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さくらキャンバス!〜君と見つけた春の光〜  作者: 夜空千咲
第1章 始まり〜文化祭編
25/30

25 何ということでしょう。

「インフルって……本番は明々後日よ!?」


教室へ駆け戻ってきたあまねに、クラス中の視線が集中した。

野木、さくら、晴大も息を切らせながらその後ろに続く。


あまねを呼びに来た実行委員の女子が、眉を寄せてうつむいた。

「うん……今から代役立てるしかないね」


その言葉に、教室は一気に重苦しい沈黙に包まれた。

“そんな大役、自分には無理だ”

――皆がそう言いたげな顔をしている。


そのとき、誰かがぽつりと漏らした。


「……この中で、みんなのセリフ覚えてるのって……」


一瞬の静寂。

ゆっくりと皆の視線が上がり、そして――全員があまねを見つめた。


「……そうね、私しかいない」


あまねは、小さく頷いた。

しかし胸の内では、嵐のように思考が渦巻いていた。


(本当に? 本当に私がやるしかないの?)


不安が押し寄せる。それでも――

考えれば考えるほど、適任は自分しかいないと自覚してしまう。


「……分かった。私が代役をする」


その瞬間、教室の空気が変わった。

驚きと、そしてほんの少しの安堵が混ざった眼差しがあまねに向けられる。


あまねは唇を噛みしめた。


(こうするしかないんだ……)


野木が眉を下げ、遠慮なく心配をぶつけた。

「……委員長、あと三日だぞ? 大丈夫か?」


あまねは一瞬だけ視線をそらし、無理やり笑顔を作った。

「何言ってんの、大丈夫よ!」


その笑顔の裏に、焦りと苛立ちが確かに滲んでいた。


さくらと晴大は言葉を失い、ただ心配そうに見つめることしかできなかった。


「さっ、早速練習しましょ!」


号令とともに、教室は再び動き出す。

皆、委員長の言葉に従って練習に戻った。


***


次の日。

休み時間になっても、あまねは必死に台詞をぶつぶつと唱えていた。

机には広げた台本。頭の中は文化祭のことでいっぱいだ。


そんな彼女に、さくらがそっと声をかけた。


「委員長、ちゃんと寝てる?」


あまねの目の下には、うっすらとクマができていた。


「大丈夫よ!」

あまねは笑って誤魔化したが、余裕のなさは隠しきれていなかった。


***


その日の放課後、あまね率いる2年2組は体育館を借り、本番と同じ動きで練習をしていた。


セリフも動きも順調――

……少なくとも、周りはそう思っていた。


あまねは緑のワンピースに着替え、舞台袖からゆっくりと登場した。

大きく息を吸って、台詞を放つ。


「ちょっと、ここにまだ埃が残ってるじゃない」


目の前に、薄汚れた灰色のワンピースを着たさくらが近づいてくる。


「す、すみません。今すぐ掃除します……」


ここまでは完璧だった。


だが――

あまねは近づいてきたさくらに見つめられ、ふと動きを止めてしまう。


(え? この後、何かあったっけ……?)


頭の中が真っ白になっていく。

そんなあまねの様子を察し、さくらが小さく囁いた。


「次、私を蹴って」


「っ……!」


あまねはハッとし、慌ててさくらの足元に軽く蹴る仕草をした。

さくらは自然に倒れ込み、そのまま台詞を続けようとする――が、


「ちょっと、」

「お義姉さま……!」


二人の声が重なってしまった。


あまねは思わず「ごめん……」と呟く。

さくらは優しく微笑み、「大丈夫」と首を振った。


だが――

あまねの胸の中では、焦りの火が確かに大きくなっていた。


その小さな違和感は、すぐに周りへも伝わっていく。


舞台袖で見ていたクラスメイトたちが、ざわりと目配せをした。

「……今の、ちょっと噛み合ってなかったよね」

「大丈夫かな……本番まであと二日なのに」

そんな小さな声が、体育館の空気をひそやかに揺らす。


誰もあまねを責める気はなかった。

むしろ、無理をしている彼女を見て、余計に心配になっていた。


だが、その“心配”すら今のあまねには届かなかった。

舞台の中央に立つ彼女は、ただ必死に気持ちを整え、前に進もうとしていた。

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