表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらキャンバス!〜君と見つけた春の光〜  作者: 夜空千咲
第1章 始まり〜文化祭編
17/30

17 他人だけど、他人なので。

 時刻は夜八時を少し回っていた。

 夏祭りの余韻がまだ肌に残るまま、佐藤晴大は玄関の扉を静かに開けた。家の中は、祭りの熱気が嘘のように冷たく沈んでいた。


 「……ただいま」


 その声が、妙に響いた気がした。

 靴を脱ぎ、リビングへと足を踏み入れる。そこには、灯りのもとで静かに椅子に座る父親の姿があった。

 無言のまま、こちらを見ている。


 ――あ、まずい。


 晴大の背筋に小さな冷気が走る。

 何事もなかったように振る舞おうとしたその瞬間、低い声が空気を裂いた。


 「遅かったな。……楽しかったか?」


 その一言に、晴大の心が止まる。

 一瞬だけ、「あれ、許してくれるのか」と錯覚した。けれど次の言葉で、その淡い希望は音を立てて崩れた。


 「……勉強もしないで、よく楽しめたな?」


 晴大は、息を呑んだ。

 ゆっくりと顔を上げると、父親の表情は微動だにしない。

 怒鳴り声ではない。けれど、その静けさこそが何より怖かった。


 「……勉強は、行く前にもしました。これからも、します」


 声が震える。

 父親は、淡々とした口調で言葉を重ねた。


 「当たり前だ。お前が遊んでいる間にも、ライバル達は勉強しているんだ」


 その足音が、ゆっくりと近づいてくる。

 硬い床に響くたびに、晴大の心臓がひどく跳ねた。

 目の前で、父親が立ち止まる。重たい影が覆いかぶさるように、晴大の身体を包み込んだ。


 「お前が俺の忠告を無視して勝手な行動をとるなんて、初めてだな?……どうした、悪い友人にでも脅されたのか?」


「……いえ」



 「そうに決まってるだろう!?」


 

父親の声が頭のすぐ上に響いた。それが余計に怖かった。


 「俺の子が、そんな親不孝者なわけないだろう?」


 喉が詰まる。反論なんてできなかった。

 何を言っても、どうせ届かない。

 ただ怖くて、動けなかった。思考が真っ白に消えていく。


 「……勉強、してきます」


 その一言を絞り出した途端、父親の口元がふっと緩んだ。


 「そうか、頑張って」


 その笑顔が、なぜかいちばん痛かった。

 晴大は逃げるように自室へと向かった。

 扉を閉める音がやけに大きく響く。

 そのままベッドに顔を突っ込み、枕をぎゅっと抱きしめた。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ……。


 唇を噛んでも、堪えられなかった。

 止めようとしても、勝手に涙が溢れた。

 目を閉じれば、父親の無表情と笑顔が交互に浮かぶ。

 もう何が本当の「正しさ」なのか、分からなかった。


***


 ――そして、現在。


 白いカーテン越しに夕方の光が差し込む保健室。

 晴大の話を聞き終えたさくらたちは、しばらく言葉を失っていた。


 「そんな……」

 新宮あまねの声は、かすれていた。


 野木駿介は拳を握りしめながら、うつむく。

 「そんな……お前さぁ……どうしてもっと早く……」

 悔しそうに唇を噛む。怒りなのか悲しみなのか、自分でも整理できない表情をしていた。


 さくらは、拳を強く握った。

 「……許せない」

 その声は小さいのに、はっきりと響いた。


 しばらくの沈黙のあと、あまねが穏やかに言った。

 「……ありがとう。教えてくれて」


 晴大は、小さく頷いた。

 「……だから」

 その声は震えていたが、どこか決意を含んでいた。

 「だから、もう俺のことはほっといてください。俺、皆んなが妬ましくて、まともに会話なんてできない」


 その言葉に、さくらがすぐ反応した。

 「……嫌だ!! そんなこと言われてほっとくなんて最低だよ!」


 「そうだぞ!お前をほっとくのが最善策だとは思えないしな!」野木が続く。


 しかし、晴大は首を横に振った。

 「……ありがとう。でも、他人の言葉なんて信用できない」


 場の空気が凍りつく。

 晴大は少し間を置いて、静かに続けた。

 「菊田さん、前に母親の話しましたよね?」


 「え、あ、うん。絵を教えてくれた……」


 「……そうです。あの人もね、同じこと言ってくれてたんです。『いつでも味方だから』って。でも、結局は嘘だった。突然、僕を置いて出て行った」


 誰も言葉を返せなかった。

 張り詰めた沈黙の中で、晴大の手が小さく震えていた。

 その手を――さくらが、そっと掴む。


 「君が信じなくても結構です!」

 いきなりの強い口調に、三人とも目を丸くした。


 「いや、そうよね!?信じてた人に裏切られるのはショックよね! だから別に、私たちを信じなくても良いですよ?別に、ね!」

 さくらは真剣な顔のまま言い切る。

 「でもね、私たちは勝手に側にいるから! 君が信じようが信じまいが、どうでもいい!!」


 晴大は、驚いたように目を見開いた。


 「だからね、ずっと一緒にいるから!」

 さくらは続けた。

 「君が可哀想だからじゃないよ! 私がそうしたいからだからね!」


 鼻息を荒く言い切るさくらの姿に、晴大は思わず

――笑ってしまった。

 その笑顔は、涙の後にようやく見えた、小さな光のようだった。


 「そうよ」とあまねが微笑む。

「さくらは急成長を遂げたんだからね。佐藤君、貴方もしっかりしなさい。1人で抱え込むのが本当に自分の為になるのか、考えるべきよ」


 「そうだそうだ〜! ちょっとぐらいクソガキ晴大になった方が良いと思うぞ!!」と野木が笑う。


 晴大は少し照れくさそうに、でも確かに笑っていた。

 「……うん」


 その後、四人は並んで保健室を出た。

 夕暮れの光が校舎の窓を金色に染めている。

 教室に戻ると、クラスメイトたちが心配そうに駆け寄ってきた。


 「佐藤、大丈夫だったか?」


 晴大は、少し驚いたように目を瞬かせる。

 でもすぐに、柔らかく笑って――

 「うん、大丈夫」


 その「うん」は、どこか新しい一歩の始まりを感じさせるような、まっすぐな声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ