務め
ネールランドの首都ガリヨンはおよそ二千万の人口を擁する世界最大の都市である。
都市を東西と南北に横切る鉄道は象徴的であり、それはガリヨンが世界宗教であるリマ教の信仰を基盤とする宗教都市であることを意味していた。
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「おえっ、うっ、おえーっ!」
ネールランド人には珍しい黒髪をした青年が、側溝の前に蹲り、激しい嘔吐を繰り返している。傍にはやや年長の男が二人、所在なさげに立っていた。
「何してるんだ?」
背の高い痩せた男が青年を見下ろし呆れたように言う。
「どうも、死体を見るのが初めてらしい。」
対照的なずんぐりとした体型の男は、短く刈り込んだ頭をボリボリと掻きながら明後日の方向へむかって返事をする。
三人はそろって白い厚手のつなぎのような服装をしており、一目で彼らが何らかの職業的集団であることが分かる。
蹲る青年の前には石造りの塀があり、その向こうにある建物から彼らは出てきたのだが、青年でなくともそこに踏み入ればやはり吐き気を催さずにはいられないだろう。異様なのはむしろ年長の男達の方であった。
朱塗りの戸の向こうでは、死体が二つ抱き合うような姿で転がっていた。覆い被さるように、あるいは庇うように死んでいる方は、恐らくは男性で、大きな身体をしていた。その下で死んでいるのは、二回りは小さく、恐らくは女性であった。恐らくはというのは、そう推察するほかなかった。死体が丸焦げになっていたからである。
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雨が降りだした。年長の二人は青年を置いて、駅へ向かった。
彼らはこの都市で異端審問官と呼ばれる存在であった。その肩書きが意味する通り、彼らはリマ教の秩序維持のために、異教徒を排撃することを目的として組織された集団で、司法権と執行権が与えられていた。つまり彼らは裁判を省略して、直接的に死刑を執行することができた。
職権は適切に行使された。一時間前に三人の異端審問官は、不特定多数の信徒を抱え忌まわしい行為に耽っている新興の宗教家の「教会」へ踏み込み、速やかな懺悔を要請した。しかし、宗教家は要請には応じず、「先に服を着させてくれ」と答えた。
一分間。それが告解の為の猶予時間であった。手続きは強制執行へと移行した。
ずんぐりとした男が歩み出ると、腰に下げた武器を鞘から抜き放った。
異端審問官の軍刀様の武器にはアンティティキラと呼ばれる機構が備わっており、それは各々の資質に応じて、様々な魔術的現象を引き起こすのであった。刀身はその現象に指向性を与えるアンテナに近いものであり、異端審問官には撃剣の心得がない者も少なくなかった。
大気中の酸素が急激に膨張するような音とともに、不可視の熱線が宗教家と異教徒の女を襲った。間をおかずに二人の身体は火炎に包まれ、絶叫とともに頽れた。
青年は一部始終を呆然と見届けた後、弾かれたように部屋を飛び出した。長身痩躯の男は、青年の出ていった方を一瞥した後、制服のポケットから携帯電話を取り出し、いずこかに連絡をはじめた。
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駅の喫煙室で、二人の異端審問官は一服しながら置いてきた青年の話をしていた。
「あいつは、しばらく忘れられないだろうな。あの焼かれた男の顔。」
「忘れるさ。すぐに日常になる。」
そう言ってずんぐりとした男は、鼻から煙を噴き出した。
喫煙室からは、一人、また一人と次々に出て行った。新たに入ってくるものはいなかった。ただ、遠巻きに彼らを見るばかりであった。その様子はガリヨンで異端審問官がどういった存在であるかを端的に物語っていた。
ガリヨンに住む大半のリマ教徒は、熱心な信仰者では無かったので、彼らを聖典に書かれた神話的存在になぞらえ、皮肉を込めて「天使」と呼んだ。




