8 大切な
秋人がコースターを大切にしているのは、はるかを大切に思う気持ちの表れだと太郎は考えている。
あの二人、もっと仲良くなればいいのに。それは秋人さん次第なんだろうけど、秋人さんはなんではるかさんから逃げるんだ。
太郎があれこれ考えをめぐらせていると、秋人が帰ってきた。
はるかが帰ってから二時間経過している。
「ただいま」
出て行った時より、酒臭い。
「はるかさん放っておいて、何飲んできてるんですか。お客さんが家にいたら、まっすぐ帰って来ないとだめですよ」
太郎は秋人に食って掛かった。
「いやあ」
太郎を見て秋人は曖昧に笑った。
「だいたい、秋人さんはちょっとはるかさんに冷たすぎるんじゃないですか。可哀そうですよ」
太郎がいつになく真剣に怒っている。なんとか誤魔化せないかと酔いで回らなくなった頭で考える。
秋人自身、自分のはるかへの態度を良しとしていなかったので太郎の怒る気持ちもよくわかるのだが、秋人は向き合うことよりも逃げ出す方を選んだ。いつものように。
「秋人さんはいつも物事をややこしく考えすぎなんですよ」
この言葉は秋人の胸に突き刺さるものがあった。太郎に対していつもふざけているばかりで、真面目な話はほとんどしたことがないのに、秋人のダメな一面を太郎に見抜かれていた。
秋人は太郎から目を逸らし、押入れから何かを取り出した。
「太郎、ごめん」
「悪いと思っているなら、はるかさんに態度で示してくださいよ……ってこれなんですか。お、おかしな感触」
秋人は太郎の前にボールのようなものを差し出した。いつも太郎が遊んでいる野球のボールより少し大きめで、とても柔らかく弾力性のあるボールだった。
ボールに乗ってみると体が沈み込み、ぽよんと弾かれる。転がしてみると軽快に動き追いかけるのが楽しく、大きさがちょうどくわえられるくらいなのでつい口にしてしまう。
太郎は気が付くとボールに夢中になっていた。
「はあ、楽しかった」
はっと気が付いて振り返ると、秋人が横になって寝ていた。
「いけない、誤魔化されてしまった」
話しの続きは明日することにして、太郎は布団を押入れからひっぱりだして秋人にかけた。
次の日秋人は留守だった。
留守の日は、庭に設置された小屋の中にある箱を開けて、ドッグフードを食べる。箱はボタンを押して開き、蓋をすればボタンが押されるまで開くことはない。
ご飯を食べている間、太郎は秋人に感謝して、何か出来ることがあればやりたいと思う。
だからこそ、はるかとのことをそのままにしておくことができないのかもしれない。
二人はもっと幸せになれる、そういう確信があるのに、前に進まず後退ばかりを続けてしまう秋人が、太郎はどうしようもなく歯がゆかった。
「秋人さんらしい」
庭に植えてあるバラの木と、太郎は話をすることができた。太郎は人間以外の言語を理解することができないが、このバラの木は特別で、寿命が過ぎても長い間生き続けていて不思議な力を持っているのだ。バラの木は人には聞こえないような言葉で、太郎に語りかける。
「なんでだろう。僕にはわからないなあ。大切なものを、大事にしないなんて」
太郎の言葉に、バラの木は少し沈黙した。風で枝葉が揺れる。静かで心地の良い夜だった。
「秋人さんは怖いのではないかしら」
バラの木はずっと、秋人のことを見てきた。だからそれなりに秋人を理解している。
「人を信じられないし、自分を信じられない。大事にして、相手に突き放されることも、自分が嫌になって相手を突き放して傷つけることも、きっと秋人さんは怖いのね」
「でも今だって十分はるかさんを傷つけてる」