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さくらキャンバス!〜君と見つけた春の光〜  作者: 夜空千咲
第1章 始まり〜文化祭編
26/30

26 落ち着いて、リラックス。

夕方の空は赤く滲み、校門の影が長く伸びていた。

あまねは野木と並んで、ゆっくりと駅へ向かって歩いていた。さくらはすぐに現場へ向かわなければならず、正門で慌ただしく別れた。晴大も途中の駅で降りていき、車内には二人だけになった。


電車が静かに揺れる。

あまねは窓の外をぼんやり見つめ、野木はその横顔ばかり気にしていた。


「……委員長、体大丈夫か? 寝てるか?」


低く、ためらうような声。

あまねは前を向いたまま返した。


「それ、さくらにも言われた。そんなに不健康に見える?」


「……見える」


短い返事が、車内の冷たい空気に溶ける。


「……そう」


それ以上、あまねは何も言わなかった。

電車の走行音だけが淡々と続く。


「大変だろうけど、無理だけはするなよ」


ようやく絞り出した野木の言葉に、あまねは小さく笑った。

その笑みは、いつもの強情な笑いではなく、自分を誤魔化すための薄い膜のような笑いだった。


「……無理しないとダメなのよ」


「委員長――」


「あんたには分かんないわよ」


その声は鋭く、思いがけず冷たかった。


「あと2日しかないのよ。なのに私はセリフもろくに言えない。動きも下手くそ。こんなんで本番迎えられるわけないじゃない」


野木の喉がひくりと動く。


「分かってる。けど、」


「分かってない。あんたは何にも分かってない」


あまねは、疲れ切ったような、それでいて張り詰めた声で続けた。


「そうやって言えるのは、所詮他人事だからよ。やってみなさいよ。私の代わりに、やってよ」


言葉が、矢のように飛ぶ。


野木は口を開きかけたが、何も言えなかった。

その沈黙を見て、あまねはふっと笑った。その笑いは自嘲に近く、悲しみすら滲んでいた。


「ほらね。無理でしょ。そうやって簡単に言うのよね。あんたはいっつもそうよ。何も分かってないから楽観的になれる。そんな奴の言葉なんて、全く響かないから」


野木は深く俯く。

あまねは、言いすぎた、と胸が少し痛んだ。だが、弁明するにはあまりにも遅かった。


二人は黙り込んだまま、電車は終点へと向かっていった。


***


翌朝。

教室にはどこか重い空気が漂っていた。


あまねと野木の間には、目に見えるほどの距離があった。

話すこともなく、視線を合わせることもない。


その様子を見たさくらが首を傾げた。


「……あの2人、何かあったのかな」


晴大はちらりと二人を見て、小さく肩をすくめた。


「……さぁ。珍しいな……」


あまねの目の下には、昨日よりも濃いクマが浮かんでいた。

休み時間もメモを読み、口元で小さくセリフを唱え続けている。


数人のクラスメイトがひそひそと囁く。


「委員長……大丈夫かな」

「なんか前より焦ってる感じ」


心配と不安が、じわじわとクラスに広がっていった。


***


夕暮れの教室。

あまねは黒板の前に立ち、


「これが、最後の練習だから。明日は絶対成功させようね」


と力強く言った。


だが、返ってくるクラスメイトの表情は、気合というよりも――

明らかな心配 だった。


***


体育館には本番さながらのセットが組まれ、空気が一段と張り詰めていた。

全員が深く息を吸う。


あまねは胸に手を当て、何度も自分に言い聞かせていた。


(これが最後。これが最後。私なら、できる……)


その様子を見ていたさくらが、そっと近づく。


「失敗しても良いからね」


あまねは思わず顔を上げ、まっすぐさくらを睨む。


「どういうこと? 失敗なんて絶対ダメよ」


強い声だった。

だがさくらは穏やかな笑みのまま、あまねの背中に手を置いた。


「大丈夫。そんくらいのスタンスの方が、かえって成功するもんだよ」


「……そんなわけ」


「ううん。あるよ。だって、委員長、緊張してるでしょ?」


さくらはあまねの手をそっと指差した。

その手は、わずかに震えていた。


あまねはハッとして、慌てて両手を隠す。


「良いの良いの。緊張しないで、リラックス。失敗したら、私がフォローするし。それに、誰も責めないよ」


あまねは唇をきゅっと結んだ。


「……頑張る」


「うん」


その優しい笑顔に、あまねは少しだけ呼吸が楽になった。


すぅっと息を吸って、吐く。

――こんなに簡単なことが、今までどうしてできなかったんだろう。


「行こう。最後のリハ、全力で!」

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