15 馬鹿だ。
「佐藤が! 佐藤が倒れた!」
息を切らした男子生徒が、青ざめた顔で叫んだ。
教室が凍りつく。
さくらの心臓がどくん、と大きく鳴った。
「ねえ、どういうこと!?」
あまねが真っ先にその生徒に詰め寄る。
男子生徒は荒い息を整えながら言った。
「俺たち、美術室で背景の絵を描いてたんだ。そしたらさ、さっきまで元気だったのに、急に佐藤が倒れて……!!」
「それで今、佐藤君は!?」
さくらの声は震えていた。
「先生呼んで、保健室に連れてった。今はきっと寝てる」
「……そう」
さくらは唇を噛みしめる。
どうして、という不安が胸に広がる。
「今、保健室にいるんだな!?」
野木が勢いよく立ち上がった。
「おい、行こう!」
けれど、あまねがすぐに腕を掴んで止めた。
「今寝てるなら、起こさない方が良いでしょ? とりあえず待ちましょう」
「でも!」
「とりあえず、ね」
あまねの声には冷静さがあった。だが、目の奥には不安が滲んでいた。
さくらが小さく口を開く。
「……そうだね、でも……」
言葉を詰まらせながらも、絞り出すように言った。
「保健室に行きたい。佐藤君に会いたい」
その表情には迷いがなかった。
あまねは小さくため息をつき、頷いた。
「仕方ない。絶対静かにしてるのよ。それで、出ていくように言われたら大人しく出ていく。分かった?」
「おう!」と野木。
「うん……!」とさくら。
三人は顔を見合わせて頷き合い、保健室へ向かった。
保健室に入ると、薬の匂いと静かな空気が迎えてくれた。
あまねが先生に事情を尋ねている間、さくらと野木は仕切りの向こうを気にして落ち着かない。
仕切りの向こうに、佐藤晴大がいるはずだ。
「多分、睡眠不足とかじゃないかしら。病気ではないから安心して」
先生の言葉に、三人はほっと息をついた。
「起きたら教えるね」と言われたので、廊下の椅子で3人並んで座って待つことにした。
――1時間ほど経ったころ。
「起きたよ」
先生の声に、さくらの体がピクリと動いた。
三人は静かに立ち上がり、保健室へ入る。
仕切りのカーテンが静かに開かれる。
そこには、ぼんやりとした表情の佐藤晴大がいた。
視線を少し泳がせながら、三人を見て言った。
「あれ、どうして……」
「心配したんだよ!」
さくらが勢いよく言う。
「急に倒れたって聞いて!」
「あ……そうか、あのとき……」
晴大はぼんやりと呟いた。
野木が前に出て尋ねる。
「もう元気なのか?」
「うん……」
けれど、その声には力がなかった。
顔色も少し悪い。
「ねぇ、どうして倒れたか分かる?」
あまねが静かに尋ねる。
「疲れてたの?」とさくら。
晴大は少し目を伏せた。
しばらくの沈黙のあと、かすれた声で言った。
「……馬鹿だ」
「「「……え?」」」
三人の声が重なる。
晴大はゆっくりと息を吸い、震える声で呟いた。
「夏祭りなんて……」
「え?夏祭り?ねぇ、どういうこと?」
尋ねるさくらの声が、揺れる。
「……夏祭りなんて、行かなきゃ良かった」
はっきりと、そう聞こえた。
保健室の空気が、一瞬にして重くなった。
外の風鈴の音さえ、どこか遠くに聞こえる。
――晴大の心の中で、何かが崩れ始めていた。




