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作者: 赤井猫
掲載日:2026/06/03

……許さない。

許さない許さない


…殺してやろう。絶対に

 キーボードを叩きながら、男は席を立った。怪我をした足を引きずった。頭の中で、自らの行動の計画を繰り返した。()()()を……殺す計画を―――

 

 インターホンが鳴った音で、杉並廉(すぎなみれん)はパソコンから目を離した。ブルーライトをカットできるサングラスをはずし、廉は玄関へ向かった。ドアを開けると、大学の同級生である 真田寧々(さなだ ねね)が立っていた。

「…久しぶり。どうしたの?」

「ちょっと相談あるから出てこいよ」

廉は大きなため息をついた後、右手に黒い杖をついて出てきた。

「…足が悪いのは相変わらず?」

「治らないからね…で?何の用なの?」

「ほら、これ見ろよ」

寧々は何かの紙を二枚、ひらひらと揺らした。

「何これ」

「『スターディスコ号』って知ってる?ニュースでよく出てくるあれ」

「知らないよ。僕ニュース見ないし」

廉は見上げるように寧々を見た。

「そっか。じゃあ説明するよ。スターディスコ号ってのは、世界有数の大型客船だ。抽選でそれのペアチケットが貰えるって新聞にあってな。応募したらもらった。」

「へぇ…強運なんだね、寧々は……」

廉は呆れたように言うと、家の中へ入っていった。

「おい、廉?」

「悪いね。僕は行かない。もうすぐ締め切りなんでね」

締め切り、というモノを、廉は恐れている。つまり、彼は作家だ。ミステリー小説を書いている。

「ちょっと待てよ!行こうぜ!頼むよ!」

土下座せんばかりの勢いに、廉は根負けし、寧々からチケットを受け取った。

「…ねぇ、これって何日出発?」

「明後日」

「嘘でしょ……」

「準備しとけよ〜」

そう言って帰っていく親友を、廉は恨めしく思った。

 次の日、廉は小さなリュックを背負って家をでた。普段使っている車椅子は、邪魔になる為、置いていった。待ち合わせ場所のバス停に着くと、杖を折りたたんでベンチに座った。

 「あれ?杉並?」

自分の名前を呼ばれて、廉は振り返った。そこには、廉も知っている男が立っていた。

「……桐山?」

「おぉ!覚えててくれたのか!」

桐山勇太(きりやま ゆうた)。廉、そして寧々の同級生だった男だ。

「待たせたな廉……うわっ!!勇太!久しぶり!」

「真田!お前もいたのか!」

思わぬ友との再会に、寧々は笑顔を浮かべた。

「あれ…桐山、そういえば何してんの?ここ空港バス乗り場だよ?」

「俺?えっと…なんだっけ…そうだ。『スターディスコ』っていう船乗れるってやつ当たったから」

「マジか?!俺らもだよ!」

「すごい偶然…」

「なら勇太も一緒に行こうぜ!」

  バスに乗って約二時間。三人は船着き場に到着した。青い空の中、ひときわ目を引く大きな船。汽笛が大きな音を鳴らす。

「時間だ!行こうぜ!」

「廉、そこで車椅子貸し出してるけど…廉借りたら?」

「うん、そうしようかな」

その場で少しの間待っていると、車椅子に座った廉が戻ってきた。

「ごめん。待たせたね」

「廉、俺押すよ」

「ありがとう寧々」

寧々が廉の後ろに回り、船へと乗りこむ。

 「廉この部屋?」

「うん。あ、寧々。僕のリュックからパソコン出してくれない?」

「…廉さ、この船にパソコン持ち込んだの?」

寧々はパソコンを取り出し、廉に手渡しながら言った。

「僕の足じゃあんまり出歩けないからね。あと一昨日言った通り、締め切りが近いから」

「あっそ。じゃあまた飯の時間に来るわ」

「うん」

廉は寧々を見送ってから、パソコンを起動し、キーボードを叩き始めた。

 それからしばらく経って、日が暮れた。廉は気まぐれに車椅子から立ち、右足を引きずりながら薄暗い部屋のカーテンを開けた。ちょうど、夕焼けが海に沈んでいく所だった。その時、ドアがたたかれる音がした。

「俺だ。廉、レストランで夕食だってよ」

「分かった。寧々。悪いけど車椅子押してくれない?」

「いいよ」

  レストランへ向かうと、料理人の山崎 緑(やまざきみどり)が席を案内した。

まだ勇太はいなかった。

「寧々 、桐山は?」

廉は周りを見回し、寧々に聞いた。

「いや……見てな…あ!」

寧々の目線の先には、笑顔で手を振る勇太の姿がある。

「桐山、どこ行ってたんだ?」

「いや〜腹痛くってさ…」

「ふぅん…まぁいいや、食べよ……」

そこまで言った時だった。どこからか、爆発のような音が聞こえた。レストランは大騒ぎだ。どこからか、悲鳴も聞こえる。

「寧々、この音……」

「皆様!落ち着いてくださ……」

なだめようとした山崎は、そこで言葉を失った。窓の外で、逆さまになった男が、虚ろな目でこちらを見ていたからだ。

「人…?」

寧々は、震える声で言った。

 廉は驚いた目をしたが、すぐに自分で車椅子を動かした。

「廉?どうした?」

「いや、僕はやりたい事があるから。いろんな所ふらふらしてるよ」

「杉並、俺押すから待って!」

勇太が廉の車椅子の後ろに回ろうとした時、廉は勇太に明るく言った。

「いや、大丈夫だよ。僕一人で」

「そ……そう?」

廉は車椅子を器用に操作し、レストランから出ていった。


            ●


 (殺人犯)は周りを見回し、宮田 望(みやた のぞみ)の部屋へと忍びこんだ。レストランから見えるベランダから、()()を回収する。部屋のベッドには、睡眠薬を使って眠らせた、殺すべき()()()がいる。

男は(かばん)から1本のナイフを取り出した。ゆっくりと心臓の上の皮膚に当てた。少しずつ力を入れると、服に開いた穴から、赤黒い液体が流れ出てきた。

(……早く死ねよ…)

ナイフの金属部分が身体に食い込み、見えなくなる。一度引き抜き、喉へと、また一刺し。

 望の口元に手をかざすと、呼吸は感じられない。

(…やった……。ついに…!)

男は拳を握りしめ、声を出さないように笑った。しかし、まだやめてはならない。男は冷たくなった望に、重りとして持ってきたダンベルをくくりつけ、全ての窓の死角になる場所から、望を海へと突き落とす。

『ボチャン』という音が耳に心地よく残る。シーツを剥がし、ナイフで細く裂く。燃やしたい所だが、生憎マッチやライターは持ち合わせていない。仕方なく、それも海へ投げ捨てた。

(ようやく…終わった…)


           ★


 「ったく…廉のやつどこ行ったんだか…」

寧々は一人船の中を歩いていた。

『いや、僕はやりたい事があるから。いろんな所ふらふらしてるよ』

「チッ…いろんな所ってさぁ…」

舌打ちをしていると、後ろからカツンという音が聞こえた。

「寧々、なんか探してんの?手伝うよ」

振り向くと、車椅子を置いて、杖をついている廉がいた。

「あ!廉いた!!お前どこ行ってたんだよ!」

「え…ずっと僕の部屋いたよ。来る?」

恐らく廉の部屋へ行っても、ただキーボードを叩く姿を見ているだけだろう。それでも、廉はまたいつどこかへ行くか分かったものじゃない。仕方なく、寧々は廉に付いていく事にした。

「おいで。お茶くらい出すから」

 廉の部屋は、彼の家と同じように薄暗く、人がいたとは思えない。

「……お前、この部屋使った?」

「うん。ずっといたよ」

そこで、寧々は思い出した。この男、杉並廉は娯楽に一切の興味がなく、ただ小説を書くためだけに自宅にいるようなとのだ。唯一使っていた痕跡があるのは、廉が執筆をしていた机と椅子だけだ。

「ほら、あげる」

『お茶くらい出す』と言った言葉通り、廉は寧々に麦茶を差し出した。だがそれは、コップに入っているものではなく、ペットボトルのものだった。

「…これかよ…」

「百四十円もしたんだよ」

「まぁ…ありがと…」

寧々はベッドに腰を下ろし、長く息を吐いた。ここで寧々の頭を、一つの疑問がよぎった。

「廉さ、ずっとここにいたって言ったよな?」

「うん。だから桐山の場所は知らないよ」

「え?なんで勇太が出てくんの?」

唐突に口にされた友の名に、寧々は困惑を隠せなかった。

「探してたんじゃないの?」

「いや?」

「あ、そうだったの…」

「でも、その考えが出てくるって事は、廉は勇太の居場所気になってたんだな」

自身の頭の中を読まれた廉は、目を見開いた。

「うん。さっき乗客名簿ちょっと見たんだけどね、一人気になる人が……」

そこまで言った時、廉は突然口を閉じた。寧々が振り返った先には、にこやかに笑った勇太が立っていた。

「よぉ勇太、廉ずっとここにいたんだってよ!」

「…そうだったんだ…」

「で?廉が気になる人ってだれ?」

「……知り合いに似た名前があってさ…」

そう答える廉の声は、どこか震えているようだった。

「……廉?」

「ううん、ごめん二人共。僕そろそろ寝ていい?ずっと書いてて疲れた……」

「分かった。おやすみ、廉」

バタンと閉じられたドアを見つめ、廉は大きく息を吸った。

(……伝えないと…すぐ……)


           ★★


 翌朝、ガヤガヤとした騒ぎで、廉は目を覚ました。杖をつきながら外に出て、近くを歩いていた船員に声をかけると、驚きの答えが返ってきた。

「昨日…三〇五号室にお泊まりだった宮田望さんが…いないんです」

「…いない?どういう……」

「申し訳ありません。これ以上は……」

廉は心の中に、なにか不穏なモヤが広がっている感覚を覚えていた。

 少しその場で頭を巡らせていると、いつの間にか後ろに勇太が立っていた。

「杉並、なんかあったの?」

「…宮田って人がいなくなったんだってよ」

「……へぇ」

勇太は廉の方を向いていた目を遠くへ向け、踵を返した。その時を逃さずに、廉は戻っていく勇太の肩を掴んだ。

「桐山。見つかっちゃったね」

勇太は恐怖に満ちた目で廉を見た後、急いで自身の部屋へと入っていった。

(……決まりか?)

廉が『見つかっちゃったね』と言ったのは、ただのハッタリだった。だが、今の反応で、廉は分かった。

もしも宮田望が殺され、海中を含む()()()に隠されたとしたら、それをしたのは勇太だろう。

「廉?何してんの?」

ふと我に返り、周りを見回す。すると、寧々が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「ううん、なんでもない。寧々、起こしちゃったかな?ごめんね」

「いや、俺いつもこんくらいに起きてるから」

「そう。僕もうちょっとだけ寝ようかなぁ……」

廉は眠そうな瞳をこすりながら、部屋のドアを開けた。

「まだ寝るの?!」

「昨日……ていうか今週はあんまり寝てないんだよ…大体寧々がここに連れてこなければ……」

「悪かったって!おやすみ!」

廉はその言葉を聞くと、部屋に入り、ベッドに向かうのではなく、パソコンを開いた。

暴く。いや、突き止める。彼がなぜ、あんな事をしたのかを。


          ★★★


 『男は、自らの家の引き出しから、一本の包丁…いや、ナイフを取り出し、鞄にこっそりと入れた。男が船に乗ろうと思った理由はただ一つ。復讐を…成し遂げるため。

 今目の前には、何年も待ち望んだ光景が広がっている。胸には小さな穴があき、目は虚ろで、光が宿っていない。男はにやりと笑い、その死体を海へと放り投げた―――』

 「………こんなもんかな…?」

廉はキーボードを叩く手を止め、画面を見直した。何も考えず、頭に入っている言葉や推測を文章に変え、ただただ打ち込む。その後、必要な情報だけを頭に戻す。廉が物事を解決したり、スランプに陥った時に使用する方法だ。

それを終わらせると、ますます深く勇太の犯した罪と動機が分かっていく。それが廉は、とても哀しかった。 

「廉、入っていい?」

「寧々か…いいよ。こっちから行こうかと思ってた」

寧々は首をかしげながらも、部屋の中へと足を進めた。

「…廉?どうした?顔色悪いけど……」

「…大丈夫だよ」

「……そうか……?」

「おーい!廉!」

廊下から、勇太の声が聞こえた。

「桐山…どうしたの?」

「ちょっと来てくれない?」

勇太が廉に手を振っている。寧々は自分も行こうかと勇太に聞いた所、それは断られ、廉だけが車椅子を押されて行く事となった。

 「桐山、なんで僕はここに……」

勇太はそれに応えず、鞄を引き寄せた。

「廉、バイバイ」

目の端に、光が一瞬だけ写った。それが金属――恐らくナイフの反射であることは、廉にはすぐに分かった。

「僕を殺すつもり?桐山」

「…どうかな」

「やめたほうがいい。僕が死んだら真っ先に君が疑われる」

廉はいつも以上に穏やかに言ったが、それが勇太は気に入らなかった。

「…もういいよ廉」

ナイフを上げた手を、勇太は振り下ろす事ができなかった。廉が杖を伸ばし、勇太の腹部を突いていたからだ。

「おーい廉?勇太!」

「寧々、迎え来てくれたの?」

「うん、遅かったから」

寧々がドアをくぐった時には、勇太はもうナイフをしまっていた。

「…寧々、桐山、今度さ、僕の部屋来てくれない?

――」

廉は真実を伝えるべく、心のページをめくった――


           ★★★★


 「僕が最初…違和感があったのはね、レストランに行った時だったんだ。爆発音の後の人、あれは人形だったんでしょ?()()

唐突に発せられた友人の名前に、寧々は困惑を隠せなかった。しかし杉並廉はこんな時に冗談を言わない男だと、寧々は知っている。

「知らないよ。俺その時一緒にいたじゃん」

「あの爆発音、ちょっとノイズが混じってたんだよ。しかもあの人、目が明らかに左右対称じゃなかった。きっと、人形だよね」

廉の声には、感情が感じられない。頭にある台詞を、ただ口に出しているようだ。

「あれが水に沈む素材だったら、引き上げられないもんね」

「…ふぅん」

「宮田さんを殺したのも桐山でしょ?僕を刺そうとしたナイフで」

寧々は目を見開いたが、二人の空間に入れず、黙るしかなかった。

「…あんなの遊びだよ。宮田なんて知らないし」

「僕は桐山から聞いたんだよ?宮田望。桐山の妹を殺して、無罪になった(ひと)でしょ?」

それは、寧々も知っている事だった。ニュースで見たのだ。勇太の妹、桐山愛衣(あい)が殺害され、その容疑者である宮田望という女性が逮捕。その後、証拠不十分で釈放されたと、キャスターが語っていた。

「だからって殺して良いわけじゃないよ、勇太」

「……確かに、宮田を恨んでたのは認める。でも、アイツを殺した証拠はないだろ?そもそも居なくなっただけなら死んでない可能性もあるし」

「勇太。手から血の匂いがするよ。僕は人より嗅覚が鋭いから分かる」

勇太は驚いた表情を浮かべ、手を鼻の前に持っていった。だがそれは、廉の策略と、すぐに気付いた。

「………それが証拠…って所かな」

「勇太…お前……」

勇太は観念したかのように、ぽつりぽつり話し始めた。

「俺この前一回さ、宮田に会いに行ったんだよ。『俺はまだお前が愛衣を殺したと思ってる』って。そしたらアイツ、なんて言ったと思う?『誰ですかそいつ。』だって。ふざけるなと思うだろ?だからさ…」

 勇太は、まだ目に焼き付いていた。無罪と宣告された時の望の、こちらを嘲笑うかのような笑み。そしてつい先日の、光のなくなった瞳が―――

  「…宮田望にも、家族がいる」

「…なんだよ杉並、唐突にさ…」

「いくら恨んでも、憎んでも、殺しちゃ駄目だよ」

寧々は廉の言葉が、とてつもなく重いと解っている。彼もまた、辛い過去を背負って生きているからだ。

「―――逃げたんだな、俺は」

勇太は天井を仰いだ。それはもう、自らの運命を受け入れたようだった。


          ★★★★★


 船旅が終わり、勇太が逮捕され、全ては収束へと進んでいる。

「廉、元気?」

訪ねてきた親友を家に入れ、廉はベッドに倒れこんだ。

「大丈夫かよ…」

「友情を僕の手で壊したんだ。大丈夫じゃないよ」

「……ゆっくり休めよ」

その言葉を待っていたように、廉はゆっくりと目を閉じた。

まずはこの作品を読んでくださった皆様に、心から感謝をお伝えします!!ミステリーを初めて造ったので、違和感のあるシーンも多いと思います。しかし大目に見ていただけたらありがたいです!

これからのために、『☆☆☆☆☆』や、応援、改善点のアドバイス等のコメントを頂けたら幸いです!

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