13 いつだって、私が主役。
車のエンジン音が静かに響く。窓の外を流れていく街の景色は、どこか遠くに感じた。
さくらはシートに深く腰を沈め、ぼんやりと外を見つめていた。
"堂々としてよ" "自分の意見をちゃんと言って"
――"正直、迷惑"
新宮あまねの言葉が頭の中で繰り返し再生される。
胸の奥が重たくなって、思わずため息が漏れた。
あまねに、嫌われたのかもしれない。
そう思うと、心のどこかがキュッと痛んだ。
「……ため息なんてついて、どうしたの?」
運転席の木村が、ルームミラー越しにさくらを見た。
いつもより少し柔らかい声だった。
「え……ううん、なんでもない」
「なんでもない顔じゃないでしょ。何かあった?」
木村のその優しい問いに、さくらは少しだけ間を置いて、ぽつりとつぶやいた。
「……私、人と仲良くなるの、無理なのかも」
その言葉に、木村は少し目を見開いた。
「え?」
「私、どうしても人とうまくやれない。頑張ってるつもりなのに、いつもどこかでズレちゃうの。……今日も、友達を怒らせちゃって」
木村はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑って言った。
「何があったのか知らないけどね、人付き合いなんて、私でも苦手よ」
「え、嘘だ。だって木村さん、現場でみんなと仲良く話してるじゃない」
「いやいや、それは結構頑張ってるのよ?」
木村は苦笑いを浮かべながら慣れた手つきでハンドルを回す。
その一言が意外すぎて、さくらは思わず目を丸くした。
「……そうなんだ」
「まぁ、さくらのはちょっと違うかもだけど。友達を怒らせただって? もしかして、委員長?」
木村は度々さくらから学校の話を聞かされていたため、委員長についても少しだけ知っていた。
だが、だからといって、さくらの心を全て見透かすかのような木村の鋭さは恐るべしである。
さくらは隠す必要も無いと諦め、ため息混じりに言葉を放った。
「……堂々としろって。無理なことは無理って自分でちゃんと言え、迷惑だからって」
それを聞いた木村は、思わず吹き出した。
「そりゃああんた、そんな性格だったら言われるかもね!」
「……でもさ、どうしたら良いの?」
さくらは小さな声で続けた。
「自分の意見を言ったら、空気が悪くなるかもしれないじゃない。それは……怖くないの?」
木村は信号待ちで車を止め、ハンドルの上で指を軽く組んだ。
「まぁ確かに、怖いし、時には面倒くさい。でもさ、自分の意見を言わないで周りに合わせてたら、ただの都合の良い人になっちゃうわよ」
さくらはゆっくり顔を上げる。
「……でも」
「自分の人生、一度きりでしょ?」
木村は柔らかい声で続けた。
「他人の機嫌を取るのに時間を使うより、自分が何をしたいのか、それに時間を使う方がよっぽど有意義。私はそう思う」
さくらはしばらく黙って考えていた。
「……そう、かな」
「えぇ、きっとそうよ。自分の人生の“主役”は常に自分であるべき。他人が主役の人生なんて、絶対につまらないから」
車内にしばし静寂が訪れた。
木村はそれ以上何も言わなかった。さくらもまた、木村の言葉を咀嚼しようとどこか一点を見つめていた。
***
窓の外には、もう撮影現場の建物が見えてきていた。
「着いたよ」
木村がブレーキを踏みながら言う。
「……うん」
さくらはドアノブに手をかけたが、ふと振り返る。
「ねぇ、木村さん」
「ん?」
「木村さんって、かっこいいね」
木村は一瞬きょとんとしたあと、少し照れくさそうに笑った。
「何よ、急に。お世辞言っても何も出ないわよ?」
「お世辞じゃないよ」
さくらは小さく笑って、車を降りた。
木村も車から降り、建物の方へと歩いていく。
その背中を見つめながら、さくらは小さく息を吐いた。
――ちょっとだけ、頑張ってみようかな。
そう思うと、少し心が軽くなった気がした。
そしてほんの少しだけ、あまねに言われた言葉の意味が分かった気がした。
夏の陽射しの中、さくらは木村を追いかけるように建物へと足を動かした。




