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 2 しゃべる犬

 酔いに任せて何も考えずに連れてきたが、秋人の家には食べるものがほとんどなかった。冷蔵庫にはビールだけだったが、冷凍庫を探ると奥の方に霜にまぎれてラップに包まれた、無骨な形のおにぎりが出てきた。

「悪い、今はこれしかないんだ。ご飯は食べられるか?犬の食べる物はよくわからないんだけど、食べられるならどうぞ」

 秋人は温めたご飯を皿に入れて犬に差し出す。

「食べられます……本当に申し訳ないです。ありがとうございます、この恩は一生忘れません」

 ご飯を前にして、犬は心から感激したように礼の言葉を並べた。声はかすれていたが、言葉はちゃんと秋人に届いた。

「そんなの後でいいから、早く食べろよ」

 気にするなというように秋人は犬の頭を軽くなで、小犬はつぶらな瞳で秋人を見て、それから一心不乱にご飯を食べだした。よほどおなかがすいていたらしい、すぐになくなりそうな勢いだ。

「ちょっと待っててな」

 秋人は目をこすりながら立ち上がった。酔いはもうほとんど醒めていて、今は強い睡魔に襲われている。大きく欠伸をして、秋人は外に出て行った。

「ただいま」

 10分程して帰ってきた秋人の手には、コンビニの袋が握られていた。犬はご飯を食べ終わって、お座りをして待っていた。

「まだおなかすいてたらこれも食べな」

 袋の中からドッグフードを取り出し皿にいれた。ご飯だけでは足りないだろうと、買いに行っていたのだ。

「ありがとうございます、本当にありがとうございます。この恩は一生わすれません」

「それ、さっき聞いた」

 秋人は少し笑った。

 一心不乱にご飯を食べる小犬を見て、秋人は今更この状況を不思議に感じた。酔いがさめてきたのだ。

「犬って、しゃべれたっけ。しゃべれなかったよなあ」

 違和感なくしゃべる小犬に、秋人は少しだけ混乱していた。自然に会話を交わしているこの状況下では、そういう犬もいるような気がしてしまう。

 犬は顔をあげて答えた。顔にドッグフードが少し張り付いている。

「ふつう、犬はしゃべることができません。僕は、月の出ている夜にだけしゃべれるみたいです」

「ふうん」

 秋人は首をかしげながらうなずいた。

「なんで月夜にしゃべれるんだろう?」

 犬は首をひねって答えた。

「僕にもわかりません。気が付いたらそうなっていました」

 好奇心に乏しい秋人はそこまで深く事情を聞く気もなく、わからないものを気にしてもしょうがないと、小犬のつぶらな目を見ていて思った。

「そっか、邪魔して悪かったな。おかわりが必要なら、言ってくれたらまだあるから。でも体に悪いからあんまり食べすぎるなよ」


 愉快な気分だった。

 久しぶりに気持ちの良い夜だ。

 中途半端な月、ぬるいビール、しゃべる犬。それだけだ、深く考えることはない、今日は良い気分のまま寝てしまおう。

 秋人は横になって窓から月を眺めた。窓には皿に顔をうずめている犬がうっすら映っている。

 犬と、会話をしてしまった。なんだか本当におかしな夜だな。

 目を閉じるとすぐ睡魔に飲み込まれ、秋人は深い眠りについた。



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