第三話
ミルラから陣営戦の説明を聞いた――というより、聞かされた。
「それで陣営戦はね、相手の陣営となんか神様の決めたルールでね、どっかに移動してからね、良いことをしたらいい感じになってね……」
「うん、致命的に説明が下手だねミルラって」
「えぇぇ……ヒドイよ!クロエちゃん聞いてた!?」 「う、うん。そうよね、ヒドイわよね」
「僕、悪くないと思うんだけど……」
結局、ラズロが口を挟む。
「陣営戦とは、神によって毎回変わる定められた場所とルールに則って勝敗を競うものゲコね」
「戦争みたいなものなのかな」
「そんな野蛮なものではないゲコ。どちらかというと奉納試合に近いゲコ」
「……なんか僕よりよっぽど頭が良さそうだ」
少年は項垂れながら気になることを更に質問した。
「その陣営戦って危険なものではないの? 怪我したりとか……生命の危険とか……?」
ラズロはクロエとミルラの顔をちらりと見た。
ふたりとも、何か言葉を選ぶように沈黙する。
「陣営戦で死ぬことはないゲコ。……いや、死ぬことはあるんだゲコね」
「え? どっちなの!?」
大事なところが今一つ曖昧だ。少年がクロエを見ると、彼女はため息をひとつついた。
「とりあえず一回体験すればわかるわよ。みんな最初はそうだったもの。
そろそろ始まるから、気合い入れなさいよ!」
「気合いでどうにかなるのかな……」
「ウン! ワタシも一緒だから大丈夫だよ!」
「今となっては一番信用に欠けてるんだけど」
そこへアナスタシアの声が響く。
『皆さん。そろそろ陣営戦の開始時間になりますが、準備いいですか?』
「?」少年は首を傾げた。
「そういやアンタ……その格好のまま行くの? インベントリに装備はあるのよね!?」
「インベントリ……?」
上下スウェット、裸足にスリッパ。
自分の姿を見下ろし、「ちょっと不敬かな……」と呟いた言葉は、アナスタシアの号令にかき消された。
『陣営戦、開始です!』
浮遊感――エレベーターで急に落ちるような感覚が全身を包む。
目の前が一面の緑に変わり、気づけば森の中に立っていた。
けれどそこはわずかに開けており、木々の隙間から差し込む光が眩しかった。
「今回は森のステージみたいだね!」
ミルラの声が近くで弾む。
「私たちでも少しは活躍できるといいね」
「姉さん、張り切りすぎないでね。はぐれたら僕らなんて、すぐやられちゃうんだから」
召喚された部屋では聞かなかった幼い男女の声に、さらに別の女性の声が重なる。
『森の中じゃアタイの魔法が使いづらいじゃないのよ! やんなっちゃうわ』
少年が声の方を振り向くと、十歳ほどの男女がいた。
フード付きのローブ姿。銀白の髪、灰紫の肌、長く尖った耳――まさに絵本の中のダークエルフ。
「はじめまして! お兄さんは新しく召喚された方ですか?」
「姉さん、まずは自分から……」
「そうだった! わたしはダークエルフのミア!」
「僕はノア……ミアの弟です」
「君たちはひょっとして――」
「はい、双子なんです!」
その笑顔の隣で、炎がふっと灯る。
『こっちも見なさいよ!』
振り返ると、バレーボールほどの大きさの炎の球が宙に浮かんでいた。
熱を感じないのが不思議で、少年は手を伸ばす。
「あっつ……くない?」
『当たり前でしょ。仲間を火傷させるほどバカじゃないわ』
炎が揺らぎ、女性の声が重なる。
『アタイはフレア。見ての通り火の精霊よ』
「はじめまして、フレア。僕は――」
「みんな静かに」ミルラが遮る。「神様からの説明が始まるみたい」
ミルラの言葉に皆が静かになったのを見て少年も口を閉ざした。
召喚の部屋では元気が取り柄!くらいにしか思えなかった彼女が弓と矢を携えて指示を出す姿はとても頼もしく見えた。
その時――
頭の奥に声が響いた。男でも女でもない、それこそ神のような声。
『此度の陣営戦、勝利条件は“相手陣営のクリスタル破壊”。先に破壊した方を勝者とする』
ミアが袖を引く。後方を指差すその先には、高台の上に黒い巨大なクリスタルが浮かんでいた。
高さは二メートルほど。漆黒の輝きがどこか禍々しい。
少年は無言でミアに頷いた。
『対戦するは、アビス陣営とルミナス陣営。――それでは開始せよ』
「私と彼でクリスタルを目指す。ノアとミアは迎撃、フレアは守護をお願い!」
ミルラの指示と同時に戦いが始まる。
森の奥へと駆け出す彼女を、少年も慌てて追った。
後方から『よりによってルミナス陣営が相手なのね!!』とフレアの声が聞こえてきたがひとまず置いていかれない様にするのが先だ。
スリッパで森を走るのは罰ゲームみたいだった。
それでも、なんとかミルラの姿を確認し近くの茂みの影に身を潜める。
ミルラが振り返り、小声で笑う。
「すごいね、ワタシと同じとこまで来れるなんて。見た目より動けるんだ」
「僕は少しぽっちゃりしてるくらいだから。それより、もっと先に行かなくていいの?」
「ん? 今ワタシが動けるのはここまで。ラインぎりぎりだから」
少年が周りを見渡しても、“ライン”なんて見えない。あるのは土と草、生い茂る木々くらいだ。
「ライン?」
問いかけようとしたとき、ミルラが腰を浮かせる。
「ワタシの番が来たみたい」
目を閉じ、何かを念じる。次の瞬間、少年の頭にも彼女の声が響いた。
<みんな、ワタシたちのクリスタルに真っすぐ向かってるのが一人。少し遅れて二人。左回りで一人。多分、神官タイプが守りを固めてる。ワタシは真っすぐ進む。左はノアとミア、お願いね>
テレパシーのような感覚だった。
「すごいじゃん、ミルラ」
「へへっ……これからだよ。行こう」
ミルラは音も立てずに進む。
少年も後に続こうとしたその時――
ミルラが不意に立ち止まり、そっと彼の口を手で塞いだ。
「この先に、相手陣営の誰かがいる……」
森の風が一瞬、止まった。




