28 前日、夜の教室で。
リハが解散し、教室へ戻ったあまねは、明日の準備のために黙々と後片付けをしていた。
ほとんどの生徒は帰ってしまい、教室は夜の静けさに包まれている。
そんな中、扉がそろりと開いた。
「……委員長」
野木だった。
昼間のぎこちない空気を引きずって、二人はそれ以来ほとんど喋っていなかった。
教室に入ってきた野木は、何か言おうとしては口を閉じ、落ち着かない様子でそわそわしている。
その瞬間だった。
「あのさ」
突然声を出したあまねに、野木は――
「うわぁっ!!」
大げさなくらいビクッと体を震わせた。
「ちょ、何よその反応!?」
「い、いやっ……急に話しかけるから……」
あまねはその様子に呆れたように目を細め、そして少しだけ視線を落とした。
「……ごめん。昨日、キツいこと言った。余裕なかったの」
その謝罪には、素直な気持ちが滲んでいた。
野木はすぐさま首を振る。
「い、いいんだよ!そんなの全然気にしてないから!」
「早口になってる」
「なってない!」
その必死さに、あまねは思わずクスッと笑った。
釣られるように、野木も照れくさそうに笑う。
「……あのさ」
今度は野木の方が言いにくそうに口を開いた。
「俺、やっぱり……無理はしてほしくないよ。体は大事にしてほしい」
その言葉は、いつもの調子とは違って、どこか優しく柔らかかった。
あまねは一瞬きょとんとし、それから照れながら視線を逸らした。
「心配してくれてんの?……ありがと」
「あ……」
素直に返されるとは思っていなかったのか、野木は固まってしまう。
「……本当に、野木がいてくれてよかった」
「えっ……?」
「そんな顔しないでよ、バカ。こっちまで恥ずかしくなるじゃん」
「か、顔って……そんな変だった?」
「変! すっごい変!」
「なんだそれ!? い、委員長だって変だし!」
「はぁ!? やめてよ! バカ!」
「バ、バカって言う方がバカなんだよ!」
二人は、まるで小学生のように口喧嘩を始めた。
しかしそのどこか微笑ましい声を、教室の外からそっと聞いている者がいた。
(……また小学生みたいなことしてる)
晴大だった。
ため息をついた瞬間、背後からひょこっと顔を覗かせる人物がいる。
「あれ、佐藤君。何して……?」
さくらだ。
晴大はそっと指を口元に当てて、
「しー」
と小さく合図した。
さくらは状況を悟ったように、こくりと頷く。
教室の中には、笑いながら言い合う二人の声が響いていた。
「……本当、もどかしいったらありゃしない」
晴大が呆れたように呟けば、
「ふふっ」
さくらも軽く笑った。
そして二人はそっとその場を離れた。
本番前日の夜、ほんの少しだけ、空気が柔らかくなった気がした。




