第九話
『皆さん、遅くなりました──』
金色の瞳に闇を纏いながら、アナスタシアもふわりと石室へ戻ってきた。
闇がゆるやかに渦巻く天井の下、夜とも昼ともつかぬ空間をわずかに温める。
「ミアとノアはいないんだね……」
タケルが周囲を見回す声には、どこか胸の奥をさぐるような迷いがあった。
クロエはその視線に気づき、小さく肩をすくめる。
「……あの二人、歳は私達より上なんだだけど、見た目どおりずっとゆっくり歳を重ねる種族なのよ。だから今は休ませてあげた方がいいわ」
その言い方はいつもと違い柔らかい。
じっと見つめ返されたクロエは、途端に顔を赤くしてそっぽを向いた。
「な、なによ……」
「いや、クロエにも優しいところがあるんだなって思って」
「~~~っ!? わ、私はいつだって優しいわよ!!」
軽く拳で叩いてくる彼女に「ごめ、ごめんって!」と笑いながら身をよじるタケル。
背中のミルラは、二人を見比べてひそかに眉を寄せた。
「同じ星から来たのに……仲悪いのかな……?」
『そんなことありませんよ』
アナスタシアが柔らかな声で笑う。
『ああやって笑うクロエさん、少し久しぶりに見ました。……ちょっと、羨ましいくらいです』
そして彼女はふわりと皆に向き直る。
『そろそろ、陣営戦の振り返りをしましょうか?』
「みよう!みよう!!」
ミルラが元気いっぱいに跳ねると、タケルは周囲を見渡した。部屋には何もない。ただ、黒くそそり立つモノリスだけ。
クロエがその視線を読み取って、ため息をつく。
「“見る”って言ったら、あの板に決まってるでしょ」
『陣営戦が終わると、メンバーそれぞれの動きが記録として浮かび上がるんです。それを見て、次の作戦を立てるんですよ』
「……そっか。ミアとノアを連れてこなかったのって……」
『……』アナスタシアは一瞬だけ目を伏せる。
(誰だって…自分の最後のすがたなんて見たくないもんな……。)
その一言に、空気が一瞬だけ沈黙でゆれる。
「さ、早く見るわよ!期待の新人くんの採点をしなきゃ」
「性格わっる」
モノリスの黒面が静かに光を帯び、空から見たクリスタル広場が浮かび上がった。
そこに転移した直後の自分たちの姿──あの日の空気のままが、そこにあった。
「すごい……こんなに綺麗に映るんだ。ただ、音は……」
「ナイよ! だからね、ここではこんな事言ってたんだよーって説明するんだ」
ミルラが得意げに胸を張る。
場面が移り、ミルラが斥候を即断で討ち、タケルが一人で森を抜ける流れになる。
「相変わらず決断が早いのね、ミルラは」
「考えるのニガテだから!」
「……」『……』
クロエとアナスタシアは同時に小さく目を逸らした。
その後は、
「ここの判断は……」『ただ放置して進ませてしまうのも……』「エッ?そうかな……」
映像を見ながら皆が議論をしている中、フレアは退屈そうに『アタイにはムズかしい話だわ』と胡座をかいているタケルの足の間にスッポリ挟まってのんびりとくつろいでいる。
モノリスにはタケルが一人、森の中を苦戦しながらも先へ先へ進む姿が映し出されていた。
その時、アナスタシアが静かに首を傾げる。
『……あれ……?』
「どうしたの?」
『い、いえ……気のせい、かもしれません』
けれど彼女のまつ毛の影には、わずかな疑問が揺れていた。
『ここから少し状況が動くことになりそうですがまずは誰を対象に見ますか?』
クロエは即答で「コイツに合わせて」とタケルを見ながら答える。
『わかりました。実は……わたしもちょっと気になることがあったので』
映像はタケルがルミナスのクリスタルへ辿り着く場面が流れている。
直後、光の魔法が放たれ、それをタケルが転がりながら避ける。
「ちょっ……アンタ、なにあれ!?ありえないでしょ!」
『どうして回避できるんですか!?』
「タケルスゴイ!!」
背中で叫ぶミルラの声が耳元で弾け、タケルは慌てて両耳を押さえた。
「な、なんなんだよ急に……あ、そうだ。言い忘れてたんだけど……」
けれど言う隙がなかった。
クロエとアナスタシアの追及が、同時に飛んでくる。
「そもそも移動しきったの直後にまた動けるのおかしいでしょ!?みんな“時間待ち”なのよ!?アンタ自分の時間の外でも歩いてんの!?」
『それに……あれだけ動き続けてラインを越えてないなんて……どういう仕組みなんです?』
タケルは混乱しつつも、やっと本題を聞く。
「その“ライン”って……何?俺には何も見えてなかったけど……」
フレアが胡座をかいたままのタケルの膝の間から顔だけ出す。
『アタイが教えてあげる。
自分の交戦可能範囲を示す“エンゲージメントゾーン”よ。赤いラインが普通は誰でも見えてるでしょ?アタイだって見えてるもん。
……もしかして、本当に見えてなかったの?』
「タケルがワタシと同じ距離まで動けてたのって……そういうこと!?」
部屋の空気がしん……と止まった。
「……そんなの見えてなかったよ」
「めちゃくちゃじゃない!!そりゃ相手のあの神官もパニックにもなるわよ!!」
『音声がないので、何て言ってるかはわかりませんけど……』
タケルは静かに息をつく。
侮蔑の声を浴びせられたあの瞬間の、胸に刺さる痛みを思い出していた。
奉納戦と聞いており、それなりに皆が相手に敬意を払うものと思っていた。
それがあんな侮蔑の言葉を吐くような相手に出会ったことが残念だった。
そしてこれも現実なんだとも感じていた。
「必死だったから……何言ってるかなんて聞こえ
なかったよ。」
ここで語る必要はない。
ミルラにも、フレアにも、あの姉弟にも。
映像のタケルが、大きな石を持ち上げたところでクロエが絶叫する。
「ちょっと待って!?何で石で殴るのよ!?野蛮人なの!?トラウマになるわよ!?」
『それにしても……武器もないのに、よくあそこまで……』
フレアがふと、タケルの足に刻まれた傷に気づく。
『ねぇヤマト、このキズ……』
その瞬間、映像が切り替わった。
モノリスの黒面に、見慣れない文字列が浮かぶ。
そしてその見たこともない文字の意味を何故か読み取ることができた。
──『ルミナス陣営「セラ=ルミナリア」よりコールが入っています』。
石室に、かすかな緊張が落ちた。




