21 前に進みたくても。
スタジオの照明がぱっと点き、笑い声が響いた。
人気バラエティ番組の収録が始まっていた。
菊田さくらは、いつもより少し背筋を伸ばしていた。隣には共演の森下圭吾。斜め前には、かつての同級生──東堂結衣の姿。
番組は和やかに進んでいたが、さくらの視線は何度も東堂の方へと向かってしまう。
その様子に気づいた森下圭吾が、ニヤリと笑って小声で言った。
「おや、さくらちゃん。結衣ちゃんのこと、そんなに気になるの?」
ビクッ、とさくらの肩が小さく震えた。
その瞬間、司会を務める芸人がすかさず声を上げた。
「おっ、そうか! 二人は同じ学校ですもんね!」
場が一気に明るくなる。
さくらは引きつった笑みを浮かべ「い、いえ……今は違うんです」と小さく首を横に振った。
「まぁ、さくらちゃんが転校しちゃったので」
東堂結衣が、柔らかく笑いながらそう言った。
「……いやぁ、そうなんですよぉ、ははは」
さくらは乾いた笑いを浮かべる。
「どうして転校?」
司会者がすかさず質問を入れ、スタジオの空気が再び集中する。
視線が、一斉にさくらへ。
さくらはちらりと東堂を見る。
東堂は、ほんの僅かに口元を吊り上げていた。
──嘲るような笑み。
「えっと……その……」
困惑した声が漏れる。
そこで、森下圭吾が軽く手を挙げて言った。
「どうせあれですよ! テストの結果が悪すぎて退学させられたんですよ!」
その場が、一瞬静まり、次の瞬間──
「えぇ!あなたそんなに頭悪いの!?」
司会者の明るい声にスタジオがどっと笑いに包まれる。
「……ば、バレましたか!」
さくらが冗談めかして答えると、さらに笑いが広がった。
(……助かった)
胸の奥で、小さく息を吐く。
その一方で、東堂結衣は笑いながらも、ほんの一瞬だけ目を細めた。
唇の裏で、音のない舌打ちをした。
***
収録が終わった。
照明が落ち、静かになった空間に、木村が歩み寄る。
「……だいぶ無理のある言い訳だったけどね」
木村は腕を組んで呆れたように言った。
「……あはは」
さくらは苦笑するしかなかった。
そのすぐ横を、森下圭吾が通りかかる。
木村はすかさずその肩を掴んだ。
「ちょっと。あんた、何してくれたのかしら?」
「え? いやぁ、新人ちゃんがあまりにも東堂結衣のこと気にしてるようだったからさぁ」
悪びれもせず笑う森下。
「……まぁ、確かに。けどね、あんたが言わなきゃ気づかれずに済んだかもしれないでしょ!」
「どうせ俺が言わなくたって、ネットが色々詮索するだろうし〜? 先にこっちから突っ込んだ方が良いかな〜って」
「むっ……」
木村は言葉に詰まる。
「まっ、カットされてたら良いねぇ〜」
軽く手を振って、森下は去っていった。
「……あの、ごめん」
さくらが小さく呟く。
「はぁ!? 何謝ってんの! あんたは被害者でしょ! あの変態馬鹿野郎のね!」
木村が思わず声を荒げた。
「……でも、こういう事がいつか起きるって予想はしてた。それなのに、ちゃんとした言い訳を考えてなかった」
「……まぁ、それは私もごめんだわ。さくらの前で、あの子について話すのを避けてた。避けてばっかじゃ駄目なのに」
木村がため息をついた、そのとき──
「ねぇ、さくらちゃん」
声がした。振り向くと、東堂結衣が立っていた。
その手にはスマホ。
「写真撮ろうよ。あとでSNSにあげるやつ」
「……うん、分かった。撮ろう」
さくらは少し間を置いてから答えた。
二人はその場を離れ、廊下の一角で並んで立つ。
木村は、不安そうにその後ろ姿を見送った。
シャッター音が鳴る。
そして、静かな沈黙のあと。
「……あんたさ」
東堂結衣が口を開いた。
「調子に乗らないでよね」
さくらの表情が凍りついた。
2人だけの廊下に、冷たい空気が流れた。




