第一話
「ああ~~っ!もう無理!こんな渋いガチャ、やってらんない!」
ベッドの上で、少年がスマホを掲げて叫んだ。
本人いわく“ちょっとぽっちゃり”の高校生。
画面の中には、またもや並ぶRキャラの群れ。SSRの影すらない。
「SSRの排出率、1%って……。今どきせめて3%はあるだろ。そりゃコメント欄も荒れるわ」
ため息と共にアプリを閉じようとした、その時。
つけっぱなしのテレビから、女性の悲痛な声が流れた。
『どうか娘を返してください……!』
特徴のあるリュファン語。涙ながらに訴える中年女性の字幕を読むと、「娘を返してほしい。どんな要求ものみます、だから元気な娘の姿を見せてほしい」とある。
画面が切り替わり、キャスターが深刻な顔で話し始めた。
『先ほどの女性は、リュファンの世界的歌姫クロエ・ド・ラフォンテーヌさんの母親です――』
最近増えている“著名人の失踪事件”。
一時は誘拐説も出たが、身代金の要求もなく、手掛かりはゼロ。
「神隠し」と呼ばれるそれは、世界中の不安を煽っていた。
『今、世界で年間数百万人が行方不明になっています。その中でも長期・原因不明のケースはごく一部。ですが著名人ばかりが続けて消えるのは異例です。』
『クロエさんの無事を祈るばかりですね。』
テレビがCMに入ると、少年は先ほどの母親の涙を思い出した。
「……うちの母さんとは大違いだな。僕なんて……あんなふうに泣かれないだろうな」
少し複雑な家庭環境の彼は、高校進学と同時に母が新しい男と出ていったきり、ほとんど会うこともない。
「代われるもんなら、その娘と俺が代わってあげたいよ」――ふと、そんな考えがよぎる。
「そういや大和でも、剣道の優勝者が神隠しにあったってニュースになってたな……」
テレビのニュースで見た、地元の青年の失踪。
思わずつぶやいてから、苦笑した。
「凄い才能の持ち主ばっかり狙われてるのか。僕みたいな雑魚は対象外だろうけど」
再びスマホを手に取る。こんなゲーム一つにウダウダ言ってる自分がバカらしくなってきた。
……けれど、今の空っぽの自分にはこれくらいしかやることがないのだ。
ゲームの画面をよく見るとあと一回だけガチャを引けるリソースが残っており……
「……これで最後にしよう。有終の美を飾って引退だ」
タップ。
瞬間、画面が虹色に輝いた。
「え、えぇぇ!? ここで!? いや、でも辞めるって決めたし、すり抜けでノーマルって結果も……いや、見るだけ、見るだけだから!」
光はどんどん強くなり、画面が見えなくなる。
「演出長くない!? ちょっと、眩し――!」
目を閉じた瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。
スマホを手から落とす。
目を開けると、そこは崩れた石造りの神殿のような場所だった。
黒い霧が空に溶ける。
壁に浮かぶ金の紋章が脈打つように光り、古びた床の魔法陣が微かに輝いている。
少年はその中心に座り込んでいた。
「……夢? いや、これ……」
状況を理解しようと周囲を見渡すと、声が飛んだ。
「やったぁ! ほんとに虹色演出だ!すごいじゃん、アナ!」
「ワタシだってガチャを引かせて貰えたら出来るもん!!」
「それ自分で言うやつは、だいたい出来ないゲコ」
目の前には三人の人影――いや、一人と二体。
ブロンドの少女、背の低いカエルの面を被った学者風の何か、そして長身のウサ耳の狩人姿の女性。
「あ、あの……ここ、どこですか?」
「え……アンタ、ここに呼ばれる前に何も聞いてないの?」
ブロンドの少女がその綺麗な眉をひそめる。どこかで見た顔。
そう――テレビで見た“歌姫”、クロエ・ド・ラフォンテーヌだった。
「君、あの”歌姫”クロエ・ド・ラフォンテーヌ、だよね!?」
「……その“歌姫”はやめて。その呼び方、嫌いなのよ。
以前と違って好きに歌うことは許されないし、
ママもマネージャーもどうしたらもっと有名になれるか、それしか考えてない。
その"歌姫"だって、ぜ~んぶあの人たちが金のためにつけただけだし」
テレビで見た上品な笑顔とは違う、素の彼女。
少年は言葉を失うが、ハッと気づいた。
「……あれ?言葉、通じてる?」
「ここに来た時点で、全員の言語は統一されるんだゲコ」
「そうそう、最初はびっくりするよねー!」
カエルとウサ耳女性が代わる代わる答える。
クロエがため息をついて、少年に尋ねた。
「で、アンタのレアリティは?」
「れ、レアリティ……? それって、どういう……」
「そっか、何も聞かされてないって言ってたもんね……。アナ!」
クロエが背後に声をかける。
『は、はいっ! 呼びましたかクロエさん!』
ふいに響いた声。アニメの声優のような可愛らしいトーン。
「アナ?」
「そう。あたし達をつまんない世界から呼び出してくれた召喚主のことよ。アナスタシア、愛称がアナ。」
少年が振り返ると――そこにあったのは、闇を纏った金色の巨大な一つ目だった。
『これからは私たち“アビス領”の仲間として、共に頑張りましょうね』
眩い光の残滓の中、少年はただ口を開けて立ち尽くすしかなかったのだった。




