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第七話

―――(外した……? 間違いなく、光柱≪ディバインピラー≫の範囲内だったはずなのに!)


眩い残光が消えゆく中、クラリスは息を呑んだ。

ルミナスのクリスタルを守るという任を負いながら、自慢の魔法が通じなかった事実に、喉の奥がひどく乾く。


相手は見えない。

だが、確かに存在する。――あの、気配。

(まさか……ベス様が言っていた“新手のアビス陣営”の一員?)


この戦場に立てるのは限られた者だけだ。

名のある者、力を証明した者。

ルミナスは人員が多い――ゆえに、目立てる機会はわずか。

クラリスも、ようやく掴んだこの舞台で、結果を出さなければならなかった。


「避けた……ってことは、Nランクの癖に魔法無効化? そんなはずないわ……。

じゃあ――機動型かしら」


冷えた声で自分に言い聞かせる。

≪ディバインピラー≫は再詠唱まで数ターン。

理力≪フォース≫で牽制するしかない。だが、射程に入る気配はない。

森の奥。煙の残る枝葉の間。

焦げた空気の向こうに、かすかに何かが動いた――


「ピシッ!」


背後から、軽い破砕音。

反射的に振り向くと、クリスタルの表面に細いヒビが走っていた。


「……っ、ヒール!」


淡い碧光が放たれ、ヒビが消えていく。

間違いない。これは、攻撃。意思を持った何者かの一撃。


(投石……? スカウト系? ……そんな安っぽい攻撃、通じるわけ――)


考えかけた瞬間、また小石が飛来し、クリスタルに当たった。

何度も。何度も。しかし……。


「残念だったわね、≪ヒール≫!」


その瞬間クリスタルを再び淡い碧色の光が包み込みヒビが消えて見えなくなった。

魔法で修復しながらも、苛立ちが募る。


(どうして近づいてこないの?

攻撃方法が投石だけなんて、冗談でしょう?)


そう思っていた矢先、別の方向から投石。

彼女の頬を掠めた。


「っ……今度は私、ね」


錫杖で弾き飛ばす。

金属音が森に響く。

だが――その度に、体の奥から冷たさが広がっていく。

彼女はクリスタルから離れられない事に歯がゆさを感じながら辺りを見回していると、一際大きな木の陰から少し肥満気味に見える少年が何かを振りかぶる様子が見えた。




(あいつか!!)


少年が投げた石がクリスタルに命中するが、まだヒールを使うには時間が少しかかる。

その間にまた投石が命中する。


「残念だったわね≪ヒール≫!!」


石が命中したことによって幾らかヒビが入ったクリスタルも再度クラリスの回復魔法≪ヒール≫によって元の姿に戻った。



(なぜ……こんな、気持ち悪い動き方を……)

重たい体型で、隠れるように移動しているのが見える。

なのに、捕まらない。苛立ちが喉を焦がす。


「そんな体型で逃げ回るなんて、滑稽ね! いい加減、諦めて楽になりなさいよ!」


声を張り上げても、反応はない。

ただ、森が静まり返るだけだった。


(……そろそろ。≪ディバインピラー≫が使える)

詠唱に入ろうとした彼女に、システムの無機質な音声が響く。


『アビス陣営のミアがルミナス陣営のベスによって倒されました』


(これで確定ね)




「あははっ!あの肌の黒い子もやられたみたいね。もう一人も時間の問題よ、きっと。


まぁ……でも、出来ることならここに来たのが、あの気持ち悪いウサギ女だったら私が直接仕留められたのにねぇ。残念だわぁ!

アンタみたいなデブを仕留めたところでなんの自慢にもなんないものっ」


言葉の途中で、己の笑い声がひどく乾いて聞こえた。

それでも吐き出さずにはいられない。恐怖を隠すように、嘲りを重ねる。そんな彼女にまたシステムアナウンスが聞こえてきた。


『アビス陣営のノアがルミナス陣営のマシューに倒されました』



「ほらぁ?聞こえてるでしょ!!アンタ達がちょっと頑張ったところで何も変んないのよ!

そこで隠れてたってどうせアンタともう一人はあの火の玉でしよ。

あんなヤツ如きに二人も要らないから、ベス様はこちらに向かってきてるはずよ。そうなったら終わり。わかったら出てきなさいよ!!」




再び木陰が揺れる。

一瞬、少年の着ていた布の端が風にのって覗いた。



(はっ!隠れきれてないのよ。もう少し減量して出直しなさいな)



「光よ、その力をもって邪悪なる者を打ち倒せ――《ディバイン・ピラー》!!」


天を裂く光柱が森を貫き、木々を焼き、視界が真白に染まる。

――静寂。

……だが、アナウンスは、ない。


(……嘘でしょ)


額を伝う汗が頬を滑り落ちた。

その時だった。


「残念だよ」


背後から、静かな声。

クラリスの肩が震える。


「お前みたいな奴も、やっぱり居るんだなって、わかったことが」


振り返る。

そこには、煤けた顔の少年。

黒いスウェットを脱ぎ捨て、手には――大きな石。


「ちょっ、待って――!」


「自分で来たんだろ。覚悟の上のはずだ」


石が振り下ろされ、光が弾けた。


『ルミナス陣営のクラリスを、アビス陣営の大和タケルが倒しました』


――静かに、すべてが終わった。




――――――――――――――――――




「はぁ……はぁ……なんとかなったな。スウェットは……もうダメだけど」


タケルは肩で息をしながら呟いた。

彼の頬には泥がついていた。唇には血。

だがその瞳だけは、静かに燃えていた。


“強力なスキルは連続して使えない”


ミルラの言葉が、今ようやく実感として理解できた。


初手で見たあんな魔法がポンポン撃てるならお仕舞いだったが、様子を見る限りそうではなさそうだとわかったが、こちらもクリスタルの破壊は遠くからでは絶望的だと知る。

しかし、この世界のことをよく知らない自分には迂闊に接近するのはリスクがあった。


クラリスの侮蔑の言葉に耐えながら、落ちている枝や、葉っぱをかき集めて自分のスウェットの中に詰め込むと、それを木の槍に被せ人の形を作り、遠目にはそこにいるように見せかけた。


彼の下唇は血が滲み、何度彼女に挑み掛かりそうになったかわからない自分を制したのが見て取れる。



どんな力も万能ではない。

勝つために必要なのは、力じゃない――。





「……さて、このままクリスタルを壊して終わりにしよう」


「いや、そうはさせないよ」


低い女の声。森の奥から現れたのは、鎧を纏う騎士――おそらくベスといわれていた者だろう。

その眼は鋭く、だが肩で息をしている。


「キミがクリスタルを破壊するには、暫くかかる。

その間に、私はそこにたどり着く」


タケルは、ゆっくりと石を拾い上げた。

重い石を持ち上げながら、笑う。


「諦めろ。クリスタルは、我らの希望だ」


ベスの声は冷たいが、そこに宿る意志は真っ直ぐだった。

「正々堂々、戦え。男らしく」


――“男らしく”。


タケルの胸の奥で、古い痛みが疼いた。

誇りのために産まれ、育てられ、敗れ、笑われた。


顔も知らぬ将軍である父を、自分を捨てた母を恨む事はあったが、それでも自分にはまだ大和人としての誇りは胸にあった気がする。


だが、


今の自分には大和人の誇りなどより大事な"信念"がある。




「悪いけど、それはできない。僕の誇りよりも――みんなのために。

今もひとりでクリスタルを守ってくれてるフレアのためにも、勝たなきゃいけないんだ!」


叫びと共に、石を振り下ろす。

ひび割れが走り、光が散る。何度も、何度も石を振り下ろす。

ベスが焦り、動こうとするが陣営戦のシステム上自分のターンにならないと動くことは敵わない。


制限が解けベスが駆け出そうとしたその時、最後の一撃が森に響き――



『ルミナス陣営のクリスタルが破壊されたため、アビス陣営の勝利が決定しました』


陽光の中、粉砕されたクリスタルの破片が舞い上がる。

その光を受けながら、ベスは剣を納め、静かに頭を下げた。


「お見事だった、芯の強い心の持ち主だな。全く揺るがなかった。

男らしく……など、安い挑発で申し訳無い事を口にしてしまった。

大和…タケル殿といったか」


「うん、貴方はベスさんだよね。ここを守っていた奴に聞いたよ」


陣営戦の終了と共にお互いの身体が少しずつ透けて向こうの景色が見えつつあった。


「次、会うことがあれば必ずこの借りは返させてもらう。さらばだ」


「機会があればね。受けて立つよ」



互いの身体が淡く溶け、風の音だけが残る。


――この瞬間、彼は初めて“戦士”として立っていた。

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