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さくらキャンバス!〜君と見つけた春の光〜  作者: 夜空千咲
第1章 始まり〜文化祭編
22/30

22 苦手なあの人。

 東堂結衣の言葉に、さくらはその場で固まった。

 「調子に乗らないでよね」──その一言が、耳の奥で何度も反響する。


 声を失ったさくらの様子をじっと見つめながら、東堂はふっと口角を上げた。


「な〜んてね! 嘘、嘘!」

 弾けるように笑う声。

「いやぁ、久しぶりだね、元気してた?」


 あまりに急な切り替えに、さくらは一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 東堂はそのまま歩み寄り、さくらの腕に自分の腕を絡ませる。


「元気、してた?」

 もう一度、柔らかい声で問われ、さくらは慌てて笑みを作った。


「……う、うん。すっごく元気だった」


「さくらってば、いっつもふにゃふにゃしてんのにさぁ、よくそれで芸能界やってけるよね〜!」

 東堂は明るく笑いながら、軽い調子で言った。


 周りにスタッフがいないのを確認しているような、細やかな目線、そして、笑顔。

 さくらは苦笑いで返すしかなかった。


「いやぁ、結衣ちゃんこそ凄いよ。たくましくて、1人でも生きてける。カッコいい」


 それは本心だった。

 けれど同時に、胸の奥ではどうしようもない苦手意識がくすぶっていた。

 東堂結衣──彼女の前では、呼吸が浅くなる。


「もぉ〜お世辞はやめて〜思ってないくせにぃ」

 東堂は少し笑顔を歪めながらも、軽く肩を叩いた。


「思ってるよ……」

 小さく呟いたその言葉は、空気に吸い込まれて消えていく。


 東堂の目が一瞬だけ、冷たく光った。

 だがその表情は、すぐにまた柔らかい笑顔に戻る。


「……それじゃあね。また」


 そう言って、東堂結衣はさくらの腕をそっと外した。

 香水の残り香だけが、彼女の存在を示すように残る。


「……うん、また」


 さくらは小さく頷いた。

 けれどその声には、少しの震えが混じっていた。


***


 バラエティ番組の収録が終わり、さくらは木村に見送られて駅へ向かった。

 その背中が見えなくなるまで見届けると、木村は小さく息をついて、事務所へと戻った。


 夜のロビーには、人の気配がほとんどなかった。

 唯一、ソファの一角でコーヒーを片手にしている男がいる。


「げっ……いやぁね。どう頑張っても目の前通るしかないじゃない」


 木村は小さく呟きながら、ため息をひとつ。

 気まずそうに通り過ぎようとしたその瞬間──


「……ねぇ」


 低い声が呼び止めた。

 木村は聞こえないふりをして歩こうとしたが、腕を掴まれる。


「ちょ、離してください」


 げっと顔をしかめながら、木村は振り向いた。

 森下圭吾が、静かに彼女を見上げていた。

 その瞳は、普段の軽薄な色をしていなかった。


「……これから仕事?」


 穏やかに問う声に、木村は一瞬だけ目を逸らした。


「……そうですけど。あなたはもう仕事ないでしょ。さっさと帰ってください。あと、手を離してください」


 森下はパッと手を放し、少し笑って言った。


「いやぁ、だってこんな暗いんだよ? 一人じゃ怖い怖い〜」


 いつもの調子に戻ったような声。

 だが木村は眉をひそめた。


「何、いい年した男が怖がってんの! カッコ悪い!」


「……分かってるけど。怖いもんは怖いんだよ」


 森下は口を尖らせた。

 その様子に木村は呆れたように目を細める。


「……そうやって何人もの美女と取っ替え引っ替え遊んでた訳ね。その顔でその台詞、はいはい納得」


 森下は苦笑しながら、缶コーヒーをそっと握った。


「遊んでる訳じゃない。ちゃんと同意の上だもん」


 少し子供っぽく頬を膨らませる姿に、木村はため息をついた。


「……ふぅん、あっそう」


「……あのさ、ちょっとの間で良いから、隣にいてよ」


 突然吐かれたその言葉には、軽さよりも、ほんの少しの寂しさが混じっていた。


「……はぁ!? 嫌よ! そんな無防備なことしません!」


「木村さんには手出さないよ。だって、拒否するし」


「当たり前です!」


 そう言いながらも、木村はふと動きを止めた。

 ──なんか、いつもと違う?

 冗談にしては目が真っ直ぐすぎる。


 その違和感に、警戒よりも先に好奇心が勝った。


 木村はため息をひとつついて、森下の座る長椅子の隣に腰を下ろす。わずかに一人分の距離を空けて。


 森下はちらりと横を見て、小さく笑った。


「……ありがと」


 静かなロビーに、その声だけが落ちた。


12/1〜12/4は投稿お休みします。

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