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さくらキャンバス!〜君と見つけた春の光〜  作者: 夜空千咲
第1章 始まり〜文化祭編
4/30

4 芸能の世界

 スタジオの空気は、学校とはまるで違っていた。

 ライトのまぶしさ、スタッフの慌ただしい足音、そして「止めて!」という監督の声が響くたびに、空気がぴりりと引き締まる。


 菊田さくらは小道具の花束を握りしめたまま、カメラの前に立っていた。

 台本通りに笑うだけの簡単なシーン――のはずだった。けれど、どうしても自然な笑顔が作れない。


「はい、カット。……さくらちゃん、表情が硬い」

 監督の声は淡々としていた。怒鳴られたわけではない。だが、周囲の疲れた顔がこちらを見る。その度、胸の奥にじりじりと焦りが募る。

「もっと、“恋人を見送る”気持ちを出して。今のはただ笑ってるだけ」


「……すみません」

 小さく頭を下げる。何度も深呼吸をしても、肩の力が抜けなかった。


 再撮影の準備に入ると、スタッフたちが照明の角度を調整し始める。

 そのざわめきの中、どこからか軽い声が聞こえた。


「やあやあ、新人ちゃん」


 スタジオの隅で待機していたさくらの前に、ひときわ存在感のある男性が姿を現した。

 茶色がかった髪を軽く整え、どこか余裕を漂わせた笑みを浮かべている。


 彼の名前は森下圭吾。同じ芸能事務所に所属する先輩俳優で、数々のドラマやCMに出演する人気者だ。

 ただし——“女好きの森下”という噂が業界内ではかなり有名でもある。


「お疲れかなぁ?一緒に休んじゃう〜?」


 軽く笑う森下の言葉に、さくらは引きつった笑みを返すしかなかった。

 この男は、さくらが現在の事務所に移籍した初日、右も左も分からずにいた自分に、必要以上に距離を詰めてきた。

 まるで口説くような調子で、「君、可愛いね。新人? 今日、どう?」と冗談めかして言った——。


 その一言がずっと頭から離れず、以来、さくらは彼に対して苦手意識を抱いていた。


「……お久しぶりです。森下さん」

「お、敬語か。相変わらず真面目だねぇ」


 軽口を叩きながらも、森下は周囲のスタッフやカメラの位置を一瞬で把握していた。

 仕事への集中力は本物だと、さくらも頭では分かっている。

 ——それでも、どこか構えてしまう。


 森下の笑顔が、何を考えているのか分からないから。


「……もしかして、緊張してる? 今夜、練習がてら一緒にご飯でも――」


「森下さん、またそういうこと言ってるんですか」

 冷静な声がその言葉を遮った。

 マネージャーの木村舞香が、腕を組んで立っている。


「あなた、いい年して何してんの。新人いじりもほどほどにしてください」

「おやおや、こわいなあ、木村ちゃん。冗談だよ、冗談」

 そう言いながらも、森下はどこか余裕のある笑みを浮かべる。


「冗談でも通じませんよ。さくらは、あなたと違って純真無垢なんですから」

「えぇ、俺だって純真無垢だけどなぁ〜」


 木村はため息をつきながらも、完全に怒っている様子ではなかった。

 このやり取りは、何度も行われてきたのだろう。


 さくらは小さく会釈して、「ありがとうございます」と呟く。

 木村はさくらの肩にそっと手を置いた。

「気にしないで。あの人、いつもあんな感じだから」


 森下は肩をすくめ、照明の明るさに目を細めた。

「じゃ、頑張ってね。俺ももうすぐ出番だ」

 軽く手を振って離れていく背中には、何かを背負っているような静けさが一瞬だけ見えた。


 再び照明が灯る。

 眩しさの中で、さくらは花束を握りしめた。

 ――この世界では、笑顔の裏にもいろんな顔がある。

 それを少しだけ感じた気がした。


〜人物紹介〜

森下圭吾→誕生日:12月24日、身長:175cm、外見:茶髪、大きな瞳、綺麗とカッコいいが共存する顔

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