第五話
タケルを召喚したあの石室で、クロエとラズロはモノリスに記されたアビス陣営の名を祈るように見つめている。
その周りを、アナスタシアが落ち着かぬ様子でフワフワと回っていた。
『……皆さん、大丈夫でしょうか。ミアちゃんもノアくんも、まだ幼いのに……』
「いや、あの二人、見た目ほどヤワじゃないわよ。一応は私より年上だし」
クロエは軽く笑ってみせるが、声の端が震えている。
「それよりフレアが心配ね。あの子、また苛立って爆発しなければいいけど」
「今回はミルラ次第ゲコね。クリスタルの破壊が条件ならこちらにも勝機はあるゲコ」
ラズロが低く呟く。
「それにミルラは年齢よりずっと冷静ゲコ。……逆にミルラが落ちたら、相当マズいゲコよ」
モノリスには両陣営の名が淡く光を帯びて刻まれている。
光る名は生きている証。
一つ消えるたびに、祈りがひとつ途切れる。
「前のルミナス戦のときは……『守護者討伐』だったっけ?」
「そうだったゲコ。アビスは前衛が少ないから、あのときは厳しかったゲコね」
『ルミナスは人材が豊富ですものね……。ごめんなさい、わたしがもっと領地経営をしっかりしていれば……』
「仕方ないわよ、アナ。こんな痩せた土地じゃ作物もロクに育たない、領地の方に神様のくれるリソースを回さないと皆んな飢えちゃうわ。
それでも最近は少しずつ色んな作物も実ってるじゃない。あなたが神の力をうまく循環させてる証拠よ」
クロエがそう言いかけたとき、モノリスの光が一瞬だけ揺らめいた。
ラズロが目を細める。
「……光が落ちたゲコ」
その理由はすぐに分かった。ルミナス陣営の一人の名が消えていた。
「やるじゃない!ミルラか、あの双子ね。……まぁ、例のおデブちゃんじゃないと思うけど」
『クロエさん、そんな言い方……』
「うっ……ごめん。気をつけるわ。
でもこれで五対四。ひょっとしたらひょっとするかも!」
『はい、そうあってほしいです!』
「あのおデ……じゃなかった彼も、ちょっとは活躍してほしいわね!」
(……そういえば黒髪に黒目って私の世界だと、なんか話に聞いたことあるのよね……)
クロエは軽口を叩きながらも、祈るように指先を胸に当てた。
その一方で、ラズロは眉間に皺を寄せたまま光を見つめ続けている。
(一人目が落ちるの、早すぎるゲコ。ルミナスにそんな無謀な者など居ないはずゲコが)
ラズロの懸念とは裏腹に、再びモノリスの光が揺らぐ。
また一つ、ルミナスの名が消えた。
「また倒した……!今のは、確か騎士タイプの名前だったわ。ほんとにすご――」
クロエの言葉が途切れる。
次の瞬間、光が揺れ、アビス陣営の名のひとつ――ミルラ――が音もなく消えた。
「……うそ、ミルラ……?」
『……そんな……』
アナスタシアの声が震える。
クロエは唇を噛み、拳を握った。
「あの構成なら、前に出るのはミルラしかないゲコ。……こうなるのも時間の問題だったゲコね」
『ま、まだ四対三です。きっとまだ――』
けれどラズロの表情は変わらない。
「ルミナスは、アビスが長くNランク戦に出ていなかったことを知ってるゲコ。
今回は急な参戦……新人の存在に気づくのも時間の問題ゲコね」
その予感が的中したかのように、モノリスからミアの名が、次いでノアの名が消えた。
「これは……まずいゲコ。新人が参戦してると知ってルミナスは強引にクリスタル破壊に動いたゲコか。」
「………」
そんなラズロとアナスタシアの焦燥すら上の空で、モノリスに表示されている少年の名前をクロエは見つめている。
『ミア……ノア……』
アナスタシアは目を閉じ、幼い双子の笑顔を思い出す。
小さな肩に背負わせてしまった戦い――そんな彼らを送り出すことしか出来ない自分を責めるように。
そのとき、クロエが小さく息をのんだ。
「……思い出した。彼、“大和人”よ。黒髪と黒い瞳――私の世界ではその特徴は彼らしかいない」
彼女はモノリスに近づき、光の中に浮かぶ少年の名を指先でなぞる。
「もっと早く気づいてもよかったのに……。
でも、もし噂どおりならまだ分からないわ。大和人は仁義に厚く、名誉を重んじる。
……そして何物も恐れることがないって」
アナスタシアがそっと背後に寄り添う。
『飄々としていましたけど……すごい方なんですね』
クロエはアナスタシアのほうに向き直ると頭を振った。
「ううん、実際は分からない……でも、そうであって欲しい。ミルラやミア、ノアの想いに報いてくれるって。そう信じたい」
そのとき、再びモノリスの光が揺れた。
今度はルミナス陣営の名が、ひとつ、静かに消える。
直後、澄んだ声が石室に響いた。
『ルミナス陣営のクリスタルが破壊されたため、アビス陣営の勝利が決定しました』
一瞬、誰も動けなかった。
そして次の瞬間、クロエとアナスタシアは涙をこぼし、ラズロも滅多に見せない笑みを浮かべる。
そして静寂の続く石室に、安堵と歓喜が入り混じった拍手が鳴り響いた。
その音が、戦いの終わりを静かに告げていた。




