5 私って誰?
定期テスト最終日の昼。
全科目のテストが終了した教室は、あちこちで悲鳴と歓声が入り混じっていた。
「……あーあ、終わった……完全に終わった……」
机に突っ伏してうなだれているのは野木駿介。
「あんた、毎回のテストでそれ言ってる」
新宮あまねが腕を組んでため息をついた。
「バスケの練習ばっかりしてるからよ。少しは勉強もしなさいって言ったでしょ?」
「だってさ、夜になると眠くなるんだもん」
「子供か!」
そんな二人のやりとりに、周囲から笑いが起きる。
「はぁ、全くもう。さくらはどうだった?テスト」
あまねがさくらに声を掛けた。
さくらはう〜んと悩むような声を出し、「確率がマイナスになったけど大丈夫かな?」と言って笑いを誘う。
その隣で佐藤晴大がくすりと笑ったので、あまねとさくらがそちらを見た。
すると晴大は気まずそうに口をつぐむ。
「佐藤君はテストどうだった?」
尋ねるさくらの声に、晴大は少し考えてから答えた。
「……まぁ、できたと思う」
「おぉ〜!だってお前頭良いもんな!すんげえ!」
後ろからひょこっと顔を出して野木が言った。
「確かに佐藤君は賢いけど、それは勉強してるからだからね!あんたもちゃんと勉強しろ!」
あまねがビシッとツッコミを入れると、野木が肩をすくめた。その光景を見て、さくらはくすりと笑う。
「うちのクラス、バランスいいね。運動は野木くん、頭脳は佐藤くん、まとめ役は委員長」
「で、芸能は菊田さくら!」
野木が冗談めかして言うと、教室に小さな笑いが広がった。
その輪の中に自分の名前が混じるのが、さくらには少しくすぐったかった。
◆◆◆
午後のホームルーム。
黒板の前に立った新宮あまねが、手帳を片手に声を張る。
「それじゃあ、今年の文化祭の出し物を決めましょう!」
数人が手を挙げ、意見が飛び交う。
「去年は喫茶店だったし、今年は違うのがいいよな」
「バンドやるってのは?」
「いや、機材が足りないよ」
そんな中で、一人の男子が何気なく言った。
「演劇とかどう? さくらちゃんもいるし」
一瞬で教室の空気が変わった。
「それいいじゃん!」「本物の女優が主演とか、すごくね?」
賛同の声があちこちから上がる。
「え、えっと……」
戸惑うさくらに、視線が集まる。
笑顔を浮かべるしかない。
「楽しそう、だね……」
「じゃあ決まりだな!」
男子たちが勝手に盛り上がっていく。
その様子を見て、新宮あまねが机を軽く叩いた。
「ちょっと待って。本人の意見を聞いてからにしましょう」
静まる教室。
あまねが柔らかく笑いながら、さくらに目を向けた。
「どう? やってみたい?」
——本当は、迷っていた。
学校では普通の生徒でいたい。女優だからと、特別扱いはされたくなかった。けれど、みんなが期待してくれる。
断れば空気が壊れてしまう。
さくらは小さく息を吸って、笑顔を作った。
「うん……いいよ。やってみたい」
「やったー!」
教室中が一気に沸いた。
その中で、佐藤晴大だけが静かに彼女を見つめていた。
拍手や歓声が響く中、彼の表情は動かない。
——彼は気づいていた。
その笑顔の奥に、ほんの少しの無理が混じっていることを。
交わることのない視線。
それでも、晴大の胸の奥に小さな違和感が灯っていた。
◆◆◆
帰り道、夕焼けが滲んでいた。
さくらはカバンを抱えながら、静かに思う。
(私……また“菊田さくら”になっちゃった)
教室での笑い声と拍手が、まだ耳の奥に残っている。
誰も悪気があるわけじゃない。
それでも、あの瞬間だけは——。
自分が「ただのクラスメイト」でいられないことを、痛いほど感じていた。
〜小ネタ〜
あまねが菊田さくらを「さくら」呼びしてますね。
あまねは基本的に友達認定した時点から、下の名前で呼びます。ただし、男子は別です。ちょっと下の名前は気まずいという感覚があるんですかね。
〜4人の頭の良さについて〜
佐藤晴大→圧倒的トップ。常に定期テストは一位。そして模試でも全国1桁〜2桁の秀才。
新宮あまね→真面目にコツコツ勉強するタイプなので、成績優秀。定期テストや模試でも安定して校内5位以内をキープ。
菊田さくら→なぜこの学校に転入できたのか謎。知識問題は苦手だが、勘で解くと意外と当たるタイプ。
野木駿介→なぜこの学校に合格できたのか謎。授業中もよく寝てる。進級できるか、あまねに心配されている。




