1 中途半端な月夜の出会い
コンビニバイトの帰りに、公園のベンチに座ってビールを飲むのが岡田秋人の習慣だった。
今日もビールを3本袋に入れて公園に来た。
人気のない夜の静かな公園に、ガサガサという袋の音、プシュッというビールを開ける音が響き、そしてすぐに静けさが戻る。
ビールを一口飲んで、秋人は空を見上げる。これも習慣のようなものだ。
空を見ながら、6月終りの少し湿った空気にぬるくなっていくビールを、一口一口流し込む。美味しくないような表情で、秋人はビールを飲み干した。
実際、美味しいから飲んでいるわけではなかった。ただ酒を飲まなければ、毎日をどう過ごせばいいのかわからないのだ。秋人はいつも一人で色々なことを紛らすように酒を飲んで、時間が過ぎるのを待った。
少し酔いがまわってきて、秋人はベンチの背にもたれかかり足を組み、再び空を見上げた。
今日の空は靄がかかったようにぼやけていて、その中を少し欠けた月が控えめに輝いている。
きれいだけど、中途半端だ。
ぼやけた月を見ながら、明人は満月が見たいと思った。つまらない気分を、満月なら少しは満たしてくれる気がしたのだ。
しかしもし満月だったとしても満たされることはなく、結局違う何かを望んだり探したりするだけだろう。秋人はそうやって物足りなさから抜け出そうとせず、少し欠けてぼやけた世界に閉じこもり、なんとなく生きていくことを自ら選んでここにいる。
自分に関わるものを面倒だと避けて、全てを放棄し、ビールを消費する毎日。
そして今日も3本目のビールを流し込んだ。目の前が軽く回っているようだ。秋人は酒に弱く、3本のビールで酔うことができた。
ああ、中途半端だけど、やっぱりきれいだ。
秋人はため息をついた。そして最後の缶をつぶしてビニール袋に入れて立ち上がろうとしたとき、どこからか声がした。
「ねえ、すみません。何か、食べる物を持っていないですか」
それは弱弱しく、幼い声だった。
秋人はその場に立ったまま、辺りを見渡した。
左、右、上、右後ろ……。それらしい人物が見当たらない。
「ん?」
よく見ると右隣に小さな影がある。少し驚いて近づいてみると、小さな犬がこちらを見ていた。
小犬はぐったりと椅子に這いつくばっている。
小犬も気になるが先に声の主を探そうかと再びその場を離れようとした時、また声がした。
「あの」
声と同時に小犬の口が動いた。そして小犬の方から声がした。
犬が……しゃべっている?
秋人はそう考えながら頭をかいた。
「どうか僕に食べ物をわけてほしいのです」
気のせいではないようだ。
犬が、食べ物を求めてる。
声の方向や口の開くタイミング、そして人影が見当たらないことから、犬以外に考えられない。
不可思議なことではあるが、疑問を持つのも面倒だという考えも手伝って、秋人は声の主が犬なのだと確信した。酔っていたのだ。今は非現実的な状況も、すんなり受け入れられる。
秋人は首をかしげて、犬を見た。
「お前、おなかすいてんのか」
「はい……」
もう力が入らないのだろう。犬の声はかすれていて、可哀そうで、なんとかしてやりたいと秋人は思った。
「よし、今はなんにもないから、うちで食わせてやる」
酔った口調で力強くそう言った。
力がはいらないのか犬の返事はなく、ただ黙って秋人を見ていた。もしかしたら口にした礼の言葉も、かすれて声にならなかったのかもしれない。
「おいで」
秋人はぐったりした子犬をそっと抱き上げ、千鳥足で家へと帰った。