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第四話

この先に相手の陣営“ルミナス”の誰かがいる――そう告げられても、少年の目に映るのはただ深く茂った木々ばかりだった。

湿った土の匂いと、風に揺れる枝の音。見えるものはどれも穏やかなのに、胸の奥で何かが張りつめている。


「本当に? 僕には何も見えないけど」


「うん。一人だけど、先行して動いてるみたいだね」


ミルラは声を潜めながらそう話すが、その横顔に迷いの影が走る。けれど次の瞬間、彼女は何かを決めたように瞳を上げた。


「ねぇ、命を奪ったこと、ある?」


唐突な問いに、少年は息を詰める。

けれど、彼女の目はまっすぐで、逃げ場がないほど澄んでいた。


「……あるよ」


「なら、大丈夫だね」


ミルラは弓を構えた。

彼には何も見えない木々の奥へと矢をつがえ、弦を静かに引き絞る。

指先が微かに震え、空気が張りつめた。


「もう少しでスキルの範囲に入るから……」


その言葉のあと、矢の先が淡く光を帯びる。

木漏れ日の下、彼女の髪が白く反射して、光の中に溶けた。


「――入った」


放たれた矢が光の尾を引き、木々の間に消える。

瞬間、遠くで空気が弾け、少年の頭の中に声が響いた。


『アビス陣営のミルラにより、ルミナス陣営のクリスが倒されました』


「……すごいね」


「うまく急所に当たったみたい。……まぁ、こっちからはよく見えなかったけどね」

ミルラは息を吐き、肩の力を抜いた。


「陣営戦で倒されても、終わると元に戻れるんだ。

でも、そうとわかってても慣れないと躊躇ってしまうこともあるみたい。

クロエちゃんなんか、初めて相手を倒したのを見たときすごくショックだったらしいから。」


少年はその横顔を見つめながら思う。

リュファンは大和と違い穏やかな国だった。

人が死ぬ場面なんて、きっと彼女はほとんど見てこなかったのだろう。それよりも今は気になることがある。


「……今の声、なんだ?神様の声とは違う……」


「クロエちゃんの話だと“しすてむ”っていうらしいよ。便利だけど……倒した相手にも聞こえるから、少し厄介だね」


「でも、こっちの場所までは分からないよね?」


「ううん、多分だけど……今の人は、仲間に倒した相手の位置を伝える役割だったんだと思う。

接近の仕方が少し不用意すぎたもん」


「斥候役みたいなもの、か……」

少年は眉を寄せる。いくら仲間のためとはいえ、そこまでできるものなのか……。


「すごいよね、そんな役割。私なら、怖くてできないよ」


ミルラは笑ってみせたが、その瞳の奥にはかすかな緊張があった。

つい先ほど、まだ二人迫ってきていると報せを受けたばかりだ。


「今のうちに、ここから離れよう」


「無理だよ。次のワタシの番が来るまで、動けないんだ」


「え!?……じゃあ、さっきみたいに矢で――」


「スキルの矢は一度撃つと、しばらく使えないみたい」


少年は息を吐き「ちょっと御免よ」と言うと、しゃがみ込んでいるミルラの脇に腕を入れ、持ち上げようとした。

だが、まるで地面に根を張ったように動かない。


「すごい重い……」


「ちょっと、それ失礼だよっ」


彼は苦笑し、諦めて立ち上がる。

周囲を見回すと、手近な地面に折れた枝が落ちていた。

先が尖っている。武器になるかは分からない。

それでも拾い上げて、手の中で握りしめた。


「ここで迎え撃つしかないか」


「……そうじゃないよね。キミは先に行って」


その言葉に、少年は黙った。

出会って間もない彼女、にこやかな印象しかなかった――今の真剣な表情は、できることなら見たくなかった。


「相手は二人だろ。勝ち目なんて――」


「わかんない。でもね、クリスタルまで“無事に”たどり着くには、キミが行くしかないよ」


「クリスタルを守ってる相手に、僕が勝てる保証なんてないよ。ミルラと一緒のほうが――」

「大丈夫。……キミなら、大丈夫だよ。私の勘だけど」


遮るように告げるその声は、震えながらもまっすぐだった。


(なんで会ったばかりの僕をここまで信頼してくれるのか……)

少年は一瞬俯き、折れた枝を強く握った。


「キミ、キミって。僕の名前はキミじゃない」


「だって、聞いてなかったもん」


「……僕の名前は大和タケル。タケルでいい」


「ふうん……カッコいい名前だね、タケル」


ミルラはいつもの笑顔を取り戻し、指先で森の奥を示した。


「これからは一人で行かないと。あっちの方から回り込めば、相手のクリスタルがあるはず……わかるかな?」


「行ってみないとわからない。……でも、時間がないんだよね、行くよ」


「うん。頑張って。できるだけ時間を稼いでみせるから」


彼女が小さな拳を突き出した。

タケルも無言で拳を合わせる。


「……ご武運を」


「え?」


ミルラが目を丸くする。


「“勝利を祈ってる”って意味だよ」


「……ご武運を、タケル」


その言葉を胸に、タケルは木々の奥へと足を踏み出した。

背後で、ミルラが矢をつがえる音がする。

その音が、森に響く風の音に溶けて消えていった。

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