13 それぞれの夜
二人は他愛もない話で盛り上がった。
はるかは良く笑い、下川はよくしゃべった。
「俺の働いてるコンビニで」
何気なく話し始めたが、途中で下川は秋人とはるかが知り合いだったことを思い出して、はっとした。
渡辺さんはさっきおかさんと付き合っていることを否定したが、実際はどういう関係なんだろうか。
はるかと秋人のことがどんどん気になりだして、話すことに集中できない。
コンビニの話をし始めて、はるかの様子が変わったような、気がする。
気になってしょうがなくなり我慢できず、何気ない風を装ってはるかに訊ねた。
「そういえば、渡辺さんって岡田さんの知り合い、なんだっけ?」
はるかは少しはにかんでうなずいた。名前を耳にするだけで、嬉しくてくすぐったくなるような、そんな想いを抱えているのだ。
もっと二人についての話を聞きたかったが、下川ははるかの表情だけでその気持ちに勘付きながら、いや気のせいかもしれない、と見ないふりをした。下川ははるかに強く惹かれていて、その気持ちが下川の勘や判断力を狂わせて、下川の望む方向に考えを導くのだ。
渡辺さんとおかさんはきっと何もない。付き合っているのなら隠す必要もないのだし。それがわかっただけで、もういい。
楽しい気分が少し損なわれてしまった。秋人の話などするべきではなかった。下川は不機嫌になったのを気づかれないようにしながら話を変えて、それからはずっとコンビニの話題も秋人の話題も避けながらしゃべった。
はるかはコンビニの話が出た時に、秋人の話が出るのかと期待をしたが、特にその話がふくらまずに終わって内心がっかりしていた。今日はるかが下川の誘いに応じた理由は、秋人の話が聞きたかったからなのだ。
それぞれの想いを抱えながらも、二人は帰る間際まで笑っていた。
下川は夢を見ているような楽しい時間だと思い、幸せで胸がいっぱいだった。
はるかもとても楽しかったのだが、話題の合間に秋人のことを聞こうと迷ったりして、下川の話を聞きながら秋人のことばかり考えていた。
また会うことを約束して、二人は帰路についた。
その夜秋人は仕事から帰ってきて、いつものようにビールを飲みながら太郎と遊んでいた。
「あー、今日も疲れたなあ。なあ太郎」
太郎の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「お疲れ様でした。働いてばっかりで大変ですね」
太郎から見たら、色んな時間帯で出勤する秋人は、人一倍働いているように見える。
そんな太郎のねぎらいの言葉に秋人は無邪気に笑う。
「俺そこまで働いてねえよ。全然お金なんか遣わないから稼ぐ必要もないしな、他の人間よりのんびり生きてると思うぞ」
「ふーん」
秋人は太郎の気のない返事にまた笑ってがしがし頭を撫でて、ビールを飲み干した。
その様子を物陰から見ているものがいた。
暗闇に隠れて、しろが秋人を見つめていた。
瞬きを忘れるほど熱心に、秋人の姿を焼き付けようとしている。それからちらりと犬を見た。
「……もう、後戻りはできない」
後悔しているのか、決意を胸に刻んだのか。
そうつぶやいて、しろは姿を消した。
しろを見ていたバラの木は、さよならを言うように、涙を流すように、ずっとゆらゆらと揺れていた。