第2話:11拳(イレブンフィスト)
「え……?」
目を見開いた私の口から、微かに声が漏れ出た。
「な、何を言ってるの……? ハッキング……?」
「馬鹿馬鹿しい。僕はこんな話信じない」
リストはそう吐き捨て、自身のウィンドウを表示させた。サインアウトボタンがあるはずのところに指を伸ばし、「……何でだよ」と悔しげに呟く。
「アラーテ、この男の話は信じたくないけど、これは少しまずい状況かもしれない」
「リスト、これは何なの……? 脱出が不可能って、そんな……」
「突然の事態に多くのプレイヤーが混乱していると予想する。ここで、何故私がこんなことをするのか説明しよう」
ウィンドウの中の男の口が機械的に動く。私はリストと顔を見合わせ、謎の男の言葉を待った。
「このゲームのテーマが『もう1つの人生』であることは周知の事実だ。プレイヤーはそのテーマに魅せられ、ゲーム世界に飛び込んでいるはず。しかし、いつでも好きな時にログアウト出来る状況が、もう1つの人生と言えるだろうか? 一時停止や一旦離脱は一切出来ない、それこそが人生なのではないだろうか? そう考えた私はプレイヤーによりリアルな『もう1つの人生』を提供することに決めたのだ」
「……ふざけるな」
リストは忌々しげに呟いた。握る拳が微かに震えている。
「重要な事実を3つ説明する。1つ。人生とは、命が尽きた時点で終了する。私はその絶対原理を忠実に再現する。故にこれからこの世界では、HPがゼロになった時点でプレイヤーは死ぬ。今まで通り再度セーブポイントからやり直し、ではない。リアルな死だ。HPがゼロになったその瞬間、VRヘッドギアから超高出力の電流が流れてプレイヤーの脳の神経系を完全に破壊し、生命活動を停止させると言えば納得してもらえるだろうか」
「ふざけるなっ!!!」
リストは叫び、右手で思い切りウィンドウを殴った。どうん、という鈍い音とともにウィンドウの画面が少し揺らぐ。
「私の言葉が嘘だと思うなら、無理矢理脱出を試みても構わない。最悪の結果になるが。……おっと、これは残念だ」
ウィンドウの中の男はそう言い、わざとらしく両手の掌を上に向けて首を振った。
その瞬間、ピコン、という音とともに、私が覗き込んでいるウィンドウの右上に文字と数字が出現した。
【総プレイヤー数:8,196,864】と表示されている。そして次の瞬間、数字が揺らぎ、【総プレイヤー数:8,196,751】という表示に変わった。
その数字の減少の意味がなんとなく分かってしまった私は、顔を歪めて頭を抱えた。
「113人のプレイヤーが無理矢理フィールド外への脱出を試み、敢えなく死亡した。何度も警告のメッセージを表示させたにも関わらず……残念だ。非常に残念だ」
「もうやめてよっ!!」
私は叫び、強制的にウィンドウを非表示にしようとした。しかし出来なかった。
私はその場に蹲り、視線を下げて「……なんなのこれ……」と掠れた声を漏らす。
「アラーテ、落ち着いて。大丈夫だよ」
すぐ近くでリストの声がし、私の肩にぽん、と手が置かれた。視線を上げる。リストが柔らかな笑みを浮かべていた。その笑みを見てほんの少しだけ不安が和らいだ。
「大丈夫。きっとこれは何かの不具合だよ。優秀な運営がきっとすぐになんとかしてくれる」
「リスト……」
「ここまで説明しても、置かれた状況を信じられないプレーヤーは沢山いるだろう。別にそれでもいい。もう既に新しい『人生』は始まっているのだから。では、最後に残り2つの重要な事実を伝えて私は去るとしよう」
ウィンドウの中の男は淡々とした口調で続ける。
「2つ。出現するモンスターやダンジョンの様相、その他あらゆるデータを必要に応じて書き換えた。折角新しい人生が始まるというのに、今までと全く同じではつまらないだろう、と判断したのが理由だ。これまでの攻略法を利用すれば簡単に攻略出来る、という甘い考えは今すぐ捨てた方がいい」
「データを書き換えたって、そんな……」
驚愕の表情を浮かべながらリストは呟く。
「3つ。ジョブや経験値、スキルポイント、構築したスキルツリーや手に入れたアイテム、その他全てのデータをリセットし、全プレイヤーがレベル1、新しいジョブを授かったまっさらな状態からスタートする。全ての人間は、何も持っていない非力な赤ん坊の状態から人生をスタートさせる故にこれは当然の措置といえる」
「データ削除……? え、うそ、ちょっと待ってよ! やめてよ!」
私は思わず叫んだ。
MSOは私の青春そのものだ。毎日こつこつ積み上げた経験値や、頑張って手に入れたアイテムが全て消えてしまうなんて絶対に嫌だ!
「説明は以上だ。すぐにデータリセットが行われ、新しいジョブが決定されるから楽しみにするといい。それでは、このMSOの世界で、新しい『もう1つの人生』を心ゆくまで楽しんでくれたまえ」
黒いシステムウィンドウが消滅した。静寂が訪れる。リストに話しかけようとしたその瞬間、視界が黄色い光に包まれた。
「え!? な、何これ!?」
「モンスターの攻撃か!? アラーテ、気をつけて!」
視界が光に覆われている中、リストの叫び声が聞こえた。
「う、うん!」と私が返したその時、黄色い光が消滅した。リストの姿が視界に飛び込み、私は思わず息を呑んだ。
装備が変わってる。
ついさっきまでリストは、【ディアブルトシリーズ】の防具を装備し、【サテライトソード】と【ジュピターシールド】を持っていた。
それが、今リストが纏っているのは初期装備の【ノーマルシリーズ】の防具、手には【ノーマルランス】と【ノーマルビッグシールド】。
1番初めに割り当てられる防具と武器であり、端的に言えば最弱の性能といえる。おまけに色も灰色を基調としていて地味だ。
ってその見た目! そのでかい盾と槍! どう見ても重戦士じゃん! さっきまで勇者だったのに!
「リスト、防具が! 初期装備になっちゃってるよ! あとジョブも変わってない!?」
私はリストの防具を指差した。リストは苦々しい表情を浮かべ、ウィンドウを表示させた。
「どうりで変な感覚だと思ったら……やっぱりレベル1になってる。全てのデータがリセットされてるよ。経験値は0、ステータスは1番最初の最も低い数値、アイテムも初期アイテムだけになってるね。そして……ジョブも変わってる。重戦士になってるよ。信じられない、こんな急にジョブが変わっちゃうなんて……勇者、気に入ってたんだけどなぁ……」
「そんな……ひどい……あ」
そこで私は大きく息を呑んだ。
私は?
先程の謎の男の話は信じたくないとはいえ、目の前のリストの様子を見るに、データのリセットなるものが行われてしまったようだ。
なら、私は? 私はどうなったの? 私は恐る恐るシステムウィンドウを開いた。
【ジョブ:11拳】
…………は?
目に飛び込んできたのは、初めて見る単語だった。
「な、何これ? 訳分からないんだけど」
「どうしたの?」
「リスト、私のウィンドウ見てよ。ジョブのところに変なことが書いてある」
私はリストを手招きした。
「アラーテのウィンドウが見れない……」
「え? あ、パーティーのデータもリセットされちゃったってこと?」
「恐らく。もう1回パーティーメンバーの登録をしようか」
「分かった」
私は素早くウィンドウを操作し、リストとパーティーメンバーになる手続きを済ませた。
私のウィンドウを視認出来るようになったリストはウィンドウを覗き込み、目を丸くした。
「いれぶんふぃすと? 何これ?」
「分からないんだよね……」
MSOの世界では、ゲーム開始と同時にプレイヤーに必ず1つのジョブが割り当てられる。
【剣】
・勇者
・戦士
・騎士
・重戦士
・聖騎士
【魔法】
・魔法使い
・魔導士
・闇魔導士
・賢者
・治療者
上記の全10種類のジョブの内の1つが、1番最初に割り当てられるとされている。基本的には。
全10種類のジョブの他に、シークレットのオリジナルジョブが存在する、という噂を以前聞いたことがある。
しかし、「私がオリジナルジョブの持ち主です!」みたいなプレイヤーには1人も会ったことはなかったので、オリジナルジョブがあると本気で信じてなかった。
でも、この11拳なるジョブは初めて見た。明らかに異質だ。
まさか……オリジナルジョブを授かっちゃったってこと!?
「ど、どどど、どうしようリスト! 私のジョブ、なんか変だよ!」
「落ち着いて、アラーテ。大丈夫だから」
パニックになってその場で足踏みを始めた私に、リストは両手の掌を向けて「落ち着け」というジェスチャーをした。
「たしかに見たことがないジョブだね。名前から想像するに、拳で戦う、みたいなジョブなのかな? そう言えば今のアラーテは何も武器を持ってないね。うーん……あれ、でもMSOって魔法と剣が売りだったよね。拳で戦うっていうイメージはないよなぁ……」
「もう訳分からないよ……あーあ、どうせなら聖騎士か賢者がよかったなぁ……」
どのジョブが強いか、当たりか、というのはプレイヤーによって意見が分かれるが、当たりジョブとして挙げられることが多いのは聖騎士と賢者だ。
聖騎士は一撃の威力がとにかく高い。賢者は攻撃と回復のどちらもこなせる、アタッカー兼ヒーラー的なジョブだ。
故に聖騎士と賢者のジョブは人気が高く、ゲーム開始時にそのどちらかを授かることが出来たプレイヤーは他のプレイヤーから羨ましがられることが多い。
「なんなの11拳って……拳で殴ればいいの……? 殴るのは別にいいけど、この世界でそんな戦い方ありなの……?」
「たしかにそんな格闘戦みたいな戦い方は聞いたことないね。あ、ジョブの説明ページを開いてみたら? そこを見」
殺気を感じたのは、その時だった。
「きゅるうううううううううっ!!!!!」
高さと幅が30センチほどの、緑色のゼリー状の物体がリストめがけて突っ込んできた。
Eランクモンスター【リーフスライム】。初期エリアに登場する所謂最弱モンスターだ。はっきり言って雑魚であり、脅威には絶対ならない……はずだった。先程までは。
謎の男は、全プレイヤーはレベル1になった、と言っていた。レベル1とは勿論1番最初のレベルであり、各種ステータスも軒並み低い。
そんな時に、リーフスライムの攻撃をまともに喰らってしまった場合、たたじゃすまない可能性は高い。
「わわっ!」
リストは慌てた様子で叫び、武器を構えようとしたが動きが遅い。先程までは勇者だったのが、いきなり重戦士になったのが関係しているのかな?
って、まずい! このままじゃリストが危険だ!
……私が倒すしかない!
殴る……殴るの? 剣と魔法の世界で、モンスターを? そんなやり方でモンスターを倒した例は聞いたことがない。本当にそれは正しいの?
……いや、何はともあれやるしかない! 大好きなリストを守るために戦うしかない! 後悔だけはしたくない!
動け! 戦え!
子供の時からずっとやってきたことを、今ここでやればいいだけだ!
「せりゃああああああっ!!!」
気合い一閃、私はリーフスライムめがけて渾身の正拳突きを繰り出した。




