12 待ち合わせ
下川ははるかの仕事が終わるまで、近くのコーヒーショップでタバコを吸いながら待った。
待ちながら、はるかのことを考える。
下を向いて作業をする姿、レジでの笑顔、言葉を交わした時の声やしぐさ。
かわいい人だと思うが、それ以上に魅かれる何かがあった。
ひとめ惚れだろうか。……いや、もっと確実な気持ちだ。自分にはこの人なのだ、というような。
会ったばかりなのにおかしいな。
煙を吐きだし、携帯電話を手に取る。あれからもう30分たっている。その間下川は携帯電話を何度も確認しているのだが、一向に連絡がこない。繰り返し携帯電話を見て、足を組み換え、外を見てと、下川はそわそわして落ち着かない。
また携帯電話を確認しようと手に取った時、電話が鳴った。ちゃんと気づくように念を入れて音量を最大にしていたので、音の大きさに驚き一度携帯電話を落としてしまった。焦って拾い、電話に出た。
「は、はい」
『もしもし、ムンレクの渡辺です。先ほどはどうも。仕事が少し遅れてごめんなさい。えっと、どこに行けばいいですか』
「それじゃあ、店のすぐ近くにいるので、迎えに行きます」
下川は電話を切って大きなため息を吐いた。
電話がかかってきてよかった。
緊張して声がかたくなっているのが自分でもわかった。感じの悪い男だと思われなかっただろうか。
「よしっ」
しかしなんにしても、この後の食事が楽しみでしょうがない。下川はコーヒーショップを出た後、出入り口で気合を入れて店に向かった。
二人は食事も酒も楽しめる、こじんまりとしたカフェにはいった。
「ここの料理、すごくおいしい」
美味い料理に気持ちがほぐれて、二人の会話ははずんだ。
会って数時間ほどなのに、前からの知り合いのように、お互いについてすんなり理解することができた。口にはださなかったが、それは二人とも共通して感じていることだった。
「雑貨を作って、ネットやイベントに出たりしてるんだけど、それだけじゃ生活できないからバイトしてるんです」
話を聞いてみると、はるかは雑貨を作ることに費やし、遊ぶ時間もないような生活を送っている。
「大変だろうけど、正直うらやましいなあ。俺はもう内定もらってて仕事が決まってるんだけど、ちっちゃい会社の営業だもん。就職先が見つかったのは嬉しいけど、作り上げる実感とか達成感とかそういうのって、きっと味わえないと思う。つまんない仕事だよなあ」
少し酒がはいって、下川はつい愚痴をこぼしてしまう。仕事が決まったのが嬉しい反面、自分の人生がもう決まってしまったということに対する不満や不安が、下川の中にはあった。
「そんなことないですよ。私が使っている布もパーツも、デザインした人や形にする人以外にも、それを広めるために頑張っている人がたくさんいて、それは配送の人だったり販売の人だったり営業の人だったり。見えないだけで、いろんな人がかかわった結果手に入った物がたくさんあるんだって、そのおかげで作品が出来たんだって、私は感謝してるんです。下川さんの仕事も、きっとみんなに必要とされている遣り甲斐のやる仕事じゃないかな」
下川ははるかの言葉に、何も返すことができなかった。
「なんて、偉そうに言ってごめんなさい。うちの父の受け売りなんです。物を作るなら、そういう人たちに感謝しろって。ご飯を食べる時に、農家の人に感謝するみたいに」
当たり前のことを言っているのかもしれないが、はるかの言葉は下川の心に届いた。
「いや、ありがとう。俺、ちょっとやる気でた」
下川は簡単に応えたが、はるかの真っ直ぐな意見は、少し悲観的になっていた下川の道筋を少し明るくした。それとともに、最初に感じた『自分にはこの人だ』という気持ちが、より強くなった。