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空から落ちてきた時間

作者: えみ
掲載日:2011/04/27

 私は毎日洗濯をする。それは朝だったり、昼だったり、夜だったりする。洗濯の量が多い日は午前中のうちに二回だってやっちゃうし、酔っぱらってベッドの上にお酒こぼしちゃった日には、夜中でも洗濯機を稼動する。大変そうに書いているけど、本当は洗濯大好き。ほかの人なら「別にそんなに頻繁に洗わなくてもいいんじゃない?」って言われるくらい、洗っちゃう。少し汗ばむ日にジーパンを履いたりしたら、洗うか洗わないかで死ぬほど悩む。臭いを取りたい、でも色はとりたくないって感じで。本当に悩む。でも大体は洗っちゃうかな。そして、そして最終的に着古してくたくたになった服を捨てるのが一番大好き。何か偉業をやりとげたようなあの達成感がたまんない。だから家着はほとんどがくたくた一歩手前。洗濯が好きというか、むしろこの達成感を味わいたいがために、必死で洗濯をしているんだと思う。うん、やっぱあの感じはたまんないわ。

 

 ところで、この話しはこれからの話しにはまったくもって関係がない。ただ書いてみたかっただけ。許してね。がっかりしないで、嫌いにならないで、本屋で立ち読みしている人、諦めないで、そのままレジまでこの本持って行って!

 

社会に出て十年位経つのに、私の成長は十代のころから止まったまんま。何にも変わらず年だけ取っていってる。給料だって大して変わらず、増えていくのは毎晩かかさず飲んでるビールの本数だけ。切ないけれど、これが現実。友達とファミレスで「何かいいことないかな」を題材とした討論をもう十年以上し続けているのに、いまだ答えは出ず。

 そんな冴えない、どこにでもそうそういない変人の私がある日気づいたら死んでいた。痛みもなく、痒みもなく、自覚もなかった。気がついたら私はお花畑に突っ立っていた。それはそれは素晴らしいお花畑で、ディズニーランド一個分はあるだろう広さだ。簡単に言うと、一面お花畑でそれ以外は見えない。見渡す限り色とりどりの奇麗な花が咲いている。空は真っ白くてなんだか近くに感じる。手で掴めるわけではないと分かっちゃいるけど、手を伸ばして掴もうとしてみる。もちろんダメなわけで。でも諦めずに軽くジャンプしながら、もう一、二回チャレンジ。私ってこういうところがしつこいんだよね。こんな時でも自己嫌悪。とりあえず、納得いくまでやりきったので、あとは眠い目を擦ったり、頭を掻いたり、爪が伸びてないかチェックしたりしたっけ。爪は結構こまめに切ってたなとか思いながら、太い関節をマッサージしていると突然話しかけられた。

「こんにちは」

「?」

「こんにちは」

「??」

「・・・」

「・・・?」

「しゃべれないの?」


最後の一言には明らかに悪意が込められていた。私、喋れるし。ってか、いきなりそんな容姿で話しかけられたら、意味わかんなくて、言葉も出るか。だいたい何その格好? 頭金色のくるくるパーマに真っ白なワンピースの子供って。天使のつもり?背中に羽でも生えてるのかよ。

「君、死んだんだよ」

「へ?」

 明らかにこいつは私に悪意がある。今の唐突な言い方で、疑惑から確信に変わった。普通ならそういう大事なことを相手に告げるときって、少し遠まわしに、やさしく気を使って言うもんじゃない?配慮がなさすぎ。ってか死んだってなに!?

「どういうこと?」

「なにが?」

「なにがって・・・いま、君が言ったことよ」

「初めて会ったのに、タメ口なんだね」

お前もな。

「私が死んだって、どういうことですか」

「そのままの意味だよ」

「それって笑いながら言うことですかね」

「ごめん。でも僕こういう顔なんだ」

いたいた。小学校の時クラスに笑ってないのに、常に笑ったような顔の奴が。大事な話し合いの時に、お前ふざけてるのかって先生に怒られてたわ。こいつもそういう残念な役回りなのかもしれない。

「それより、私が死んだってどういうことですか」

「君はさっき交通事故にあったよね」

「・・・どうだろう」

そんなこともあったような、なかったような。急いでいたから、よくわからなかったけど、交差点を走って渡っている時に、何かに思いっきりぶつかったのは覚えている。ちゃんと青信号に変わったのを確認したはずなのに。

そういえば、ハデにぶつかったのに体のどこも痛くない。

「そうでしょ。即死だったんだよ」

「私の心が読めるの」

「・・・」

「・・・読めるんですか」

「そうだよ。僕は天使だからね」

天使だとそういうミラクルな力も備わっているのか。しかし、こいつが天使。胡散臭い天使だな。

あ、やばい。心が読めるんだった。少しキレてるわ。

「じゃあ、今私いる場所は天国なんでしょうか」

少し丁寧に尋ねてみる。

「そんなとこだけど、正確には天国に行く一つ前の場所になるんだ」

機嫌は直ったようだ。得意げに天使は答えた。

「ということは、私は今から天国に行くんですね」

「そうだよ」

そうか。私は本当に死んでしまったのか。まだ実感が沸かないや。

まだ二八歳なのに。独身なのに。そんなこと受け入れられないよ。まだ死にたくない。早すぎるでしょ。別に歴史に残るような偉業を成し遂げるつもりはなかったけど、まだ何もやってないよ。なんにも。洗濯だって、まだまだやりたかった。私にくたくたになるまで洗って欲しい洋服達が家でたくさん待ってるのに。


ふと思った。私が死んで悲しむ人間は何人いるのだろうか。両親と祖母とあとは・・・あと誰だっけ。急には思いつかないや。いや、たくさん時間を貰ったとしても、浮かんでくるのだろうか。さすがに万歳して喜ぶ人はいないと思うけど。ううん、いるかもしれない。自信ないや。なんかもうぐちゃぐちゃだ。

「戸惑ってるみたいだね」

天使は相変わらず笑みをうかべたような表情で言った。

「ここに来る人はみんな君と同じような顔をするんだ」

私は今、一体どんな表情をしているのだろうか。

「無表情かな」

答えてくれて、どうもありがとう。私の心を読めるんなら、いちいち声に出さなくてもいいってことか。言葉を発する気力もないし。

「それは困るよ。ちゃんと声に出して会話しようよ」

「いちいち人の心読んでんじゃねぇよ!」

「ごめん。僕も好きで読んでるわけじゃなくて、自然と聞こえてしまうんだよ」

「・・・ごめん。本当にごめん」

そう言って天使はうつむいた。こいつは見た通り、まだ子供なのかもしれない。天使の幼少期は何歳なのかまったく見当つかないのだけれど。

「こちらこそ、ごめんなさい」

二人でうつむく。


しばらく時間が過ぎたけど、二人の間に会話はない。天使は私が心を落ち着かせるのを、じっと待っているようだ。だったら、そんな日来ないよ。みんなどうやって自分の死を受け入れているの? 病気で死んだ人なら、ゆっくりと死を受け入れて死んでいくのかもしれない。自ら命を絶った人間なら、覚悟は出来ているだろう。私のようにある日、突然命を奪われた人間はどうしたらいいんだろう。私なんてまだピチピチの二十代だっていうのに。

「・・・これ使って」

そう言って、天使は真っ白なハンカチを私に差し出した。私は黙って受け取ると、静かに目元にハンカチを充てた。ハンカチの素材がなんなのか分からない。とても柔らかく、消えてしまいそうで、とても優しい肌触りだった。まるで、母の温かい手の温もりのようだ。止まることのない溢れ出る涙を、ハンカチは黙って拭い続けてくれた。

私、死んだんだ。私は顔を上げて、天使をまっすぐに見た。

「で、これから私、どうなるの」

「それが・・・」

今度は天使がうつむいた。

「どうしたの」

私がタメ口を使っているのに、気づいてないようだ。

「もしかして、私、地獄行き?」

「そうじゃないんだ」

そういうとまたうつむいた。なんだか少し罰が悪そう。一体どうしたというのだろう。

「黙ってちゃ分からないよ。私はあなたの心を読むことは出来ないんだから」

私が優しく声をかけると、天使は顔を上げると意を決したようで、

「ごめんなさい」

頭を花畑にこすりつけて土下座をした。天使の土下座。初めて見た。私は洋服のすべてのポケットをまさぐった。携帯入ってないかな。ぜひとも写真に収めたい。携帯の待ち受け画面にしたい。落ち込んだ時とかに見たら、元気が出そう。私は天使に土下座をさせた女なのよってね。

まぁ、こうなってしまったんじゃそれも叶わぬ夢か。

「いったい、どうしちゃったの」

私は天使を見下す形で尋ねた。天使は私を見上げ、

「じつは・・・」

「うん」

「間違えてしまったんだ」

「なにを」

「君の死を」

「・・・」

時が止まる。

「はぁ?」

きっと私の顔は鬼がわらのようだろう。こんな顔、家族にしか見せたことないのよ。未来の旦那様にだって見せる予定はないんだから。

「一体、どういうことか説明して! 何がどうなってるの!」

私は天使をどなりつけた。

「じつは、君はまだここへ来るべき人間ではないんだ」

私は黙って相手の話しを待つ。

「君がここへ来るのは5年後の今日なんだ。それを僕が勘違いして今日ここへ連れてきてしまった」

「冗談じゃないわよ!」

私は天使に借りたハンカチを投げつけた。天使は黙ってそれを体で受けた。かなり罰あたりなことをしているんだろう。でも殺される以外に残酷な罰なんてあるのか。

とんでもない天使だ。私の怒りはとうてい収まらない、今なら口から火だって吐けそうだ。

「いったい、どうしてくれるのよ! このクソ天使!」

天使の体が一瞬震えた。今の私の一言はかなりの精神的ダメージを与えたようだ。だけど、そんなこと知ったことではない。今の私はこいつにどんな外道なことをしても許さるはずよ。私にはその権利がある!

天使は重々しく起き上がると、子供の容姿には不釣り合いな、人生に疲きった中年のオヤジが飲み屋のカウンターで一人吐き出すような切なすぎる溜息をついた。

「僕はダメな天使なんだ」

ダメな天使。ダメ天使。堕天使?

「こういうミスは今回が初めてじゃないんだ」

マジで?

「ほら見てここ」

そう言ってダメ天使は右頬を私に向けた。三メートルくらい離れてるからよく分からない。私は前かがみになり目を細めてみたけど、やっぱり分からない。

「神様にぶたれたんだ」

「マジで?」

とっさに私は空を見上げた。神様といえばなんとなく高いところから世界を見下ろしているイメージだからだ。神様も出来ない奴をぶたれたりされるのですね。

「僕が悪いんだ」

「忘れないようにちゃんと手帳に書いていたのに」

「見直してみたら5年後の手帳だったんだ」

よく会社で言い訳している後輩に似ている。仕事でのミスなら「ぱぁーっと飲んで忘れよう」って言えるけど、今回のミスはただのミスでは済まされない。私の人生がかかっているのだから。

「で?」

私は一番聞きたいことを聞く。

「これから私どうなんの?」




目が覚めると、朝だった。カーテンをから漏れる朝日がまぶしい。今日は天気が良いみたい。つまり洗濯日和だ。起き上がると、まず枕カバーを外して、台所と洗面所のタオルを取って洗濯機の中へ、後は洗濯かごの中に溜まっている洋服とかも洗濯機の中へ入れ込む。洗剤を入れて、柔軟剤を入れて、それからそれから漂白剤を入れてスイッチオン。この作業が終わると自然と笑顔になる。よし、朝ごはんでも食べますか。

私は一人暮らし。高校卒業してから間もなく一人暮らしを始めたから、もうすぐ一人暮らし歴は十年になる。私は一人が好き。会社で色々な人と話すのも楽しいけど、こうやって一人になる時間がないと私は私でなくなってしまう。毎晩、お風呂からあがってテレビを見ながら飲むビール。大好き。この時間が私のストレスをそっと癒してくれる。嫌なことがあっても、明日からまたがんばりますか、という気分にさせてくれる。傍から見たら私の人生なんてつまらなく意味のない人生になんだろう。職場でも「さみしい奴」とか「そんなんじゃ、一生結婚出来ないよ」とか言われてる。確かに彼氏はいない。いい感じの人もいないさ。でもね、人生それだけが幸せとは限らないでしょ? 焦って幸せを急いだからって、幸せになる保証はないじゃない。だからのんびり気長に生きてみることにした。その内、私に合った幸せが見つかるよってね。そう思ってた。死ぬ前までは。

あの後、ダメ天使が出した答えは「もう一度私を生き返らせる」ということだった。そして、当初の予定通り五年後にもう一度私は死んであの場所へ行くとのこと。私が今二十八歳だから五年後というと、三十三歳。はぁ、なんとも言えない。急に死んでしまうのは確かにつらいし、受け入れることなんて出来なかったけど、こうやって死ぬ日にちが分かってしまっているのも、かなりつらい。

時間がない。あと五年しか生きられないなんて。のんびりなんて生きられるわけがないじゃない。

洗濯が終わったことを知らせるアラームが鳴った。私はテーブルに座ったまま立ち上がることが出来ない。手に持ったコーヒーは冷たくなっている。私はじっと洗濯機の方を見ていた。


私の仕事は小さな会社の事務員。毎日、電話応対にお茶くみにコピーに掃除に雑用ばっか。居てもいなくても変わらない。私の変わりは誰でも出来る。今日、急に私が死んでも大丈夫。「さみしくなったねぇ」くらいは言ってもらえるのかな。

やだ、どうしよう。私病んでる? ダメ天使に余命宣告されてから、毎日、私に「死」が付きまとう。元々ネガティブだったのに、どんどん落ちていく。誰かに聞いてもらいたいけど、誰に話しても信じてもらえるわけがない。真剣に病院を勧められるに決まってる。お母さんに相談したら、泣きながら実家に帰って来ることを望むだろう。私もあんなこと上手く伝えられる自信なんてない。あんな夢みたいなこと・・・ 夢? そうだ、あれは夢なんじゃないのか。そうだ、夢だ。あんな非現実的なことありえない。最近、疲れてたし、寝不足も重なったから精神的意に病んでただけだよ。そうそう! あはは。間違いなぁーい。帰ってビール飲んで寝ようっと。

十七時になると私は妙なテンションで会社を出た。オフィスを出るときに係長が「お前頭大丈夫か」って言ってたけど、心配無用。明日にはいつもの私が戻ってますよ。

私はいつも仕事帰りに寄っているスーパーでいつものビール六缶パックを購入すると家に帰った。さぁ、今夜は一人で宴会だ!

 


「おはようございます」

「お前、大丈夫か」

「昨日、少し飲みすぎてしまいまして、二日酔いです」

「・・・・」

 係長がかわいそうな顔で私を見ていた。ありがとうございます。同僚にも同じ顔をされた。どうもです。どうもです。

 次の日も、次の日も私は二日酔いになった。酒の量は増えるばかり。日に日に生気がなくなっていく私をみんなさすがに心配しだす。心配掛けているなと思うが、お酒を飲まないと眠れない。毎晩、ダメ天使が私の夢の中に出てくるのだ。何を言うわけでもない。何かくれるわけでもない。ただ、じっと私を見つめている。あの一面の花畑に立って、律義に三メートル程の距離を保ちながら、じっと私を見つめているのだ。分かってる。夢じゃないって言いたいんでしょ。毎晩、現れるなんて、気が利かないのね。相変わらずダメな奴。

ひとつだけ教えてよ、ダメ天使。あと五年でいったい何が出来るの?


会社に出勤すると、なにやら騒がしい。みんなが係長を囲んでわいわいやっている。

「どうかしたの」

私が尋ねると同僚の女の子が

「係長に赤ちゃんが出来たんだって」

係長は結婚してずいぶん経つが、子供がなかなか出来なかった。係長は子供が大好きみたいだったから、この時をどんなに夢見てたことだろうか。

「おめでとうございます」

「おう、お前も早く幸せになれよ」

そう言って、係長は私の頭をこついた。

「へーい」

なんだか急にトイレに行きたくなった。私はそそくさとみんなの輪を離れた。

「子供か・・・」

トイレに座って天井を見上げた。

係長に子供。係長に子供。

「係長、上手くいってたんだなぁ」

仲良し夫婦で知られてたけど、実際は違うって言うことってよくあるじゃない? ほら、芸能人とかそうだし。

「でも、だからなんなの?」

子供がいてもいなくても、私が係長を好きでも、どうにもならないことなのよ。奥さん大事にしているまじめなところが魅力なんでしょ? だったら私、どうしたいわけ? 

「はぁ、だからどうにもならないんだってば」

あと五年で死ぬんだったら、結婚もしない方がいいだろうし、ましてや子供なんて絶対に無理だ。母親のいない子供になるって分かってるのに産むことなんて出来ないよ。なんかもう、ぐちゃぐちゃ。あと五年生きる意味があるんだろうか。

「また酒の量が増えるなこりゃ」


ダメ天使が立っている。なんだかいつもよりも近くにいる気がする。今夜はダメ天使の表情がよく分かる。そんなさみしそうに笑うなよ。もとはと言えばあんたの間違いが原因なんだから。私もう何も出来なくなっちゃったじゃない。洗濯だって全然楽しくない。

世の中には病気になって私よりももっと短くしか生きられない人もたくさんいる。そうなんだけど・・・

「ねぇ、なんとかしてよ」

ダメ天使は微笑んだまま、何も答えてはくれない。


 それからの日々は本当にひどいものだった。洗濯は毎日せずに、溜まりに溜まってどうしようもなくなったら洗濯機を回す。仕事もなんとかやって、帰ってからはお酒を飲みまくる日々。不健康だけど、どうせ三十三歳になったら死んじゃうんだから、健康に気を使うのも馬鹿らしくなってきた。思いのままに過ごすだけ、それ以上でも、それ以下でもない。そうやって毎日、淡々と過ごしていくうちに、夢に出てきていたダメ天使が出てこなくなった。いつから出てこなくなったのかはっきりとは分からない。ただ気づいたら出てこなくなっていた。あいつもそんなに暇じゃないんだろう。もういいよ。許したげる。


ダメ天使が出てこなくなると、徐々に夜も眠れるようになり、自然とお酒の量も減ってきた。体への負担がなくなってくると、仕事にも集中できるようになり、少しずつだけど、一回目に死んでしまう前の生活に戻りつつあった。ただ、洗濯だけはどうにもやる気が出ない。それでも、以前はやりすぎに近いくらい洗濯気を回していたのだから、今ぐらいの頻度が一人暮らしの私には普通なのかもしれない。やはり全然楽しくはない。あんなに大好きだったのに。



一回目の「死」から半年が過ぎていた。相変わらず私の生活ぶりはふてくされたまま。回復の兆しはない。だけど、周囲に迷惑がかかるのは嫌だったので、なんとか頑張って平静を装い普通を突き通した。ただ、係長の幸せな顔を見るのはきつかった。大切な人の幸せを願えないなんて、私もダメ人間だわ。

「あんまり飲みすぎるなよ」

「大丈夫か」

「お前、くらすぞ」

係長は普段と変わらず私に声をかけてくれた。ありがとよ。私のこの宿命を少しだけ係長が背負ってくれて、一緒につらさを分かち合いたいなんて思っちゃってる。私いったい何を考えているんだろう。そんな奴に幸せなんて訪れないのさ。

最近、夜でも暖かくなってきたので、ベランダでビールを飲むのが日課になっていた。空を見上げ、一人つぶやく。

「つまみ買ってくればよかった」

「洗濯は明日でいいか」

「今頃、係長は大きくなった奥さんのお腹に話しかけてるんだろうなぁ」

「おい、ダメ天使たまには相手しろ」

「お前の失敗談聞かせろ」

「お前いったい何歳なんだ」

「天使って何食べてんだ」

今夜は少し飲みすぎたみたい。


結局、昨日はほとんど眠れなかった。家に居ても妙なことばかり考えてしまうので、少し早いが、会社に行くことにした。

会社に着くと係長がデスクに座ってパソコンをいじっていた。

「おはようございます」

「おう、珍しく早いな」

「なんか早く目が覚めちゃって」

私が笑いながら答えると、係長は無言で立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。どきどき。なんなのさ。

「お前、本当に大丈夫か」

私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですよ。いつもの二日酔いですから」

「そんなに飲まないと眠れないのか」

 「・・・そういうわけじゃないですけど」

係長はまっすぐに私を見ている。

「まぁ、私にも色々あるんですよ」

緊張して、わざと冗談めかして答えてしまう。

「お前のことが心配だ」

係長は私の頭を優しく二回叩いた。

「お前には本当に幸せになって欲しい」

じゃあ、私と結婚してよ。私の料理を食べて、休みの日には二人で手を繋いで散歩してよ。私の子供を抱っこしてあげてよ。あなたがいないと私は幸せにはなれないのよ?


なぁんてね。もうすぐ死ぬのにそんなこと言えるかっての。ってか、係長はもう結婚してるし。

「結婚するときは、係長に一番に報告してあげますよ」

そう言うと、私はそそくさとトイレへ逃げた。

こんな調子じゃ、ダメ天使に出会わなくても幸せになんかなれなかったね。もう少しがんばろうよ、私。どうせ死ぬなら、笑って過ごした方がまだいいよ。


ある日、会社に行くとみんなが係長のデスクに集まってざわざわしていた。

「どうしたの」

肝心の係長、本人はデスクには座っていない。

「それが、大変なの」

「?」

「係長の奥さんが事故にあって、病院に運ばれたんだって!」


 私はオフィスを飛び出した。階段を一段飛ばしで駆け上がり、屋上へ駆け込んだ。

「ダメ天使! ダメ天使!」

空よりも遥か上空へ向けて叫んだ。

「ダメ天使! ねぇ、聞こえてるんでしょ」

空は静まり返ったままで、何も答えてはくれない。

やっぱり無理か。少し話しただけで、呼んだら来てくれる関係ではないしな。こんなことなら、もうちょっとあいつを持ち上げて、仲良くなっていればよかった。


「僕はダメ天使なんかじゃない」

すぐ後ろで声がした。

振り返ると三メートル程、離れたところに、ぶすくれた天使がぽつんと立っていた。この世界には不釣り合いな生き物だ。

私はダメ天使に駆け寄ると、掴めるかどうか分からないまま、ダメ天使の肩を掴んだ。

「ちょっと、痛いよ」

「ねぇ、あんた私の聞きたいこと分かってるでしょ」

私はダメ天使の肩を掴んだまま、体を揺さぶり回した。

「分かってるから、離してよ」

 私はダメ天使から離れた。

「さっき交通事故にあって運ばれた、女の人のことだね」

「そう、大丈夫なの?」

ダメ天使の顔は相変わらず笑みを浮かべたままで、表情からは何も読み取れない。

「大丈夫だよ」

ダメ天使が言った。

「よかったぁ」

私はその場にしゃがみ込んだ。

「お母さんはね」

抑揚のない声でダメ天使が付け加えた。

「まさか」

ダメ天使は頷く。

「赤ちゃんは助からない」

「・・・うそ。・・・なんで・・・」


「可哀そうだけど、仕方がないんだ。その子の運命は最初から決まっていた」

私は起き上がると、ダメ天使のむなぐらを掴んだ。

「仕方がないですって? そんなことで納得出来る奴がどこにいるんだよ」

ダメ天使は何も答えない。

「あんた達にとって、私たちの命なんてどうでもいいクズみたいなもんなんでしょうけど、その子の命が生まれてくるのを本当に楽しみにしている人がいるんだよ。その命はまだこの世に誕生してないけど、大事な大事な重たい命なんだよ」

「それは僕たちだってちゃんと分かっているよ。可哀そうだけど、寿命は決まってしまっているんだよ」

ダメ天使は本心かどうかは分からないけど、申し訳なさそうに言った。

「まさか彼の子供がこんな運命になるなんて・・・」

係長の顔が浮かぶ。なんで、こんなことに・・・

私はダメ天使に背を向けると、屋上のフェンスまで歩いた。アイツの顔を見ていると、もっとひどいことを言ってしまいそうだった。

 世の中は不公平だ。神様はなんてひどいことをするんだろうか。


・・・神様?


「・・・ねぇ?」

私は振り返ると、ダメ天使に尋ねた。

「神様ってあんたの上司よね?」

私が何を言いたいのか、あいつはもう分かっている。ダメ天使はすごく嫌そうに答えた。

「なんでしょうか?」

私は地面に頭をこすりつけた。

「お願いします!」




「本当に良かったの?」

「しょうがないでしょ。ホレた方が負けってことよ。あんたみたいな子供には分からないでしょうけど」

「分かるさ」

ダメ天使は真っ赤な顔で答えた

私は笑いながら、下界を見た。病院で係長が幸せそうな顔で赤ちゃんを抱いている姿が見えた。

「私が見たかったのは、その顔。抱いてるのが私の子供じゃないのは残念だけど」

ダメ天使は呆れた顔で、

「自分の子供じゃないのに、君の命と引き換えに赤ちゃんを助けるなんて、どうかしてるよ」

「私、彼のことが本当に好きだったみたい」

ダメ天使の頭を優しくこついた。

「痛い!」

ダメ天使は顔をしかめた。

「あんたこそ本当に良かったの?」

「何が?」

ダメ天使が頭を押さえながら答えた。

「ミスして私の命と引き換えに、赤ちゃんの命を助けるだなんてお願い聞いちゃって。神様に怒られるんじゃない?」

「もう怒られたよ! ボコボコにされてるじゃないか!」

「神様って殴ったりするんだね。天使でも痛みとか感じるんだね」

「当たり前だろ!」

私は声を上げて笑った。

「ねぇねぇ」

「・・・・まだ何かあるの?」

「天国って洗濯機ある?」

「あるかぁ!」




                                   完


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