11 リーダーだから。
夏休みのある日。
学校の教室には、文化祭の準備に励む生徒たちの声が響いていた。
机の上には絵の具、釘、段ボール、台本。汗ばむ季節に負けないほど、熱気に満ちている――
はずだった。
新宮あまねは、ホワイトボードの前で腕を組んでいた。
ペン先を軽く叩く音が、教室の熱気に混ざる。
彼女の表情には、いつもの穏やかさがなかった。
「……これで全員の予定が揃わないの、もう何回目?」
キャストのスケジュール表には、いくつもの×印が並んでいる。
塾や部活で来られない生徒が多く、練習時間は思うように取れなかった。
それでも、どうにか全員の時間を合わせようと、あまねは一人一人に連絡を取っていた。
廊下に出て、キャストの女子に電話をかけた時。
「え〜? その日は無理だよ。塾あるし」
「じゃあ次の日は?」
「その日も。てかさ、文化祭に使ってる時間ないんだよね」
あまねの中で、何かがぷつりと切れた。
「忙しいのは分かるけど……どうしてキャスト引き受けたの? 練習はしたくないけど、本番には出たいって、それって勝手じゃない?」
「ちょ、なにそんな怒ってるの? 文化祭ごときで、そんなマジになることある?」
電話越しの笑い声が、あまねの耳を刺した。
「……もういい」
そう言って、通話を切った。
画面が暗くなる。胸の奥が焼けるように痛かった。
教室に戻ると、数人のキャストたちが作業の手を止めてあまねを見た。
その視線の中には気まずさと、わずかな距離感があった。
あまねの視線の先には――菊田さくらがいた。
台本を抱えたまま、少し困ったような顔をしている。
「あの……ごめん、私これから仕事で行かなくちゃ」
さくらが申し訳なさそうに立ち上がる。
「あんたさ」
あまねの声が、思わず強くなった。
「主役なんだから、もう少し練習に参加してくれない? 一番登場シーン多いんだから」
さくらはびくりと肩を震わせた。
「ご、ごめん……」
あまねはため息をついた。
「……あんたさ、もっと堂々としてよ。自分の意見をちゃんと言って。仕事で抜けることが多いって分かってたなら、周りに勧められても断ってよ。正直、迷惑」
その言葉に、さくらの瞳が沈んだ。
「……ごめん」
それだけ言って、さくらは俯いたまま教室を出ていった。
静寂。
残された空気は重く、誰も口を開けなかった。
窓の外から蝉の声だけが、やけに鮮やかに響いていた。
あまねは胸の奥を押さえた。
(……やっちゃった)
言いすぎたと分かっていた。
でも、どうしても抑えられなかった。
本気で取り組んでいるのは自分だけなんじゃないか。
自分に任せておけばいいと思われているんじゃないか。
そんな嫌な思いが、心の中でぐるぐると渦を巻いていた。
机の上の台本を見つめながら、深く息をつく。
そのときだった。
「おーい!」
明るい声が廊下から響いた。
バスケ部のユニフォーム姿の野木駿介が、コンビニの袋を片手に入ってきた。
「差し入れ〜!ジュースとお菓子! 頑張ってるみんなに届けに来ました〜!」
教室を見回して、野木の笑顔が少しだけ固まる。
室内の空気が、重い。
「……え、なにこの空気。お通夜?」
冗談めかして言うが、誰も笑わなかった。
あまねは机の上の資料を片付けるように手を動かしながら、小さく言った。
「ありがとう、そこに置いといて」
その声には、明るさがなかった。
野木は少し眉をひそめた。
「……委員長、どうした?」
あまねは答えなかった。
ただ、顔を上げることもなく、机の上の書類を見つめ続けていた。
その横顔に、野木は小さく息をついた。
(……ま〜た、何かあったな?)
外では、夏の陽射しが窓の縁を焼くように照らしていた。
蝉の声が遠くで響き続けている。
けれど教室の中は、ひどく静かだった。




