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your song  作者: あまみ
3/6

歌姫と竪琴 帰る場所


 ミモザはひとり、広場のベンチにいた。


 少しずつ夜が近づき、景色が青くぼやけていくのを、伏し目がちに眺める。

 足早に帰路へつく人々の中、どこにも居場所がないような気がして、彼女は大きく息を吸った。

 拍子にぽろりと涙がこぼれそうになる。にじむ視界が夕暮れのせいばかりではないらしい。

(居場所なんて…たった今、逃げ出して来たんじゃない)

 めそめそしている自分が、腹立たしい。

 肩を落として涙をこらえて、自分の場所を放り出して、何をしているんだろう。

「……セイン、きっと呆れてるわ」

 無意識に握りしめた手に、堅い指輪の感触。砂粒程の半輝石をあしらった指輪が、ミモザの指に収まっている。

 不器用なミモザを見兼ねてセインが作ってくれたものだった。

 張替える弦で編まれた指輪は、ミモザのお守りだ。


 紫弦の竪琴は、歌を生業なりわいにする者にとって、伝説ですらあった。

 古から脈々と受け継がれて来たその竪琴は、他を圧倒する音色を持っていた。

 星の瞬きが聞えるなら、このような音だろうと。星彩の竪琴と言われることもある。

 奏者は皆、それを手にする夢を見て。歌い手は皆、自らの声を音に乗せたいと願う。

 神々の戦いではその音色が戦士たちを鼓舞し、勝利に導いたとか。

 ある日姿を消した太陽を、美しい旋律で呼びもどしたとか。

 日照り苦しむ小さな村で、奏でられた歌が雨を呼んだとか。

 竪琴の音を聞いたら子どもの夜泣きが収まったとか。

 持ち主以外の者が奏でても、音が鳴らないとか。

 6頭立ての馬戦車が乗っても壊れないとか。

 その噂の枚挙にいとまはない。


 奏者を自ら選ぶと言う。

 旅歌いの青年は、たったひとり。竪琴に選ばれた奏者だった。

 セインヴァルカイト。彼こそが、紫弦の竪琴弾き。

 ミモザはただの、歌い手。

 今でこそ相棒を名乗っているが、元はただちょっと歌が好きなだけの村娘。

 彼の竪琴の腕を知り押しかけたのは、そう昔のことではない。


 

 ――ほろん。


 どこかで聞き慣れた竪琴の音がして、ミモザは顔をあげた。

 いつの間にかすぐそばに人影があって、驚き目を見開く。

「こんばんわ、歌姫」

 にこりと笑うのは、人形めいた顔立ちの少年だった。

 年齢は10にも満たないだろう。袖の広い風変りな服を着ていた。

 無意識に期待していた相手ではなくて、ミモザは少し息を吐く。

「……こんばんわ、少年」

「隣に座っても?」

 少年が首を傾げると、肩につく銀髪が揺れ落ちた。一筋だけ染め抜かれたような鮮やかな紫がミモザの目を引く。

 断る理由もなくて頷くと、少年は嬉しそうに微笑んだ。

「我の名はシゲンと言う。歌姫、名をいただいても?」

 幼い外見には合わない、古めかしい名乗りは少年からだった。

「えぇ、はじめまして。わたしはミモザ。シゲン君は、こんな暗いのにどうしたの、おうちの人は? 迷子?」

 言ってミモザは彼の姿をとっくりと眺めた。少年の服は、とろりとした光沢を放つ絹でできている。これは上流階級の子息だろう。

 ミモザは保護者の姿を探して辺りを見渡した。

 表通りに面した広場はさほど治安が悪くはないが、それでも夜の女子どもの一人歩きは心もとない。

「こんな時間にひとりでいたら危ないよ?」

 シゲンは「然り」と頷いた。

「我も、こうなるとは予想外だ。一部とは左様なものか」

 シゲンはミモザの指と自分の小さな掌を交互に見て、感心したように呟く。

「人を探していたのだが、無事に見つかってな。これから迎えが来る手筈ゆえ」

「そう、おうちの人がくるの?」

「いや、主が」

 シゲンは言ってくすりと笑う。ミモザは首をかしげた。

「主家の人がお迎えに…? ふぅん、よくわかんないけどいいや」

 もともとは小さな村の宿屋の娘である。

 上流階級の世界はさっぱりわからない、とミモザは理解を諦める。

「そしたら、迎えの人が来るまで一緒にいよっか?」 

 少年は嬉しそうに笑って頷いた。

「歌姫の迎えが着くまででかまわぬゆえ、よしなに」


 歌姫、という呼称に今更ながら気付いたミモザは、少年を覗き込む。

 人形めいた顔立ちの中、深い紫紺色の瞳が悪戯な光を浮かべ、彼に温かみを持たせていた。

 こんな美少年、どこかで会っていたら記憶に残るだろうに、ミモザは彼に見覚えがない。

「私が歌うの、知ってるの?」

「先日この広場で歌っていたであろう」

「あ、昨日のお昼? シゲン君は昨日もここに来てたんだ」

「美しい歌であった」

 鷹揚な口調で言うシゲン。しかし幼い声音で言うそれは、やけに可愛らしく映る。

「お褒めいただき光栄にございます、若君」

 胸に手を当て貴人に対する礼を真似たミモザは、顔をあげて照れたように微笑んだ。

 シゲンは彼女に応えるように笑って、尋ねる。

「一曲、所望しても?」

「え、ここで? 伴奏者いないけど…」

「歌姫の声は良き目印となろう。我が主が迷わぬよう頼みたい」

 ミモザは迷って、

「それじゃちょっとだけ」

 と立ち上がった。

「シゲン君みたいに身なりの良い子が迎えの人とはぐれたら、険呑な事件が起きそうだし」


 優しい雨が大地にそっと沁みこむような、それは優しい歌だった。

 ミモザが描くのは、湯気のたつスープと、温かなパン、愛する人の笑顔。

 特別じゃないけれど、特別な。

 懐かしいふるさとの歌。

 菫色の瞳を閉じたミモザには、見知らぬ街ではなく、小さな村の夕暮れが映っていた。


 足早に通り過ぎようとした男が、ふと足を止める。

 子どもの手をひいた若い母親が、振り返った。

 杖をついた老人が、目を閉じてむかしを思い起こす。


「帰りたい、帰ろうか、懐かしい我が家へおかえりなさい」


 歌が終わると拍手が起きてミモザは驚きに目を瞬いた。

 いつの間にか彼女を中心に弧を描いて、小さな演奏会のように観客が取り巻いている。

 拍手はいつだって嬉しいもので、ミモザは笑顔で腰を折る。

 歌と舞台はいつでも彼女を歓迎する場所。ミモザの居場所だった。

 歌姫の正式な一礼に、拍手がもう一度贈られる。

 中には硬貨を置こうとする人もいて、シゲンが小さな手を皿のようにして受け取って歩いている。

 卒なく観客の間を回る辺りは、旅回りの一座の子どもの動きにも似ている。その姿を目にとめたミモザは、ますます不思議な子、と口の中で呟いた。

「こんな良い歌を聞いたら、かあちゃんとこに帰りたくなっちまうな」

「歌姫さん、あんたの歌はどこに行けば聞けるんだい?」

「今日はうちのヤツに何か買ってってやろうかな」

「おかーさん、おなかすいたよう」

「あら、それじゃ早く帰りましょうか」

 口ぐちに行って帰るにわかの観客を愛想良く見送るミモザ。

「林檎の蹄亭にしばらくいますので、良かったら来てくださいねー」

 おねーちゃんばいばい、と手を振る子どもに大きく手を振り返した。


 人もまばらになりかけた時、シゲンが傍らによってきた。

 手のひらに集めた硬貨をミモザに差し出すが、彼女はそのうちの半分だけを受け取って残りの半分は手のひらの上に置いたままにした。

「分け前は半分こ。シゲン君、お手伝いありがとうね」

 シゲンは手の上の硬貨を不思議そうに眺める。チャリ、と軽い音を立てて手のひらに握ると嬉しそうに笑った。

「分け前があるのは初めてだ。これは善きこと」

 無邪気なほどの笑顔にミモザが見惚れていると、シゲンはそのまま尋ねてきた。

「歌姫、そなたも家に帰りたいか?」

「えっ、……やだシゲン君。あれは歌よ、歌」

 質問に驚き息をのんで、ミモザは誤魔化すように笑う。

 それでもシゲンは、紫とも紺ともつかない昼と夜の間の色をした瞳でじっと彼女を見上げる。

「……帰る場所は、あるのかな」

 ぽつりとこぼれたのは、彼女の不安。

 歌える場所が、彼女の居場所。でも帰る場所は……?

「どこへ帰りたい?」

 シゲンの声は、幼い子どものものとは思えないくらい、優しいものだった。

「懐かしい故郷か」

 数年前に出てきた小さな村。元気がとりえの母と物静かな父の声を思い出す。

 村でも歌うことはできる。祭りの日に、長い夜に、村人も旅人たちも彼女の歌に聴き入った。

 もうしばらく帰っていない、あの村に帰りたいんだろうか。

 帰りたい、帰ろうか。でもどこへ? 自分の中に尋ねてみると、欲しいのは両親の優しい声ではなかった。

「……いいえ」

「他の誰かの元か」

「……うん」

 初めて会った子どもが驚き泣くような声に、ミモザはもう慣れていた。

 鴉のような声で低く恫喝されても、全然怖くない。

 あの声でおかえりと言って欲しい。


 帰る場所――帰りたい場所は決まっていた。


大変久しぶりになりました

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