23 夜は怖い。それでも良い。
森下圭吾が、ポツリと呟いた。
「……やっぱ、カッコ悪いか」
木村は、不意を突かれたように顔を上げる。
「え?」
森下は視線を落としたまま、続けた。
「暗いのってさ、なんか悲しいし、怖いし、息苦しくなる」
木村は何も言わずに、その言葉を聞いていた。
「そういうこと、ない?」
木村は少しだけ目を細めて、窓の外へと目をやった。
「……このくらいの暗さなら、なんとも」
外はすでに日が落ち、夜の街が広がっている。
けれど、ビルの灯りや街灯が眩しいほどに光を放ち、完全な“暗闇”とは程遠かった。
「……そっか。やっぱ変なのかな」
「……さぁ。そういう人もいるんじゃない?」
森下は、少しだけ笑った。
「ふふっ、そうかな」
けれど、その笑みの奥に本当の笑顔は見えなかった。
「昔からそうなんだよな。暗いのが怖い。一人が怖い。ただの怖がりかよって、カッコ悪って、自分でも思うけど」
森下は俯いたまま、かすかに息を吐いた。
「……ごめん、変なこと言った」
木村は、少しだけ考えてから口を開いた。
「……私も、時々、自分は一人なんだって思うときがある」
森下が、不思議そうに木村の方を見た。
「子どもの時はね、何だかんだ誰かは見てるでしょって思ってたの」
木村の声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。
森下は何も言わず、缶コーヒーを一口飲む。
「……けど、私がどれだけ頑張っても、誰も見てくれない」
森下がちらりと木村の方を見やる。
木村の横顔は、過去を見つめるようでいて、今を生きている顔でもあった。
「……えぇ?何?」
森下は缶を見つめて小さく笑った。
その言葉を軽くあしらうように、木村は軽く伸びをした。
「別に〜?他人に言うようなことでもないわ。ただの昔話よ」
「ほう?それはつまり、聞くなってやつだね?」
森下の言葉に、木村はふっと小さく笑ってみせた。そして、勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ、さっさと帰ってください。こっちは残業しなきゃなんでね」
「あぁ、大変だねぇ。うん、話、聞いてくれてありがと」
森下圭吾もすっと立ち上がり、そのまま真横の自販機のところで立ち止まる。軽く片手を上げ、缶をゴミ箱へポイッと放った。
そしてそのまま、軽い足取りで正面玄関へ向かっていった。
「……夜は怖いんじゃなかったの?」
木村が呆れたように声をかけると、森下は振り返り、にっと笑った。
「おっと〜? そんなこと言うなら、木村ちゃんが一緒にいてくれる〜?」
「……嫌。」
森下は笑みを深めて、「知ってる」とだけ言い残し、夜の街へと消えていった。
その背中を見送ると、木村はふぅっと小さく息を吐く。
「……あ〜あ、仕事いっぱい溜まってるのに……」
そうぼやきながらも、その足取りはどこか軽かった。




