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俺と異世界最強戦士が入れ替わった結果〜こっちは戦えず、あっちは満員電車  作者: 三來


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08.戦い終えた俺に陰謀の影をちらつかせないでくれ

 

【王都・彼方を見送った後の王城の一室】


 レオとシズは、彼方の無事の知らせを待っていた。


 魔法に関しての内密の話し、と言う表向きの理由を告げ、人払いを済ませたこの部屋で2人は向かい合って座っている。


 何度も窓の外を気にしてしまうレオとは対照的に、シズは目を瞑って落ち着いている様子だ。


 レオにはそれが不思議だった。


 彼方を巻き込み送り出したのは、紛れもなく自分自身であった。きっとやり直したとしても同じ決断を下しているだろう。それでも、彼の身を案じソワソワとしてしまう。


 自分と同じように、彼女も孫の身を案じているはずだ。……もしかしたら、自分に対して恨み節の一つでも言うかもしれないと覚悟すらしていた。


 それなのに。何も言わず、言葉少なく送り出したシズがレオは不思議だった。


「何か聞きたいのかい??」


 レオの視線に気がついたシズが、優しく問いかけてくる。


 レオは、自らが聞くべき質問ではないと重々承知の上で、口を開いた。


「とても、落ち着いておられるようでしたので。……もしや、彼方さんは本当は武芸に精通しておられますか??」


 実のところ、レオは彼方のことを「自ら弱虫と語り、危険を承知した上で前に進んだ青年」と言うことしか知らないのである。


 彼方自身が語った「戦い方を知らない」と言うのは謙遜として言っただけで、本当は何かしらの戦いの術を身につけている可能性も一応はあるのだ。


 が、シズは静かにそれを否定した。


「いんや。……カナ坊は昔っから優しい子でね。誰かと戦ったりって言うのは、あんまり好きじゃなかったみたいだねぇ」


 昔を思い出すかのように、遠くを見ながら話すシズ。その答えに、レオは更に疑念が湧く。


「……では、なぜ」


 その続きの問いは複数あった。

 どうしてそんなに落ち着いていられるのか。なぜ止めなかったのか。本当にただ弱くて、戦いとは無縁だったのなら、彼方が協力してくれるのはなぜか。


 兄のアッシュが強大な戦士のレオには、わからないことが沢山あったのだ。


 言葉としてうまくまとまらず、一つ深呼吸したレオに、シズが柔らかく笑いながら答える。


「あたしだって心配だよ。あたしらがいたところには魔物なんていないしね。あの優しい子が本当に戦えるのか、考えただけで涙がでそうだ。……でもねえ。あの子が乗り越えようとしてるもんを、よーく知ってるんだ。なら、あたしも覚悟決めるしかないのさ」


「……乗り越える」


 レオの言葉にシズは頷いた後、また目を閉じた。きっと、これ以上深く聞いたとしても、シズの口からは言う気は無いのだろう。


「……私も、シズ殿のように成熟した精神が持てるでしょうか」


 事情を深く聞くかわりに、レオの思いがこぼれ落ちた。王として、立派に国を治めている幼い彼の人知れぬ悩みだった。


「歳は勝手に取るもんだよ。色々経験すりゃあそれなりに心もついてくる。レオ陛下の歳で考えたら立派すぎるほどだと思うけどねえ。……まぁ、こんなばあさんでよかったら話しを聞くよ」


 そう言ってウインクしたシズに、レオは少し落ち着きを取り戻したのであった。






【シルヴァリア王国・王都東門外の農村】



 オーガ討伐を成し遂げた彼方。

 膝から力が抜け、その場にへたり込みそうになるのを堪え、アドレナリンでぐちゃぐちゃになった思考が冷えた頃。


 村人の避難を見届けた自警団の兵士たちがこちらに駆け寄ってきた。


「アッシュ様!!」


「オーガ討伐、お疲れ様でございます!!」


 兵士たちの声に我にかえった彼方は、力の入らなかった膝に喝をいれた。


(アッシュさんなら悠然と立ってるだろうし、ちゃんとしなくちゃ)


 急いで取り繕うと、先ほど助けた隊長らしき人物がガバリと頭を下げてきた。


「お手間をおかけいたしました!! 我々では歯が立たなかったというのに、単独でのオーガ討伐……流石でございます!! お怪我はございませんか!」


「ええ、大丈夫です。それより、皆さんのご無事を確認できて、よかった……」


 彼方の心からの言葉に、兵士たちが固まった。

 (あ、まずい。そう言えばアッシュさんって無口な人だったんだっけ)


 うっかり本音で口を開いてしまい後悔した彼方だったが、兵士たちはむしろ感激したように頭を下げてきた。


「お気遣い痛み入ります。我らもアッシュ様だけに頼らずに済むよう、精進いたします。」

「あ、ああ。」


 感激を噛み殺しながら答えている様子の隊長に、彼方はやや引いた。彼方としては当たり前のことを言っただけなのだが、どうやらアッシュは兵士からかなり尊敬されているらしい。


(こんなの慣れる気がしないぞ)


 武装した男たちに熱く見つめられる経験なぞ無い彼方は、胸中で苦笑した。


 そんな中、1人の兵士がオーガの亡骸を見て疑問を持ったようだ。


「失礼ながら、アッシュ様。なぜ、腹の中から焼かれたのですか??」


 まずい、と彼方の背筋に冷たい汗が流れた。


 なぜと聞かれても、必死で戦った結果である。彼方には、アッシュの戦い方の真似なぞできないのだ。泥臭くなりふり構わない戦い方の説明を、なんとかしなければいけなかった。


 彼方は、努めて冷静に、言葉を選んで答えた。


「このオーガに違和感はありませんでしたか」


 必殺。理由は自分で考えてくれ作戦である。


 その言葉に、兵士たちは顔を見合わせ、口々に答えた。


「そもそもオーガの発生自体があり得ないよな」

「結界の綻びと報告された地点でも、ここまで強い魔物は生まれてなかったはず……」

「……もしや結界の力が更に弱くなってしまったのか……」


 彼方の問いに、兵士たちの興味はオーガがなぜ現れたのかと言う方向に変わったらしい。


 胸を撫で下ろすと共に、それは彼方と感じた違和感だった。レオから聞いていた結界の情報を加味しても、結界が弱まったことが原因だと思えなかったのだ。


 魔素の攪拌が弱まった、という理屈ならば国中である程度の被害が出ていそうなものだが……


 なんと言うか、局地的なのだ。


「……少し、あたりを調べよう。オーガが現れたのには、何か理由が見つかるかもしれない」


 彼方の提案に、兵士たちは頷き、周囲の捜索を開始した。


 彼方は、ひとりオーガの痕跡を遡るように辿ってみることにした。


 足跡を見る限り近くの森から出てきたらしく、その終着点を彼方は目指す。


 彼方が魔物と相対していたのはそのほとんどが森だったと思い至ったからだった。


 やがて、足跡の終着点。オーガが発生したであろう地点に彼方は到着した。


 特に何も無いように感じられた。ただただ、木に囲まれ、少しひらけたようなその場所に、一つ岩と呼ぶには少々小さいが、確かに大きな石があった。


 その石の下に、押しつぶされた青々とした草が僅かにはみ出ていて、ここ最近この石が「動いた」ことがわかる。


(魔法陣を刻むのに適しているのは……石)


 先ほど彼方の命を救った石が、脳裏をよぎった。念の為、彼方はその石を動かしてみることにする。


「うお……!!手袋つけたままだと手が滑るっ」


 金属が縫い付けられているせいか、大きい石に苦戦しながらもなんとか裏返すことに成功した。


 そして、息を呑んだ。


 石の裏側——本来なら土に汚れているはずの平らな面に、魔法陣が掘り込まれ、その溝を茶褐色のもので塗りこんであったのだ。


「うぇ……気持ち悪……」


 血が渇いたような色のそれに、彼方は最悪な気分になったが、急いで自警団の兵士たちを呼びに走った。


 やがて、彼方の案内でその岩を見た自警団たちは、眉を顰める。


「……これを、どう思う」

 彼方の問いに、隊長は眉間に深い皺を寄せ、険しい表情で魔法陣を見つめた。


「長年、自警団に所属しておりますが、このような不気味な魔法陣は……初めて目にします。間違いなく何かの魔術的な仕掛けでありましょう」

「そうか……」


 隊長も知らない。エリアーデのメモを見てもこんな禍々しく塗装するようなやり方は載っていなかったはずだ。


(確認しないことには、わからないか……)


 兵士たちにわからない以上、頼みの綱はレオである。


 彼方は、ひとまず元に戻そうと、再び岩に手をかけた。


 その時だった。

 持ち上げた拍子に体勢が崩れ、彼の肘の内側が、魔法陣にじっとりと触れた。


「……っ!?」


 瞬間、空気がゼリーのように粘性を帯び、呼吸が苦しくなる。肌がチリチリと粟立つような、強烈な不快感。全身が、まるで拒絶反応を示すかのように逆流する感覚。


 彼方は咄嗟に岩を投げ出し、その場から飛び退いた。


 ドォンッ、と重い音を立てて岩が地面に落ち、草が潰れる。


「アッシュ様!?」

「どうされましたか!」


 兵士たちが駆け寄ろうとした、その時だった。

 一人の兵士が叫ぶ。


「た、隊長!! 俺の鎧が……!! 急に、色が変わって……」


 その言葉に、他の兵士たちも次々と己の武器を確認する。


 兵士たちの剣や鎧の表面が、まるで毒に侵されたかのように鈍く黒ずんでいくのだ。一瞬にして金属の色が変わる異常な現象に、皆の顔に恐怖が走る。


「馬鹿な……結界が正常に作動している限り、これほどの魔素濃度はあり得ん!!」


 どうやら、金属と魔素の相性が悪いと言うのは、このような結果をもたらすらしい。


 隊長の叫びを聞きながら、彼方は周囲を警戒するようにゆっくりと見回した。


 魔素の濃度は、岩から離れるにつれて少しずつ薄まっているように感じられる。


 隊長の命令で後退を始めた兵士たちも、黒ずんだ剣や鎧が僅かずつではあるが、元の色を取り戻し始めていた。


 彼方は、己の身体に起きている異変と、兵士たちの金属装備の変色を結びつけながら、岩に描かれた魔法陣を凝視した。


(俺が触れた途端に……魔素が濃くなったのか)


 彼方は、確信した。

(この岩の魔法陣が、周囲の魔素を無理やり濃くする魔法陣なのだとしたら……)


 彼方は知っているのだ。


 魔法陣は、魔法の原理を理解したものが触れていないと発動しないと言うことを。


 初勝利の安堵は、すでに消え失せていた。


 彼方の心には、より大きく、そして冷たい、未知の脅威に対する悪寒が走り抜けていた。


 彼方は急いで石の魔法陣に剣で傷をつけた。


「アッシュ様、何を……」

「魔法陣に傷を入れた。これでおそらく無力化できているはずだ」


(多分)


 と、この場では口に出せない不安が拭えず、彼方は安全策を取ることにした。


「隊長。貴殿は残りの兵士と共に、この魔法陣と周辺を厳重に警戒しろ。魔物が生まれずとも、連絡があるまで何者にもこの岩に触れさせるな」


「は!! アッシュ様はどちらへ」


「この魔法陣の詳細を、一刻も早く王都に持ち帰らねばならない。レオ陛下に直接報告し、この事態への対処を仰ぐ」


「かしこまりました。こちらはお任せください!!」



 兵士たちの見送りを受け、彼方は踵を返した。

 王都へ向け、アッシュの驚異的な脚力で駆け戻る。


 彼の脳裏には、禍々しい魔法陣の紋様と、それがもたらすであろう不穏な未来が、重くのしかかっていた。


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