか……何ともまあ、面倒なことを。けど……なんか、段々気持ちが高ぶってきた。面白いことになってきた。そうか、これがワクテカってやつか。

 だって、テレビや二次元の中でしか知らない事件ってものに巻き込まれてんだぜ? それも学校にいない今、命の危険は無い、安全圏だ。普通に暮らしてたら絶対経験できないことを経験してるって考えただけでもう面白くて楽しくて仕方がない。

 あ、待てよ。もしかしたら裏サイトで何かやってるかもしれない。自室にあるパソコンからネットに繋ぎ、お気に入り登録してある学校の裏サイトを開く。某有名サイトに作ってある匿名型の掲示板だが、流れが速すぎてほとんどチャット状態になっていた。

<爆破予告キターーーーーー!!>

<おいおい学校大丈夫かwこれw>

<あんなリア充の巣窟などなくなっちまえば良い>

<ところで誰があんなの送ってきたんだ?>

<警察が送り主見つけてタイーホで終わりじゃね?>

<指紋が無い、相手の住所無い、インクはありふれたもの、個人の特定なんて出来やしないって嘆いてたよ>

<警察の内部情報……だと……お主何奴!!>

<大友だよ。父親が刑事でこの事件の担当だよ>

<ああ、大友か>

<なあ、これって誰がやったと思うよ?>

<学校に予告して得する奴なんて……>

<俺ら生徒だろwww>

<確かにw何もなしに休みだもんなw>

<何もなしなわけないだろ……何も無かったら暫く7時間授業が続くんだぜ……>

<ノアの方舟がどうって、聖書だったよな? じゃあキリシタンの加藤忠彦じゃねぇの?>

<俺じゃねぇよ。浄土宗じゃあるまいし、祈ったら何でも許されるなんて宗教じゃねぇっての。大体本当の信者だったらキリストの名前語れないって。因みにノアの方舟は旧約聖書な>

<いたよ加藤wwww>

<え、授業増えるの!? だるいわ~orz>

<こんなのが家に届くなんて怖いよー>_<>

<落合って確か家族全員危険物取扱者の資格取ってるんだよな? 家が爆弾作ろうと思えばそこらの素人よりとんでもないもん作れるって豪語してたっけ。まさか……>

<俺じゃねぇよ!! それより二次元研究会の奴らの方が怪しいだろ。普段から爆発しろ爆発しろって言いまくってる>

<俺が言ってるのはリア充爆発しろであって学校じゃないんだぜ。因みに俺は二次元研究会の坂田だ>

 ……おおう、カオスカオス。もう犯人の予想までしてるのか。ここにいる皆俺と似たようなものかな。本当に怖かったら確実にこの話題が出ているであろう裏サイトに来るわけがない。ま、元々一定の物好きしか集まらないけどな……と、油断してる間に大分流れてしまった。誰が容疑者候補になってるのかじっくり見ようと思ったのに。誰かが言ってたけど、学校に予告して得する人間は、ほんとに生徒だけなんだから……ううむ、過去ログ見られないタイプだからなここの……仕方ない、皆さんもっかい教えて頂戴ねっと。

<今北産業by橘>

<おー橘か>

<やふーい>

<爆破予告の件話し合ってる。犯人はうちの生徒じゃねってなってる。誰が怪しいかってなってる。今ココ>

 やっぱ途中参加は今北で入っとくべきだな。以前別の掲示板行った時酷い目に遭ったし。

<ふむ。して、誰が怪しいって?w>

 さて、反応は……おお、早い早い。

<文面からしてやっぱキリシタン加藤だろ>

<だから俺じゃねぇって。二次元研究会じゃねぇのか坂田さんよー>

<爆発してほしいのはリア充であって学校ではない。危険物取扱者取ってる落合だろ一番は>

<大原とか?>

<敢えての一ノ宮さん!!>

<おまwあの学園のアイドルがこんなことするわけねぇだろw>

 一ノ宮の名前を出した誰かが数人に一斉攻撃を浴びせかけられている。まあ、学校一のアイドルって話だからなぁ。だからって俺はどうとも思わんが。んー、段々と個人的に嫌いな人物の名が上がり始めてきたな、ここらで話変えるか。

<まあ、各人の家に姿現してるわけだし、すぐ捕まるんじゃね?>

 ……と。

<須藤とか桃谷辺りは?>

<いや、敢えての教師陣とか>

<萩原康太です。やたら知り合いの家に配り物あると思ったら、まさかこんな中身だったとは……>

<あ、そういや郵便局でバイトしてんだっけ?>萩原>

<そう、配達のバイト。学校で唯一俺だけw>

<じゃあ分からないか? 大量の封筒を一気に出した人?>

<いや、分からん。俺ポストに配って回るだけだし>

<そうか……大友の親父さん、がんばって~w>

 へぇ、萩原って郵便局でバイトしてたのか……その後数分雑談し、晩飯落ちが続出しだした頃に解散となった。そうか、もう晩飯の時間か……あれ、さっき何で俺はすぐ捕まるとか言ったんだっけ……まあいいか、飯だ飯。

 ……あ、結局今日雨降らなかったじゃん。部活、テニス出来たのにな……ああ、もったいない日だ……





 結局雨も降らずに数日経って、警察による色んな調査が入った結果、爆発物は発見されず。何事も無かったかのように学校に来いってお達しがあった。ああ、いつも通り登校せにゃならんのか……今日の一時間目は理科。理科実験室ってことは、何かやるってことなんだろう。さて、何の実験やるのかね。

「えー今日は原子の化学結合について……まあまずは見てもらった方が早いよねってことで」

 理科担当の藤沢先生が二つのスプレー缶を取り出した。ああ、あれか。水素と酸素、混ぜて火つけたらポンって音が鳴って水が出来るっての。中学校の時にやったなぁ。

「ん……あれ、中身がない? あれ、酸素も? ちょっと待ってねぇ……あれ、これも、これも……全部無いのか!? あれー? しょうがない、予定変更だ。まあやらなくても皆見たことはあるだろう――」

 そう言って藤沢先生は、教室でやるのと変わらない講義だけの授業を進めていった。授業は一応真面目に受けた。けど頭の中ではちょっと引っかかっていたんだよな。

 ……水素爆発? 爆発……あ、予告……まさかね。偶然だよね。考え過ぎだよね。

 その他に気になることは特に何もなく、二時間目から七時間目まで普通に授業を聞いた。よっしゃこれで帰れる!! ……なんて、そうは問屋がおろさなかった。まさか今週掃除当番だったなんて……あれ、理科実験室か……ほうきで掃いてゴミ取って、テーブル拭いて、よし、終わった。とその時。

「……ん、おお、ご苦労さん。悪いけど誰か一人手伝ってくれんか?」

 藤沢先生が何か大きな板のような物を引きずって現れた。直ぐ近くにいた落合(危険物取扱者の免許持ってる人)がそれを運び入れるのを手伝った。ん? 何か箱みたいのがひっついてる。

「先生、それ何なんですか?」

「ああ、これは実物標本付きの周期表だよ。ほら、水素ヘリウムリチウムベリリウム……ってあれな。あれの実物がこのポケットに入ってるんだよ」

 あ、ほんとだ。箱の中に試験管やら瓶やらが入ってる。その中に対応する気体やら個体やらが入ってるんだ……へぇ……こんなのあるのか……あれ?

「でもところどころ何も無いですけど……?」

「ああ、これ随分古いからなぁ。誰かが悪戯で取っていったりしてるんだろうな。何気ないように見えて実は危ない物とかあったりするのに」

「え……そうなんですか?」

「例えば……酸素。酸素原子二つ結合で普通の酸素だが、三つが結合すればオゾンとなる。元は酸素だけどオゾンは人間にとって有害だ。吸ったら死ぬぞ」

「オゾンって……じゃあオゾン層とか……」

「オゾン層は太陽から発される紫外線を吸収してくれてる。要は直接吸わなかったら大丈夫だよ。後はそうだな、ナトリウムってのもよく聞くと思う。水酸化ナトリウムは実験で使うし、塩化ナトリウムって要は食塩だ。けどほんとの金属単体のナトリウムはな、水と反応して爆発するんだ。つっても火を噴くわけじゃないんだが」

「水で爆発!? はぁ、それは怖いですねぇ」

「ん……あれ、ナトリウムの標本も無いのか? ついこないだまであったと思ったんだが……缶の中身といいこれといい、俺も年かねぇ」





 帰り道の途中でも、学校で聞いた話と爆破予告の話が頭から離れなかった。やっぱ考え過ぎかな……と思いながら家に帰ってみると、父さんと母さんがまた難しい顔をして一枚の紙を睨んでいた。また別の予告状が来たようだ。


『諸君は運が良いようだ。だが天は必ず私に味方するだろう。

 次に嵐が来たならば、その時、ノアの方舟は崩れゆく。』


 うわぁ、またノアの方舟がどうって……学校に問い合わせてみたらやはりというか何というか既に同じ文書が届いていた。前回のこともあって今回は悪戯として処理するらしい。チッ、休みじゃないのか。

 む……しかし、ノアの方舟、か……

 飯の時も風呂の時も、それが頭から離れなかった。ノアの方舟ってのは確か、悪の根源たる人間を滅ぼすために未曽有の嵐を起こすんだったな。で、信仰心の厚いノアは大災害が起こることを事前に知らされる。大きな方舟を作り、各動物の(つがい)と自身の家族を収容することで大災害を免れたとか。

 ……あれ送ってきた奴はうちの高校狙ってるんだよな……じゃあ、壊すっつってるノアの方舟も、俺らに関するもんだよな……いざって時に皆が集まる場所? 避難訓練……グラウンド? グラウンド破壊するの? ないない。うーん、嵐……次に雨降る時ってか。今五月……五月雨……五月雨を、集めて早し最上川って何で出てきたし。

 ……ん、雨? ……あ、避難訓練!! 雨の時は体育館集合か!! 雨の日に災害が来た時避難する、つまり災難から逃れるための『方舟』!! てことは、奴は体育館を爆破するっつってたのか。それと……雨にこだわるのはノアの方舟に引っ掛けてるだけじゃないな? 最近まであったはずの、実物標本のナトリウム……水と激しく反応すれば、それ即ち爆発!!

 ……しかし何処に仕掛けてんだろ? 警察が調べたけど、爆発物らしきものは無かったんだよな……あーでも、そもそもナトリウム使うって考えに辿り着くのか……というかこの考えもあってるのか……まあいい、明日実地調査してやりゃいい話だ。





 翌日、天気は一日中晴れだった。俺は見かけだけ真面目に授業を受け、部活をサボって体育館に向かった。まあ、一回くらい許されるでしょ。今まで皆勤賞だったし真面目で通ってるし。

 バスケ部の練習を邪魔しないように……とりあえず二階の、何て言うんだろ、とにかく壁際ぐるっと一周廊下みたいのがあるんだよ、そこに上がってみるか……

「あれ、橘君? 何やってんのこんなとこで?」

 うおっと、誰だ……って、クラスメイトの佐々木さんじゃん。ああそうか、彼女はバスケ部だったっけ。

「ん、いやちょっとね」

「あ、分かったボールでしょ。前にもあったんだよねー屋根の上に乗っけちゃったとか。あの時は確か……そうそう、雨樋(あまどい)の中に落ちちゃったんだっけ。で更にパイプの中通って途中で止まってて……上で開けて手突っ込んで取り出したっけ」

 え……パイプの中に!?

「そうそう、上がってパイプ見たら分かるよ。途中で開けられるようになってるから」

 そんなのあるのか? 二階に上がって見てみたら……おお、ほんとにあった。雨水を通すパイプの一部だけ切り取って、そこに蝶番とネジつけた感じになってる。ネジを回して引っ張ると……おお、開いた開いた。ええと、パイプは全部で八つ……手当たり次第確認するか……一、二、三、四……ん、何だこれ。なんか四角いものがパイプの中に引っ付いてる。よいしょっと。あ、取れた取れた。

 腕を出して見てみると……サイコロくらいの大きさの銀色に光る金属の塊。多分ナトリウムと思われる物体。瞬間接着剤とかでつけてたのかな? にしても、爆破っていうからどんなもんかと思ったらこんだけか……ああいや、標本のポケットから出してきたんだっけ。ならこんなもんか。

 まあ、これで確認出来た。雨とかノアの方舟とかってこだわってたのは、ナトリウムの反応に水が必要だからだ。どうかな、一般的な火が出る爆発だと思って水素や酸素を噴射したりもしたんだろうか……流石にそれは分からんな。あと、誰がってのもなぁ……

 理科実験室の周期表にナトリウムを戻し、家に帰った。すると。

「では、また何かありましたらご連絡下さい」

「有難うございました」

 ん、警察? 家に何の用でっしゃろ?

「母さん、何で警察?」

「ああ、ほら、また予告みたいの来たでしょ。あれの調査だって。玄関先で怪しい人物を見かけなかったかって。働きに出てるのにそんなこと分かるはずないじゃない、ねぇ?」

 ……玄関先? 何で?

「あれ、裕也は知らなかったかしら? あの予告状は封筒に入ってたんだけどね。切手も何も貼ってなかったの。それってつまり、犯人が家の前まで来てポストに入れてったってことでしょ? だから犯人の姿見た人がいないか探してるんですって」

 ……ん? マジで? 封筒……あ、最初の予告の時は見たな確か。ああ、ああ!! 思い出した!! あの封筒、切手無かったな!!





 ……となると……ああ、そうか、分かった。あの裏サイトでの会話。切手のない封筒だったから俺は無意識であんなこと言ったんだ。となると、あいつの発言はおかしいな……あいつは郵便局で皆の家に配り物つった……多分俺の発言で焦ったんだな。自分が不審者と思われないように敢えて言ったんだ。確かに、郵便局の配達なら不審者じゃねぇもんな……だが郵便局は切手のない手紙を配達してはくれないんだ……焦って墓穴掘ったみたいだな……

 今回の事件の犯人は……萩原、か。

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