トリックは、ページをめくった先に。
……許さない。
許さない許さない
…殺してやろう。絶対に
キーボードを叩きながら、男は席を立った。怪我をした足を引きずった。頭の中で、自らの行動の計画を繰り返した。アイツを……殺す計画を―――
インターホンが鳴った音で、杉並廉はパソコンから目を離した。ブルーライトをカットできるサングラスをはずし、廉は玄関へ向かった。ドアを開けると、大学の同級生である 真田寧々が立っていた。
「…久しぶり。どうしたの?」
「ちょっと相談あるから出てこいよ」
廉は大きなため息をついた後、右手に黒い杖をついて出てきた。
「…足が悪いのは相変わらず?」
「治らないからね…で?何の用なの?」
「ほら、これ見ろよ」
寧々は何かの紙を二枚、ひらひらと揺らした。
「何これ」
「『スターディスコ号』って知ってる?ニュースでよく出てくるあれ」
「知らないよ。僕ニュース見ないし」
廉は見上げるように寧々を見た。
「そっか。じゃあ説明するよ。スターディスコ号ってのは、世界有数の大型客船だ。抽選でそれのペアチケットが貰えるって新聞にあってな。応募したらもらった。」
「へぇ…強運なんだね、寧々は……」
廉は呆れたように言うと、家の中へ入っていった。
「おい、廉?」
「悪いね。僕は行かない。もうすぐ締め切りなんでね」
締め切り、というモノを、廉は恐れている。つまり、彼は作家だ。ミステリー小説を書いている。
「ちょっと待てよ!行こうぜ!頼むよ!」
土下座せんばかりの勢いに、廉は根負けし、寧々からチケットを受け取った。
「…ねぇ、これって何日出発?」
「明後日」
「嘘でしょ……」
「準備しとけよ〜」
そう言って帰っていく親友を、廉は恨めしく思った。
次の日、廉は小さなリュックを背負って家をでた。普段使っている車椅子は、邪魔になる為、置いていった。待ち合わせ場所のバス停に着くと、杖を折りたたんでベンチに座った。
「あれ?杉並?」
自分の名前を呼ばれて、廉は振り返った。そこには、廉も知っている男が立っていた。
「……桐山?」
「おぉ!覚えててくれたのか!」
桐山勇太。廉、そして寧々の同級生だった男だ。
「待たせたな廉……うわっ!!勇太!久しぶり!」
「真田!お前もいたのか!」
思わぬ友との再会に、寧々は笑顔を浮かべた。
「あれ…桐山、そういえば何してんの?ここ空港バス乗り場だよ?」
「俺?えっと…なんだっけ…そうだ。『スターディスコ』っていう船乗れるってやつ当たったから」
「マジか?!俺らもだよ!」
「すごい偶然…」
「なら勇太も一緒に行こうぜ!」
バスに乗って約二時間。三人は船着き場に到着した。青い空の中、ひときわ目を引く大きな船。汽笛が大きな音を鳴らす。
「時間だ!行こうぜ!」
「廉、そこで車椅子貸し出してるけど…廉借りたら?」
「うん、そうしようかな」
その場で少しの間待っていると、車椅子に座った廉が戻ってきた。
「ごめん。待たせたね」
「廉、俺押すよ」
「ありがとう寧々」
寧々が廉の後ろに回り、船へと乗りこむ。
「廉この部屋?」
「うん。あ、寧々。僕のリュックからパソコン出してくれない?」
「…廉さ、この船にパソコン持ち込んだの?」
寧々はパソコンを取り出し、廉に手渡しながら言った。
「僕の足じゃあんまり出歩けないからね。あと一昨日言った通り、締め切りが近いから」
「あっそ。じゃあまた飯の時間に来るわ」
「うん」
廉は寧々を見送ってから、パソコンを起動し、キーボードを叩き始めた。
それからしばらく経って、日が暮れた。廉は気まぐれに車椅子から立ち、右足を引きずりながら薄暗い部屋のカーテンを開けた。ちょうど、夕焼けが海に沈んでいく所だった。その時、ドアがたたかれる音がした。
「俺だ。廉、レストランで夕食だってよ」
「分かった。寧々。悪いけど車椅子押してくれない?」
「いいよ」
レストランへ向かうと、料理人の山崎 緑が席を案内した。
まだ勇太はいなかった。
「寧々 、桐山は?」
廉は周りを見回し、寧々に聞いた。
「いや……見てな…あ!」
寧々の目線の先には、笑顔で手を振る勇太の姿がある。
「桐山、どこ行ってたんだ?」
「いや〜腹痛くってさ…」
「ふぅん…まぁいいや、食べよ……」
そこまで言った時だった。どこからか、爆発のような音が聞こえた。レストランは大騒ぎだ。どこからか、悲鳴も聞こえる。
「寧々、この音……」
「皆様!落ち着いてくださ……」
なだめようとした山崎は、そこで言葉を失った。窓の外で、逆さまになった男が、虚ろな目でこちらを見ていたからだ。
「人…?」
寧々は、震える声で言った。
廉は驚いた目をしたが、すぐに自分で車椅子を動かした。
「廉?どうした?」
「いや、僕はやりたい事があるから。いろんな所ふらふらしてるよ」
「杉並、俺押すから待って!」
勇太が廉の車椅子の後ろに回ろうとした時、廉は勇太に明るく言った。
「いや、大丈夫だよ。僕一人で」
「そ……そう?」
廉は車椅子を器用に操作し、レストランから出ていった。
●
男は周りを見回し、宮田 望の部屋へと忍びこんだ。レストランから見えるベランダから、アレを回収する。部屋のベッドには、睡眠薬を使って眠らせた、殺すべきアイツがいる。
男は鞄から1本のナイフを取り出した。ゆっくりと心臓の上の皮膚に当てた。少しずつ力を入れると、服に開いた穴から、赤黒い液体が流れ出てきた。
(……早く死ねよ…)
ナイフの金属部分が身体に食い込み、見えなくなる。一度引き抜き、喉へと、また一刺し。
望の口元に手をかざすと、呼吸は感じられない。
(…やった……。ついに…!)
男は拳を握りしめ、声を出さないように笑った。しかし、まだやめてはならない。男は冷たくなった望に、重りとして持ってきたダンベルをくくりつけ、全ての窓の死角になる場所から、望を海へと突き落とす。
『ボチャン』という音が耳に心地よく残る。シーツを剥がし、ナイフで細く裂く。燃やしたい所だが、生憎マッチやライターは持ち合わせていない。仕方なく、それも海へ投げ捨てた。
(ようやく…終わった…)
★
「ったく…廉のやつどこ行ったんだか…」
寧々は一人船の中を歩いていた。
『いや、僕はやりたい事があるから。いろんな所ふらふらしてるよ』
「チッ…いろんな所ってさぁ…」
舌打ちをしていると、後ろからカツンという音が聞こえた。
「寧々、なんか探してんの?手伝うよ」
振り向くと、車椅子を置いて、杖をついている廉がいた。
「あ!廉いた!!お前どこ行ってたんだよ!」
「え…ずっと僕の部屋いたよ。来る?」
恐らく廉の部屋へ行っても、ただキーボードを叩く姿を見ているだけだろう。それでも、廉はまたいつどこかへ行くか分かったものじゃない。仕方なく、寧々は廉に付いていく事にした。
「おいで。お茶くらい出すから」
廉の部屋は、彼の家と同じように薄暗く、人がいたとは思えない。
「……お前、この部屋使った?」
「うん。ずっといたよ」
そこで、寧々は思い出した。この男、杉並廉は娯楽に一切の興味がなく、ただ小説を書くためだけに自宅にいるようなとのだ。唯一使っていた痕跡があるのは、廉が執筆をしていた机と椅子だけだ。
「ほら、あげる」
『お茶くらい出す』と言った言葉通り、廉は寧々に麦茶を差し出した。だがそれは、コップに入っているものではなく、ペットボトルのものだった。
「…これかよ…」
「百四十円もしたんだよ」
「まぁ…ありがと…」
寧々はベッドに腰を下ろし、長く息を吐いた。ここで寧々の頭を、一つの疑問がよぎった。
「廉さ、ずっとここにいたって言ったよな?」
「うん。だから桐山の場所は知らないよ」
「え?なんで勇太が出てくんの?」
唐突に口にされた友の名に、寧々は困惑を隠せなかった。
「探してたんじゃないの?」
「いや?」
「あ、そうだったの…」
「でも、その考えが出てくるって事は、廉は勇太の居場所気になってたんだな」
自身の頭の中を読まれた廉は、目を見開いた。
「うん。さっき乗客名簿ちょっと見たんだけどね、一人気になる人が……」
そこまで言った時、廉は突然口を閉じた。寧々が振り返った先には、にこやかに笑った勇太が立っていた。
「よぉ勇太、廉ずっとここにいたんだってよ!」
「…そうだったんだ…」
「で?廉が気になる人ってだれ?」
「……知り合いに似た名前があってさ…」
そう答える廉の声は、どこか震えているようだった。
「……廉?」
「ううん、ごめん二人共。僕そろそろ寝ていい?ずっと書いてて疲れた……」
「分かった。おやすみ、廉」
バタンと閉じられたドアを見つめ、廉は大きく息を吸った。
(……伝えないと…すぐ……)
★★
翌朝、ガヤガヤとした騒ぎで、廉は目を覚ました。杖をつきながら外に出て、近くを歩いていた船員に声をかけると、驚きの答えが返ってきた。
「昨日…三〇五号室にお泊まりだった宮田望さんが…いないんです」
「…いない?どういう……」
「申し訳ありません。これ以上は……」
廉は心の中に、なにか不穏なモヤが広がっている感覚を覚えていた。
少しその場で頭を巡らせていると、いつの間にか後ろに勇太が立っていた。
「杉並、なんかあったの?」
「…宮田って人がいなくなったんだってよ」
「……へぇ」
勇太は廉の方を向いていた目を遠くへ向け、踵を返した。その時を逃さずに、廉は戻っていく勇太の肩を掴んだ。
「桐山。見つかっちゃったね」
勇太は恐怖に満ちた目で廉を見た後、急いで自身の部屋へと入っていった。
(……決まりか?)
廉が『見つかっちゃったね』と言ったのは、ただのハッタリだった。だが、今の反応で、廉は分かった。
もしも宮田望が殺され、海中を含むどこかに隠されたとしたら、それをしたのは勇太だろう。
「廉?何してんの?」
ふと我に返り、周りを見回す。すると、寧々が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「ううん、なんでもない。寧々、起こしちゃったかな?ごめんね」
「いや、俺いつもこんくらいに起きてるから」
「そう。僕もうちょっとだけ寝ようかなぁ……」
廉は眠そうな瞳をこすりながら、部屋のドアを開けた。
「まだ寝るの?!」
「昨日……ていうか今週はあんまり寝てないんだよ…大体寧々がここに連れてこなければ……」
「悪かったって!おやすみ!」
廉はその言葉を聞くと、部屋に入り、ベッドに向かうのではなく、パソコンを開いた。
暴く。いや、突き止める。彼がなぜ、あんな事をしたのかを。
★★★
『男は、自らの家の引き出しから、一本の包丁…いや、ナイフを取り出し、鞄にこっそりと入れた。男が船に乗ろうと思った理由はただ一つ。復讐を…成し遂げるため。
今目の前には、何年も待ち望んだ光景が広がっている。胸には小さな穴があき、目は虚ろで、光が宿っていない。男はにやりと笑い、その死体を海へと放り投げた―――』
「………こんなもんかな…?」
廉はキーボードを叩く手を止め、画面を見直した。何も考えず、頭に入っている言葉や推測を文章に変え、ただただ打ち込む。その後、必要な情報だけを頭に戻す。廉が物事を解決したり、スランプに陥った時に使用する方法だ。
それを終わらせると、ますます深く勇太の犯した罪と動機が分かっていく。それが廉は、とても哀しかった。
「廉、入っていい?」
「寧々か…いいよ。こっちから行こうかと思ってた」
寧々は首をかしげながらも、部屋の中へと足を進めた。
「…廉?どうした?顔色悪いけど……」
「…大丈夫だよ」
「……そうか……?」
「おーい!廉!」
廊下から、勇太の声が聞こえた。
「桐山…どうしたの?」
「ちょっと来てくれない?」
勇太が廉に手を振っている。寧々は自分も行こうかと勇太に聞いた所、それは断られ、廉だけが車椅子を押されて行く事となった。
「桐山、なんで僕はここに……」
勇太はそれに応えず、鞄を引き寄せた。
「廉、バイバイ」
目の端に、光が一瞬だけ写った。それが金属――恐らくナイフの反射であることは、廉にはすぐに分かった。
「僕を殺すつもり?桐山」
「…どうかな」
「やめたほうがいい。僕が死んだら真っ先に君が疑われる」
廉はいつも以上に穏やかに言ったが、それが勇太は気に入らなかった。
「…もういいよ廉」
ナイフを上げた手を、勇太は振り下ろす事ができなかった。廉が杖を伸ばし、勇太の腹部を突いていたからだ。
「おーい廉?勇太!」
「寧々、迎え来てくれたの?」
「うん、遅かったから」
寧々がドアをくぐった時には、勇太はもうナイフをしまっていた。
「…寧々、桐山、今度さ、僕の部屋来てくれない?
――」
廉は真実を伝えるべく、心のページをめくった――
★★★★
「僕が最初…違和感があったのはね、レストランに行った時だったんだ。爆発音の後の人、あれは人形だったんでしょ?桐山」
唐突に発せられた友人の名前に、寧々は困惑を隠せなかった。しかし杉並廉はこんな時に冗談を言わない男だと、寧々は知っている。
「知らないよ。俺その時一緒にいたじゃん」
「あの爆発音、ちょっとノイズが混じってたんだよ。しかもあの人、目が明らかに左右対称じゃなかった。きっと、人形だよね」
廉の声には、感情が感じられない。頭にある台詞を、ただ口に出しているようだ。
「あれが水に沈む素材だったら、引き上げられないもんね」
「…ふぅん」
「宮田さんを殺したのも桐山でしょ?僕を刺そうとしたナイフで」
寧々は目を見開いたが、二人の空間に入れず、黙るしかなかった。
「…あんなの遊びだよ。宮田なんて知らないし」
「僕は桐山から聞いたんだよ?宮田望。桐山の妹を殺して、無罪になった女でしょ?」
それは、寧々も知っている事だった。ニュースで見たのだ。勇太の妹、桐山愛衣が殺害され、その容疑者である宮田望という女性が逮捕。その後、証拠不十分で釈放されたと、キャスターが語っていた。
「だからって殺して良いわけじゃないよ、勇太」
「……確かに、宮田を恨んでたのは認める。でも、アイツを殺した証拠はないだろ?そもそも居なくなっただけなら死んでない可能性もあるし」
「勇太。手から血の匂いがするよ。僕は人より嗅覚が鋭いから分かる」
勇太は驚いた表情を浮かべ、手を鼻の前に持っていった。だがそれは、廉の策略と、すぐに気付いた。
「………それが証拠…って所かな」
「勇太…お前……」
勇太は観念したかのように、ぽつりぽつり話し始めた。
「俺この前一回さ、宮田に会いに行ったんだよ。『俺はまだお前が愛衣を殺したと思ってる』って。そしたらアイツ、なんて言ったと思う?『誰ですかそいつ。』だって。ふざけるなと思うだろ?だからさ…」
勇太は、まだ目に焼き付いていた。無罪と宣告された時の望の、こちらを嘲笑うかのような笑み。そしてつい先日の、光のなくなった瞳が―――
「…宮田望にも、家族がいる」
「…なんだよ杉並、唐突にさ…」
「いくら恨んでも、憎んでも、殺しちゃ駄目だよ」
寧々は廉の言葉が、とてつもなく重いと解っている。彼もまた、辛い過去を背負って生きているからだ。
「―――逃げたんだな、俺は」
勇太は天井を仰いだ。それはもう、自らの運命を受け入れたようだった。
★★★★★
船旅が終わり、勇太が逮捕され、全ては収束へと進んでいる。
「廉、元気?」
訪ねてきた親友を家に入れ、廉はベッドに倒れこんだ。
「大丈夫かよ…」
「友情を僕の手で壊したんだ。大丈夫じゃないよ」
「……ゆっくり休めよ」
その言葉を待っていたように、廉はゆっくりと目を閉じた。
まずはこの作品を読んでくださった皆様に、心から感謝をお伝えします!!ミステリーを初めて造ったので、違和感のあるシーンも多いと思います。しかし大目に見ていただけたらありがたいです!
これからのために、『☆☆☆☆☆』や、応援、改善点のアドバイス等のコメントを頂けたら幸いです!




