第5話:底知れぬ悪意
「ううん……」
意識が覚醒していく。
なんだか頭が痛い。体が重い。
うっすら目を開ける。天井が目に入った。
というか今何時だ? 記憶が朧げだなぁ。
たしかMSOをしていて……大学の課題と小テストの勉強をしなきゃいけなくて……あ、あ!
思い出した!
MSOの世界に閉じ込められたんだ!
「リスト!!!」
私はがばっと跳ね起き、大好きな人の名前を叫んだ。
返答はない。辺りを見回す。どこかの建物の中の部屋にいるようだ。
灰色の壁、天井。机にテーブルにドア。
そして私は今、ベッドに横たわっているようだ。
「あ、あれ……? ここは……?」
状況が飲み込めず混乱する私の前で、ぎいいい、と音を立ててドアが開いた。
「ただいま。数人のプレイヤーに声をかけたけど全然駄目……って、アラーテ! 起きてるじゃん!」
部屋に入ってきたリストは、私を見て目を丸くした。
「あ、リスト……私」
そこで私の言葉が途切れた。
リストは私に駆け寄り、私の体を抱きしめていた。
え?
え!? え!? え!?
うそ!? リストが私のことを抱きしめてる!?
何これ!? これは夢!? もしかしてまだ寝てる!?
目が覚めたら大好きな人にいきなり抱きしめられるとか、幸せすぎるんですけど!?
かーっと全身の体温が上昇し、私の心臓が早鐘のように高鳴っていく。
「リ、リスト……ちょっと……!」
込み上げる恥ずかしさを感じながら、私は声を絞り出した。
「よかった…… 目が覚めて……シルバータイガーと戦った後、急に倒れてずっと起きなかったから……心配で……」
リストは声を震わせ、時折鼻を啜りながら私の体を力強く抱きしめる。
「シルバータイガー……あ、そっか……」
寝惚けていた頭がようやく完全に覚醒し、私は意識を失う前の出来事を思い出していた。
私はリストと一緒にシルバータイガーと戦った。
全力で戦い、勝利した直後に、疲労のあまり意識を失ったんだった。
「アラーテ……ごめん……危険な役割を担わせてしまって……」
「え? いや、謝ることないよ」
シルバータイガーとのバトルの様子を思い返す。
リストがタンクになって攻撃を受け止め、その隙に私が攻撃を加えた。あの立ち回りが最善だったはずだ。
「それに、危険だったのはリストも一緒じゃん。リストはタンクとして、何回もシルバータイガーの攻撃を受け止めてくれた。そのおかげで勝てたんだよ」
「……アラーテ……」
リストは僅かに体を離し、至近距離で私をじっと見つめた。涙で青い瞳が濡れている。
ち、近い! 超絶イケメンフェイスが目の前に!
「こ、こちらこそごめんね、危険なことさせちゃって。取り敢えず、お互い様ってことで手を打とうよ。一旦落ち着いて。リストに泣かれると、その、なんかやりにくい」
ドギマギしながら私は言葉を返す。
「アラーテ……本当に優しいね。うん、分かった、切り替えるよ」
リストは涙を拭い、私からそっと体を離した。そして私の傍、ベッドに腰を下ろす。
「あの後何があったか覚えてる?」
「うーん……あ、たしかリストがワープクリスタル使ってた気がする」
「うん。一刻も早くこの場から離脱して、セーフティエリアに移動しないとアラーテが危ないと思ったんだ。今僕たちはロミネンスの街の宿にいるよ」
「なるほど……」
MSOの世界では、全ての場所は3つのエリアの内のどこかに分類されている。
1つ目はセーフティエリア。
文字通り安全なエリアであり、モンスターとは一切エンカウントせずバトルも発生しない。今私たちがいるような街や村がこれに該当する。
2つ目はアクティブエリア。
モンスターがアクティブに活動しているエリアであり、エンカウントやバトルが発生する。先程私たちがいたプルリア平原がこれに該当する。
3つ目はダンジョンエリア。
文字通りダンジョンであり、アクティブエリアよりもさらに危険な場所である。
アクティブエリアと比較して苦戦を強いられることが多い一方、レアなアイテムや武器、防具が眠っていることも多い。
私がダウンした状態でプルリア平原に居座っていれば、私やリストが危険に晒されていたであろうことは想像に難くない。
貴重な、特にデータリセットを喰らった直後では極めて貴重なアイテムといえるワープクリスタルを、惜しげもなく使ってくれたリストの英断に感謝するべきだろう。
「リスト、ありがとう。私のためにワープクリスタルを使ってくれて」
「たいしたことじゃないよ。それよりも、これからのことについてしっかり話し合いたい」
リストが真剣な表情で言った。私は背筋をぴんと伸ばし、「うん」と返す。
「あの謎の男の話は絶対に信じたくない。……でも、さっきのカマイの散り際を考えると、信じざるをえないと思ってる。僕たちがMSOの世界に閉じ込められ、HPがゼロになると本当に死んでしまうという事実を」
「……そうだね」
カマイという名前を聞いて、記憶が鮮明に蘇った。
カマイが消滅する直前、私たちに向けた憎悪の視線が忘れられない。
「カマイを救う方法は……なかったのかな」
「……無理だよ。あれは不慮の事故だった。そう思うしかない」
リストは苦々しい表情で言った。
「それに、カマイみたいな人はきっと大勢いる」
「え、大勢いるってどういうこと?」
「ウィンドウの総プレイヤー数の表示を見てみて」
私は恐る恐るウィンドウを開き、大きく息を呑んだ。
【総プレイヤー数:8184,218】
減ってる。
データリセットが行われた直後、数字を確認した時と比べて、1万人以上減ってる。
「な、何で? 何でこんなに減ってるの?」
「MSO内に『Z』ってSNSあるじゃん? アラーテが眠っている間、Zをチェックして情報を収集してたんだよ。さっきの僕たちみたいに、データリセット直後に本来なら戦わないようなランクのモンスターとバトルになっちゃって、敢えなく死亡した人が多いみたい。……残念だけど」
「そんな……」
私は膝の上に置く両の拳をきつく握りしめた。
同時に謎の男の言葉が脳裏に蘇る。
謎の男はたしか、データリセット直後のプレイヤーの状態を『何も持っていない非力な赤ん坊の状態』と表現していた。
「……赤ん坊が生まれた直後に死ぬ場合があることを、MSOで忠実に再現したとでも言いたいの……? ふざけないでよ……」
底知れぬ悪意を感じ、私は思わず拳で腿を叩いた。
MSOの世界の中で死んだら、現実世界でも死んでしまうなんて理不尽な事実は信じたくない。
でも、その事実を受け入れ始めている自分がいる。カマイの消滅を間近で見て、私の中の何かが変わってしまった。
悲しい。苦しい。どうして。どうして、こんなことになってしまったんだ。
いつも通り楽しく、リストとMSOを楽しんでいたはずだったのに……。
「アラーテ、大丈夫? 気持ちが落ち着くまで待とうか?」
「う、うん……大丈夫。続けて」
私はふーっと息を吐き、気持ちを整えて言葉を返す。
今は取り敢えずリストの話を聞くことにしよう。
「分かった。取り敢えず、HPがゼロになったら本当に死んでしまうと仮定して話を進めるよ。その場合、HPがゼロになるのは絶対に避ける必要があるよね」
「うん。MSOの中で死にたくないよ」
「HPがゼロになることを避ける方法は2つある。1つ。セーフティエリアから1歩も出ずに、助けを待つ方法。Zを見ている限り、この選択を選んだプレイヤーも多い」
「そっか、そういう選択肢も当然あるよね」
「2つ。セーフティエリアから出てパーティーを4人編成にして、安全性を向上させながらクリアを目指すこと。アラーテはどっちがいい?」
「うーん……」
100%安全で、生き残れるのは前者だろう。
しかし、本当にそれでいいのかな? 他人任せで、自分は安全なエリアにずっと居座るなんて、将来後悔しそうじゃない?
後悔は……もう、絶対にしたくない。
苦い記憶が蘇りそうになり、私は慌ててそれを記憶の奥底に押し込んだ。
「私は、後者がいいかな。怖いけど、でもずっと他人任せはちょっと嫌。他の人に厄介ごとを押し付けるの、好きじゃないし」
私の返答にリストは頷きを返した。
「分かった、じゃあその方針で行こう。その場合、あと2人プレイヤーを誘って、パーティーメンバーを4人にする必要があるね」
「あと2人か……HPを回復出来るヒーラーは絶対欲しいよね。絶対HPをゼロに出来ないんだから」
「そうだね。じゃあ賢者か治療者は必須ということで」
「うん。あとは遠距離攻撃が出来るアタッカーも欲しいかな。魔法使いとか魔導士とか。賢者でもいいけど。そうすればバランス良さそう」
MSO内のパーティー編成には幾つか定跡がある。
その中でも、近距離アタッカー、遠距離アタッカー、タンク、ヒーラーという組み合わせが最も有名な定跡だ。安定感が極めて高いことで知られている。
(たまにアタッカー×4人 の脳筋パーティーも見かけるけどね)
「僕もそう思っていて、その考えの元、アラーテが眠っている間に何人か他のプレイヤーに声をかけたんだけど、先約があるからって全部断られちゃった。いやー、皆動きが早くて参っちゃうよ」
リストは苦笑を浮かべて言った。
「そっか……なんかごめんね、私が眠ってなかったら、私もパーティーを組んでくれるプレイヤー探しに協力出来たのに」
「謝る必要はないよ。もしアラーテが疲れてなかったら、今からパーティーを組んでくれるプレイヤーをもう一度探しに行こうと思ってるんだけど、どうかな?」
「行こう。善は急げ、っていうもんね」
私とリストはベッドから腰を上げ、部屋から廊下に出た、その瞬間。
「お! なんかええ人そうなプレイヤー発見! はじめまして、ウチはコヤ! 早速なんやけど、ウチとパーティーを組んでくれへんかな!」
突然背後から陽気な大阪弁が飛んできた。
私とリストは同時に振り返る。そこには、灰色の防具を見に纏い、笑顔を浮かべた小さな少女が佇んでいた。
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