16 羨ましい。
「行かなきゃ良かった……? そんなの、嘘だ」
さくらの声が静かな保健室に響いた。
その瞳は揺れている。信じたくない、という気持ちが透けて見える。
あまねと野木は言葉を挟めず、ただ二人の様子を見守っていた。
晴大はベッドの上で目を伏せ、少しの間、動かなかった。
そして――絞り出すように言った。
「嘘じゃない。もう、どっか行ってくれ。邪魔だから」
その言葉はあまりにも冷たくて、刺すようだった。
「おい、なんでそんなこと!」
野木が声を荒げる。
しかし、あまねがすぐにその腕を掴んで止めた。
「佐藤君、それはあまりにも言葉足らずだわ」
静かながらも芯のある声。
「それが本心じゃないことぐらい、分かってるの。何があったか教えて」
晴大は俯いたまま、誰の顔も見ようとしなかった。
「……お前らに、何が分かんだよ。 やりたい事好きなようにやってるお前らに、何が……!!」
その言葉に、空気が一瞬止まった。
「え……?ねぇ、佐藤君、違うよね? そんなこと、思ってないよね?」
さくらが一歩前に出る。声が震えていた。
けれど晴大は答えない。ただ、下を向いたまま。
「ねぇ、黙らないで! 教えてよ! 黙ってちゃ分かんないじゃん!」
さくらは思わず晴大の肩に手をかける。
さくらの表情は、今にも泣き出しそうだった。
野木が息をのむ。
「……なぁ、どうしてそんなに暗いんだよ。そんなに嫌なことでもあったのか?」
その声も、かすかに震えていた。
けれど、晴大は何も言わない。
「ねぇ!」
さくらが再び叫びながら、晴大の肩を叩いた。
――その瞬間。
晴大が、ゆっくりと顔を上げた。
その目には涙が溜まっていた。
一粒、頬を伝い、シーツの上に落ちる。
さくらも、あまねも、野木も、息を呑んだまま動けなかった。
「え……?」
さくらの小さな声が漏れる。
晴大の唇が、震える。
「なんで、なんでいつもこうなんだ……」
声はかすれ、途切れ途切れになっていた。
「俺だってどうしていいか分かんないのに、分かんないまま適当に言葉を吐いて……馬鹿みたいだ」
その独白に、誰も言葉を挟めなかった。
さくらは、ただじっとその顔を見つめていた。
そして、小さな声で言った。
「……ねぇ、教えてほしい。何があったの?無意味とか、言わないでね。私が聞きたいの」
さくらは、晴大の瞳を見た。
真っ直ぐに、まるで逃げ道をふさぐように。
その瞬間、彼の瞳から堰を切ったように涙が溢れた。
「ごめん、ごめんなさい。俺、皆んなに嫌われたくない。 だけど、やっぱり、皆んなが羨ましい……!」
嗚咽まじりの叫びに、保健室の空気が震えた。
誰も動けない中、さくらだけがそっと一歩踏み出した。
そして――泣きじゃくる晴大を、静かに抱きしめた。
「……佐藤君」
その声は柔らかく、温かかった。
晴大はしばらくの間、何も言わず、ただその肩に顔をうずめていた。
――少しして、涙が落ち着いたころ。
晴大は小さく息を吸い、絞り出すように言った。
「あの日、夏祭りの夜……」
そうして、彼の話が始まった。




