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20-3・決着~麻由の謝罪~化提灯~剛太郎と祖母

 ようやく戦場を探し当てたバルミィが、美穂と真奈を背に乗せて空から降りてきた。真奈を先行させた理由は、状況次第では命令権を発動させてジャンヌを止める為。しかし、合流をした真奈は、既に息が荒く、疲労をしている。


「くそっ!

 戦いがハイペースすぎて、命令権を発動させるだけの体力は、

 維持できそうにないか?」


 ジャンヌは、奥義2発と魔力の傘によって、限界以上の体力を消耗した。しかし、自身の魔力の他に、マスターからの自動的な体力供給がある為、まだ辛うじて体力が残っている。オラクルの旗を杖代わりにして力を振り絞って立ち上がり、セラフが立っていた場所に視線を向ける。だが、その場所に、セラフの姿は無い!


「はぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!」

「なにぃっ!!」

「今の一撃で決着を付けたかったのが本音ですが、

 光を無効化される可能性は予測をしていました!」


 ジャンヌの眼前まで迫ってきたセラフが、装備をしていた静薙刀を渾身の力で振り切った!慌てて、後退をするジャンヌ!オラクルフラッグが、セラフの静薙刀に弾かれ、ジャンヌの手から投げ出されて地面に落ちる!これで、もう奥義は発動できない!セラフは、ジャンヌ目掛けて更に踏み込んで、静薙刀を振り下ろす!


「児戯に等しい剣技で・・・私を出し抜いたと思うなぁぁ!!」


 ジャンヌは反射的に腰に帯刀してあるフィエルボワソードを抜いて、半歩踏み込んで長刀に有利な射程を消し、静薙刀を受け止めた!セラフは、接近戦の素人!踏み込みすぎ、間合いを空ける動作すら怠ってしまった!


「おぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっ!!」


 ジャンヌは空いている方の手で静薙刀の柄を掴んで、セラフの腹に渾身の蹴りを叩き込んだ!武器から手が離れ、弾き飛ばされて数歩後退するセラフ!追い撃ちの突進をしてくるジャンヌに対して、腰に帯刀してある小太刀を構えて応戦するが、一太刀目の切り結びで力負けをして尻もちをつく!ジャンヌは、奪い取った静薙刀を投げ捨て、フィエルボワソードを構えて、セラフ目掛けて突進!


「見事だったぞ、天の巫女よ!だが、貴殿は、大きな読み違いをしている!

 確かに、私は剣の技術は低い!

 だからこそ、我が剣に奥義が付加されている事など、誰も予想は出来まい!

 旗を媒体とする“神殺しの蛇”以外にも、貴殿を仕留められる奥義があるのだ!」


 気合いを発したジャンヌの全身が、漆黒の炎に包まれた!

 “あの日”、ジャンヌダルクは、手枷をはめられた状態で、ヴィエ・マルシェ広場で高い柱に縛り付けられた。足元に積まれた薪に火がくべられ、炎が上がり身が焼かれる。終わる事の無い灼熱地獄。灼熱地獄が終わる時は命が終わる時。其処に神の慈悲は無い。ジャンヌは、神を恨み、見物する民を恨み、意識が無くなる寸前まで、憎しみの目で炎を睨み続け・・・死んだ。


 ジャンヌの身を焼き、肉体が爛れていく事を感じながら死の直前まで睨み続けた炎!肉体に刻まれた恨みの炎の記憶は、今も体内に燻り続けている!悪しき記憶と共に、全身を蝕む灼熱の炎を召喚して敵を焼く!

 ジャンヌの全身を取り巻く漆黒の炎が、フィエルボワソードに吸い込まれていく!


「喰らえ!貴殿の生命が終わるまで、消える事の無い裁きの炎!

 フラムジャッジ!!」

「・・・くっ!」


 セラフは尻もちをついたまま体勢を立て直せない!脳裏に逃れられない死がよぎる!抵抗を諦めかけたその時!


  『戦うべき戦いからは、絶対に逃げるな!魂で戦うんだ!』


 戦いが始まる前に美穂がくれたアドバイスが、脳から伝わって全身を支配した!


「うわぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 無我夢中でジャンヌに向かって手を翳すセラフ!光の渦が出現をしてジャンヌを取り囲む!ジャンヌのフラムジャッジは、寸前で阻まれてセラフには届かない!ジャンヌは力尽くで光の渦を退けようとするが、強固な光はジャンヌを通さない!


「くっ!まだ、このような技を繰り出す力があったか!?

 だが、消極的な防御に徹するという事は、もはや攻撃手段が無い証!

 この防壁を破れば、私の勝ちだ!!」


 ジャンヌは「剣の技術は低いからこそ、剣に奥義が付加されている事など、誰も予想をしない!」と言った。

 それはセラフも同じ!この土壇場で、弱点だらけの奥義を発動させる事など、誰も想像はできない!その場にいる誰もが、使い物にならない技と解釈をして、頭の片隅にすら留めていない!・・・勝利を確信したセラフ以外は!


 ジャンヌは苛立ちを募らせ、周囲を囲む光の渦を振り解く為に、フィエルボワソードを頭上高く振り上げた!

 弾かれたようにして立ち上がり、鎌鼬のキーホルダーを召喚して小太刀に取り付けるセラフ!勢い良く踏み込んで、鎌鼬の妖力で満たされた小太刀の刃を、渾身の力で振り下ろした!


「はぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!」


 カマイタチの真空波発動!ジャンヌは慌てて防御の体勢を作ろうとする!しかし、遅かった!

 ジャンヌはノーガードで光の真空波の直撃を喰らって弾き飛ばされる!ダメージによって変身が強制解除され、生身のジャンヌに戻ってしまう!そして、衝撃に全く抵抗できずに、崖の上から投げ出された!

 辛うじて崖上にせり出した岩を掴んで墜落を防ぐが、既に体力は限界で、ダメージも重く、手に力が入らない。


「ふっ・・・見事だ、天の巫女。

 やはり私は・・・神に見捨てられた命だったんだな」


 もはや自分の体重を支える事ができず、指が掴んでいた岩から離れ、高さ十数mの崖下に向かって落下を・・・


「ジャンヌッ!!」 「・・・なっ!?」


 ジャンヌが落下を受け入れた直後、上から手が伸びてきてジャンヌの腕を掴んだ。ジャンヌが顔を上げると、セラフが崖の際から半身を乗り出すようにして、ジャンヌの腕を掴んで支えている。

 ジャンヌは怒りの表情で、セラフを睨み付ける!


「何故・・・貴殿が私を?」

「わ、解りませんっ!」

「敗者の私を捕縛して、あの時(生前)のように、笑い物にするつもりか!?」

「そんなつもりはありません!」

「ならば手を離せ!ひと思いに殺せ!

 何故、飼い殺す!?貴殿は、私になど用は無いはずだ!」

「ただ・・・私は、アナタに謝りたくて!」

「なに?」

「私は昨日、アナタを激怒させてしまいました!」

「それがなんだ!?偽善者め!!」

「アナタが怒るのは当然だと思います!

 だって私・・・他人を助けられる力なんて何も無い。

 もし、アナタが生きた時代に存在していたとしても、

 アナタに手を差し伸べる事なんてできなかった」

「な、何が・・・言いたいのだ!?」

「私は泣く事しかできない!

 アナタが捕縛されたのを見て、尋問をされるのを見て、焼かれるのを見て、 

 ・・・きっと、何もできずに泣くだけだったと思う」

「・・・泣く・・・だと?」

「泣いて・・・アナタに謝る事しかできなかったと思います」

「神が・・・私の為に泣く・・・だと?」


 それまで興奮状態だったジャンヌの鼓動が、セラフの言葉を聞いて少しずつ穏やかに変化する。怒りに満ちたジャンヌの表情が、セラフの言葉を聞いて少しずつ穏やかに変化する。


 農夫の娘・ジャンヌダルクは、神の啓示に従って決起をして、オルレアンの奪還をして敗北寸前だった故郷を救い、シャルル7世を国王として戴冠させる事に成功した。その後、ジャンヌは、強硬な進軍を主張して、国王側近たちとの対立をして、次第に宮中で孤立をする。


「そうか・・・私は、英雄として扱われるのが嬉しくて

 ・・・勝ち進む事だけを考えていた。

 民を救う為と言いながら、巻き込まれる民や、戦いで失われる兵の事など、

 考えていなかった。

 王家が戦いをやめる道を模索していたにも係わらず・・・

 私は戦い続ける事を望んだ。

 そんな私に神の啓示は無かった。当然だろう。既に私の命運は尽きていたのだ。

 啓示が無い事こそが、神の加護が失われたという啓示・・・

 戦い続ければ破滅をするという警告だったんだ」


 炎に焼かれながら、何を考えていた?身も心も魂も神に捧げていた。神を慕い続けたからこそ、啓示を漏らしては成らない約束を最後まで守り通した。死など怖くなかった。恨んでいたのは神ではない。民衆でもない。決断を間違えた自分自身だった。自分自身への、やるせない気持ちを、他人への恨みと錯覚していた。ならば、炎に焼かれながら何を期待していた?


「私は、アナタを助ける事なんてできない!

 泣いて謝る事しかできない!

 神を信じてくれてありがとうって・・・それしか言えない!」

「礼・・・?・・・そうか・・・そうだったんだ」


 やっと解った。既に命をも神に捧げていたジャンヌは、名誉も、生きながらえる事も、望んではいなかった。ただ、神からの労いの言葉が欲しかった。例え肉体を失っても、その言葉で、ジャンヌダルクの魂は報われたのだ。

 ようやく、2度目の生を受けた理由が理解できた。それは復讐の為ではない。復讐から魂が開放される為だった。


「・・・私の・・・負けだ」


 俯き、呟くジャンヌ。その表情は、年相応の乙女に戻っていた。もう、ジャンヌダルクの魂に、復讐の黒い怒りは存在しない。

 セラフが、反発をやめたジャンヌを崖の上に引っ張り上げようとする。しかし、精も根も使い果たしたのはセラフも同じ。ジャンヌの救出作業は思い掛けずに難航する。ようやく、ジャンヌの手が地上に上がってきた!


「おぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉっっっっっっっ!!!」


 その時、セラフの背後に強大な闇が立ち上がる!闇は不気味な雄叫びを上げながら一カ所に集まり、次第に丸く形を整えて、直径3mほどの化提灯が出現をした!


「・・・え?」

「闇の生物?・・・こんな時に!!」


 セラフがジャンヌの体を支えながら、背後を振り返ろうとする。しかし、セラフの動作よりも早く、化提灯の生命力吸収が開始される!セラフは全力でジャンヌを引っ張り上げている最中の為、化提灯に対応が出来ない!


「う・・・うわぁぁぁっっっっっっ!!」


 化提灯は、2度のセラフとの戦闘で、生命力を吸収して大きくパワーアップをした結果、小賢しい知能を持つようになっていた。セラフとジャンヌが戦っている間は、気配を殺して闇に潜み続け、2人が消耗をしたタイミングを待って出現をしたのだ。


「チィィ!」


 妖怪に対して無警戒だったのは、セラフとジャンヌだけではなかった。警戒心の強い美穂でさえも、決着に安堵をして緊張感が途切れ、警戒を怠っていた。非戦闘員の真奈は驚き、まだ戦えない美穂は悔しそうに舌打ちをする。

 其処に、ようやく、紅葉&バルミィが到着!セラフとジャンヌの救出に向かう!


「マユっ!」 「今行くばるっ!」


 懸命にジャンヌを引っ張り上げるセラフ!しかし、体力の消耗が著しく、変身が強制解除をされて、麻由の姿に戻ってしまう!だがそれでも、麻由はジャンヌの手を離さない!


「手を離すのだ、天の巫女よ!今のままでは貴殿がっ!!」

「嫌だ・・・絶対に・・・離さない!」

「愚かなっ!愚かすぎるっ!!

 なぜ、既に終わった命の為に、其処までムキになる!?」

「ここでアナタを見捨ててしまったら、

 過去にアナタを助けなかった神と同じになってしまう!

 私は、泥水の中は、一人では泳げない!

 でも、それは、私だけではない!アナタもきっと同じ!

 私に紅葉達が手を差し伸べてくれたように・・・

 私もアナタに手を差し伸べたいっ!!」

「・・・泥水・・・だと?」

「うわぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 有りっ丈の力を込めてジャンヌを引っ張り上げる麻由!ジャンヌの手が地上を掴んだ!手掛かりを得たジャンヌは、崖の突起に足を掛けて力を込め、ようやく地上に這い上がった!直後、戦闘疲労と生命力の吸収で限界を迎えていた麻由は、力尽きて倒れてしまう!


 ゲンジは「邪気退散」と書かれたハリセンを召喚して握りしめ、化提灯に向かって飛び上がる!しかし、強大な生命力を得た化提灯が全身から炎を発して、ゲンジを弾き飛ばす!そして、辺りを炎に包んだまま、生命力の吸引を開始した!


「んぁぁっっ!ヤバぃっっ!!」


 吸引力が強すぎる!ゲンジだけでなく、美穂も真奈もバルミィも、ジャンヌや倒れた麻由も生命力吸引の対象だ!こんな凄まじいペースで生命力を吸われたら、闇に対する防御力があるゲンジ以外は、直ぐに生命を吸い尽くされてしまう!




-文架総合病院・老婆の病室-


 患者達は消灯前の時間を自由に過ごしている。各ベッドを遮蔽するカーテンの内側で、深く眠っている老婆の周囲に闇が満ちている事には、誰一人気付いていない。

 同室の誰にも感知されず、老婆のベッドを囲んでいるカーテンが、一瞬だけフワリと動いた。


「・・・ばあちゃん」


 こうお婆さんのベッドを囲むカーテンの内側に、周囲に悟られないように気配を消した人影が立っている。影は、掌に浄化の光を蓄え、老婆の周りに立ちこめる闇に手を伸ばし、念に憑いた闇を浄化する。それが、妖怪から老婆に供給される生命力を断つ事を意味しているのは、充分すぎるほど理解している。


「ごうちゃん?・・・会いに来てくれたのかい?」


 虫の知らせと言うべきなのか?人影が完全に気配を消しているにも係わらず、老婆は彼の存在に気付いて薄らと目を開け、名を呼んで微笑んだ。


「すまん・・・起こしてしもうたか、ばあちゃん」

「久しぶりね。元気にしてたかい?」

「あぁ、わしゃ元気じゃ。安心してくれ」


 老婆が影に向けて細い手を伸ばしたので、人影は老婆の手を力強く握りしめる。


「おばあちゃんね、素敵なお友達ができたの。

 そのうちの一人が、ごうちゃんとお似合いだと思うの。

 きっと、素敵なお嫁さんになるから、

 今度、会ってくれると、お婆ちゃん、嬉しいのよね」

「いやじゃのぉ、婆ちゃん。わしを何歳じゃ思うとるんじゃ?

 でも、婆ちゃんが言うなら、一回くらい会うてみるかな?」


 老婆は、穏やかな目で、孫を見つめ、優しそうな笑顔を見せる。


「ごうちゃんも、その子と同じ・・・嘘が上手じゃないのね。」

「バレたか・・・御免な。

 でもな、ばあちゃん、実はわしにゃあ、命をかけて守りたい女性がおるんじゃ」

「へぇ~?そうなの?

 悪いお友達と喧嘩ばっかりしていたごうちゃんに、大切な女の子がねぇ?

 なら、そのお嬢さんの事、一生、大切にするんだよ」

「あぁ、もちろんだ」


 彼は知っている。老婆が思い描いた少女と、自分が大切に思う女性が同一人物だという事を。だけどそれは言葉にはしない。


「じゃけぇさ、ばあちゃん。

 わしの事は心配せんでええけぇ、ゆっくりと眠ってくれ」

「そうね。なら、もう少し眠らせてもらうね」

「あぁ、おやすみ、ばあちゃん」

「おやすみなさい、ごうちゃん」


 老婆は、安心をした穏やかな表情で目を閉じ、再び眠りに就く。もう、老婆の周りに闇は存在しない。老婆の念に付いた闇は浄化された。龍山剛太郎は目から流れる滴を数滴ほど老婆のベッドに落とし、その場から立ち去る。

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