7 文化祭準備、始動。
夏の匂いが混じる風が、開け放たれた窓から吹き込んでいた。
教室の黒板には大きく「文化祭実行計画」と書かれ、その下に「演目:シンデレラ」とチョークの文字が並んでいる。
今年のクラスの出し物は、満場一致で“演劇”に決まった。
そして主演——シンデレラ役は、もちろん菊田さくら。
女優としての経験がある彼女に、皆の視線が自然と集まった。
佐藤晴大は背景担当、新宮あまねはクラス全体をまとめるリーダー、野木駿介は大道具担当。
それぞれが自分の役割を手に取り、放課後の教室は活気に満ちていた。
机を並べて脚本の修正をしているグループ、衣装の型紙を広げている女子たち。
そして美術室では、晴大など背景担当組が大きな模造紙の上に森を黙々と描いていた。
その合間を縫うように、あまねは全員の作業を見回っていた。
「はい、大道具は移動の動線確認しといてね。あ、キャストはセリフの読み合わせ、よろしく!」
彼女の指示は的確で、声にはどこか頼もしさがある。
そんな姿を見ながら、さくらは思わず笑みをこぼした。
「……委員長って、ほんとしっかりしてるよね」
「え? 何よ急に……」
照れたように言い返すあまねに、さくらはふふっと笑った。
最近は、二人で練習することも多くなっていた。
セリフの言い回しを相談したり、立ち位置を確認したり。
気づけば放課後を一緒に過ごすのが当たり前になっていた。
***
ある日の放課後。
教室の一角で、何人かの女子が集まってお喋りをしていた。
手元の作業はほとんど進んでいない。
そんな光景を見たあまねが、足を止める。
「ねえ、もう少し真面目にやってくれない? 時間、限られてるんだから」
その口調はいつも通り冷静だったが、女子たちは一瞬で黙り込み、次の瞬間には鋭い目つきであまねを睨んだ。
教室の空気がぴんと張り詰める。
あまねはそれに気づいていながらも、何でもないように踵を返した。
その様子を見ていたさくらは、胸の奥が少し痛んだ。
(……委員長、大丈夫かな)
***
その日の帰り道。
校門を出ると、空は夕焼けに染まり始めていた。
橙色の光が二人の影を長く伸ばす。
「今日は大変だったね」
さくらが笑いかけると、あまねは小さくため息をついた。
「まあね。ほんと、みんな勝手なんだから」
「でも、委員長はすごいよ。ちゃんと全体を見て、引っ張ってくれるし」
さくらの言葉に、あまねは一瞬立ち止まった。
夕日に照らされた横顔が、わずかに陰る。
「……別に、すごくなんかないよ」
「え?」
「私ね、意地張ってるだけ。カッコ悪いとこ見せたくないから、頑張ってるように見せてるの」
その言葉に、さくらは優しく微笑んだ。
「それでもさ、そうやって頑張れるのって、すごいことだよ」
あまねは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、次の瞬間、頬をほんのり赤くして顔をそらした。
「ほ、本当、何なのよ!今日!」
その照れ隠しの声に、さくらは吹き出してしまった。
「ふふっ……委員長、可愛いんだからぁ〜」
「やめて!」
あまねが慌てて言うが、その声にはどこか柔らかさが混じっていた。
その夕暮れ、二人の笑い声が住宅街の通りに溶けていく。
さくらは思った。
――普通の高校生活って、こんなにもあたたかいんだ。
〜小ネタ〜
・野木駿介は大道具担当ですが、作業が雑なので他の大道具担当によく怒られています。
・新宮あまねは学級委員長ですが、副委員長もちゃんといます。物語に登場していないだけです。
・さくらはあまねの前ではよくふざけます。文化祭練習中も、あまねにちょっかいをかけては怒られてました。




