19-4・麻由と老婆~戦えないセラフ~ジャンヌ援軍
-老婆の病室-
取り残されてしまった麻由は、こう婆ちゃんのベッドに備え付けられた椅子に座って寝顔を眺めていた。
妖怪の発した「生きたい」という老婆の願いが、麻由の耳から離れない。バルミィの攻撃から妖怪を庇った行為が愚かな事は解っているが、容赦なく倒すのが正解とも思えず、どう対処をするべきか解らない。
「・・・おや?麻由ちゃん?また、遊びに来てくれたんだね」
老婆が目覚めた。布団の中から手を出して、枕元の辺りを探って何かを探す。麻由は周囲を見て、ベッドのリモコンを手に取り、「これですか?」と老婆に差し出した。老婆は穏やかに微笑んでリモコンを受け取り、操作をしてベッドの上半身側を起こした。
「今度は一人で来てくれたのかい?」
「い、いえ、そういうワケでは・・・」
「元気が無いみたいだけど、何かあったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・い、いえ、なにも」
「おほほっ・・・麻由ちゃん、嘘はあんまりお上手じゃないみたいね」
さすがに、「アナタが発生させた妖怪の事で悩んでいる」とは言えないので咄嗟に誤魔化したが、老婆には「何かを誤魔化してる」と見抜かれてしまった。老婆が麻由に向かって細い手を伸ばしたので、麻由は老婆の手をそっと握りしめる。
「お婆ちゃんね、今、とっても悲しい夢を見ていたの。
夢の中で、麻由ちゃんが泣いていたの。
泣きながら、お婆ちゃんを守ろうとしてくれたの。
だからね、お婆ちゃん、麻由ちゃんを慰めてあげたいって思って近付いたの。
そうしたら目が覚めて、目の前に麻由ちゃんが居たのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「不思議よね。さっきお友達になったばかりなのに、もう夢で見ちゃうなんてね」
老婆は、セラフがバルミィの攻撃の盾になった事を言っている。老婆が見た夢は、妖怪の活動とリンクしていたのだろう。老婆が眠ると、妖怪が出現をして、妖怪と老婆の意識が共有されて、妖怪が体験した事が老婆の夢に投影される。やはり、提灯の妖怪を倒したくない。麻由は不安を隠して平静を装うとするが、表情があまりにもぎこちなくて、老婆には隠し通せない。
「麻由ちゃんは優しい子ね。お婆ちゃんに心配をさせたくないのね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「本当に・・・麻由ちゃんみたいな素直な子が、
孫のお嫁さんになってくれると嬉しいんだけどね」
「あ・・・ありがとう・・・ございます。
こ、こうさん、飲み物か何か買ってきましょうか?」
こう婆ちゃんの孫の件については、「スゲー良く知ってる奴なんじゃね?」って意味で興味があるが、「正解」だったら怖いので、あえて聞かない。
ようやく紅葉が戻ってきてくれた。紅葉は躊躇いなく会話に割り込んで、学校であった事や食堂で食べたハンバーグが美味しかった事など、どうでも良い話題を楽しげに話し、こう婆ちゃんは笑顔で聞いている。
「あら、美野さん。今日は随分とお元気そうね」
同室の患者がこう婆ちゃんに声を掛ける。紅葉と麻由は表情をしかめてしまう。老婆が元気な理由は、麻由の生命力を吸収したからだ。紅葉達は此処には遊びに来たわけではなく、妖怪の正体を確認しに来たのだと改めて思い出す。
その後、しばらく3人で会話を続け、夕食の時間になったので紅葉達は美穂の部屋に引き上げる事にした。
「・・・ん?」 「あっ!」 「あら?」
ジャンヌは紅葉達を避ける為に屋外や病院内を散歩して時間を潰しており、ちょうど戻ってきたところで紅葉達と出くわしてしまった。
「サンポ、終ゎったのぉ?ちょっと気分悪そうだったけど、ダイジョブ?」
「楽になりました」
紅葉とジャンヌは先ほど話したので、今は特に話す事も無く、挨拶程度で別れようとするが、麻由には話したい事がある。・・・と言うか、あまり話したくはないが、ついさっき「否定から入る悪いクセ」を反省したばかりだ。
「あ・・・あの・・・」
「はい、なんでしょうか?」
ただし、事実をそのまま教えるのは、どうなんだろうか?ジャンヌの復権裁判と聖人扱いは、全く別の話。今ではフランスを救った英雄として世界中で人気を得ているが、元々、聖人として扱われた理由は、国民の愛国心を煽る為の「救国の女性アイドル」として「宗教的な政治利用」が始まりである。つまり、「名誉」は死後25年で回復されたが、「聖人」としての評価が先ではなく、権力者によって知名度を利用されたあとに「聖人」が付加されたのだ。こんな事を聞いたら、また「為政者は許せん!」て憎悪しそうだ。
「念のために確認したいのですが、
アナタの死から約20年後に、アナタの祖国はイングランドを追い払って、
長く続いた戦争が終結したことは、ご存じかしら?」
「・・・い、いえ!では、祖国が勝利したのですか?」
「アナタの決起が無ければ、アナタの祖国は敗北をしていました。
だから、戦後、アナタの異端を無効にする為の裁判が始まって、
アナタは無罪になり、名誉が回復されたの。
それが、祖国を救った英雄として今に語り継がれている理由なのよ」
「・・・それが、私は聖人と呼ばれる理由?」
かなり大雑把な説明だ。ややこしい事実は全部省いた。もちろん、戦意高揚に利用されて「聖人」としての知名度が跳ね上がった事は内緒にする。
「アナタが知りたがっていた疑問の答え、これで良いかしら?」
「・・・か、かたじけない」
ジャンヌが納得をしたので、麻由は踵を返し、紅葉と並んで美穂の病室に戻っていく。
ジャンヌは「祖国が勝利した事」と死後とは言え「名誉が回復された事」を内心で素直に喜ぶ。自分の決起は無駄ではなかったようだ。麻由の背に向かって深々と頭を下げる。
部屋に戻ると、こう婆ちゃんは眠っていた。ジャンヌは、老婆のベッドの方を見つめる。室内を支配する空気が変わった。
「・・・老婆が眠りに落ちて意識が無くなると、闇の生命が出現するのか」
ジャンヌが感覚を研ぎ澄ませると、薄い闇が老婆の周りに立ち上がっているのが解る。
-売店-
買い出しをしていた紅葉と麻由は、妖気の発生を感知する。こう婆ちゃんが依り代の、化提灯が再出現をしてしまった。対応策は何も無い。気持ちも割り切れていない。だけど放っておく事はできない。
「マユッ、ヨーカイゎ任せてもィィ?
ヨーカイが被害出さないように、邪魔だけしてくれればィィから!」
「倒さないって事?・・・でも、紅葉は?」
「・・・ん!ァタシ、急いで婆ちゃん起こす!
きっと、そ~すれば、ヨーカイ消えるから!」
それでは根本解決には成らない。でも今は「他に手段が無い」と判断をして、紅葉と麻由は相槌を打って、紅葉は駆け足で老婆の病室に向かい、麻由は病院から出てHスマホを掲げる。
「幻装!」
聖幻ファイターセラフ登場!身近な雑居ビルの屋上に飛び上がって、妖気が強い場所を探す!
100m程度離れたスーパーあやか2号店(川東店)の屋根の上に、闇が集中をしている。今はまだ、会社帰りの客で賑わっている時間帯だ。そんな場所に妖怪が出現をしたらパニックになる。
セラフは梓弓を召喚して、約100m先の闇を目掛けて矢を射る!闇が一塊になり、化提灯が実体となって出現!セラフが射た矢は外れ、化提灯は「此処に居たら攻撃の的になる」と判断をして、空を飛んでスーパーマーケットから離れる!セラフは屋上からジャンプをして、道路を挟んだ対面にあるビルの屋上に着地!素早く駆けて飛び上がり、ビルの屋上や民家の屋根を足場にして、時折立ち止まって矢を放ちながら化提灯に接近をする!
-数分後・病院から少し離れた田園地帯-
セラフの射た光の矢が化提灯の側面を掠り、失速をした化提灯が田んぼの真ん中に墜落!続けてセラフが着地をして、弓を構える!
《アト 少シデ良イカラ 生キタイ・・・少シデ良イカラ 生キタイ・・・》
化提灯の声はセラフを怯ませる。光の矢の矢筈を握りしめ、深呼吸をして、化提灯に向かって弓を引きしぼった。しかし、マスクの下の麻由の目は、迷いと不安でいっぱいだ。
-文架総合病院・老婆の病室-
「ばぁちゃん、ねぇ、ばあちゃん!起きてっ!」
紅葉が睡眠中のこう婆ちゃんを揺さぶって起こそうとする。しかし、老婆が眠りから覚める気配は無い。まるで老婆を覆っている闇が老婆の起床を妨げているように感じられる。その闇を介して、紅葉にも老婆の念の声が聞こえてくる。
《・・・マ・・・ユ・・・チャン・・・ありがとう・・・ありがとう・・・》
「!!!!?・・・お礼?」
起こす為に老婆に触れていた紅葉には、老婆の体に瑞々しい生命力が流れ込んでくるのを感じた。戦闘を見なくても見当が付く。セラフは妖怪に生命力を吸われているの。悠長にしている余裕は無い。紅葉は老婆に触れている手に力を込め、どうにか起こそうと努力をする。
-田園地帯-
一回り肥大化した化提灯が空中を縦横無尽に飛び回って、セラフを翻弄!全身に闇を纏い、セラフに襲いかかる!セラフは脇に逃げて回避しつつ、弓を構えて光を番えて3連ほど撃った!
「おぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉっっっっっっっ!!!」
化提灯は巨大な口を開けて、セラフが撃った光を3つとも吸い込んでしまう!全身に瑞々しい生命力が行き渡り、妖怪の邪悪さが増す!口の中に溢れんばかりの炎を蓄えて、セラフに向かって吐き出した!セラフは理力で体を覆って防御をするが、炎の勢いに押し切られて弾き飛ばされ、地面を転がる!
《・・・マ・・・ユ・・・チャン・・・ありがとう・・・ありがとう・・・》
動揺をしながら戦うセラフでは、理力を上手く扱う事ができず、セラフが打ち出している光は浄化力を有していない。ただの生命力を撃っているだけなので、妖怪からすれば「セラフは上質な餌を蒔いてくれている」ようなものだ。
-文架総合病院・美穂の病室-
廊下からけたたましい足音が聞こえてきた!ドアが乱暴に開けられる!
「マスター!居ますね!!」
「・・・え?」 「ばるっ?」 「ちぃぃっ!こんな時にっ!」
突然の想定外の来訪者に、美穂達は息を飲んで身構えた!ジャンヌが部屋に飛び込んできたのだ!
「あのままでは、どうにもなりません!
マスター、すまないが、私に命令権の発動を!!」
「・・・え?」 「ばるっ?」 「はぁ?」
美穂達はジャンヌの言い分が全く理解できない。奇襲をかけておいて「命令しろ」ってなんだ?・・・ってか、部屋に踏み込んで、問答無用で剣を振り回していたら、バルミィはともかく、美穂は確実に殺られていた。ジャンヌは襲撃を掛ける為に此処に来たのではない?
美穂は臨戦態勢のバルミィを制止して、一定の警戒をしつつジャンヌに話しかける。
「真奈に、どんな命令を求めている?
こっちは真奈に、アンタに自害しろって命令を発動させる事だってできる!
それを承知で此処に来たのか?」
「ん?貴殿は白い騎士か?
その言い分だと、我々(リベンジャー)の事を少しは学んだようですね。
ですが、今はそんな事はどうでも良い!
言いたい事があるなら後にしてください!
今のまま放置をしたら、あの闇の生命(化提灯)は手が付けられなくなる!
それでは、何も知らない民達に甚大な被害が出てしまう!
『奴を倒す命令をして欲しい』と言っているのだ!」
「どういう事ばる?妖怪が出現しているばる?」
「はい!天の巫女が対応に向かったが、敗北寸前です!」
「解るのか?」
「力の根源は違うが、似た闇属性ゆえに、ある程度は感知できます!
私は、神と民への復讐を糧に肉体を得た為、独断で民を救う行動は出来ない!
契約違反となり、肉体を失ってしまう!
マスターの命令権の発動で行動するしか介入をする手段は無いのだ!」
「アンタが、私達に力を貸すっての?何のつもりだ?」
「先ほども言ったはず!言いたい事があるなら後にしてください!
あえて言うなら、現世の民が滅ぼすに値するのか・・・解らなくなった」
ジャンヌの言い分は破綻をしている。人間を滅ぼす為に生き返ったのに、人間を助けようとしている。こう婆ちゃんの優しさに触れ、紅葉にジャンヌの内面にある矛盾を突かれ、麻由から「聖人化」の理由を聞き、少しずつ何かが変わり始めている事を、美穂は知らない。
ハッキリとしている事は、真奈の命令があれば、ジャンヌが妖怪の討伐に向かってくれるという事だ。
「真奈!命令をしろ!」
真奈は「ジャンヌは悪人ではない」と思い始めている。ジャンヌを信用して有りっ丈の気持ちを込めて掌を翳した。
「マスター熊谷真奈の名をもって、ジャンヌダルクに命じる!
麻由ちゃんと交戦中の妖怪を倒して!」
「承知した!」
真奈の体力が大幅に減って倒れそうになったところをバルミィが支える。命令を受けたジャンヌの体が一瞬だけ輝いた。これで、この1戦だけは、召還時の契約とは関係無く戦える。
ジャンヌは、丹田に力を込めて気合いを発した!すると、首からぶら下げた懐中時計が反応をして青い光を放つ!
「マスクドチェンジ!!」
ジャンヌの全身が発光をして、夜目にも眩しい青銀のプレートアーマーで覆われた!マスクド・ジャンヌ、変身完了!
床を蹴って勢い良く窓の外に飛び出し、落下をしながら、懐中時計を握りしめて念を込める!鎧を着込んだユニコーンが現れ、ジャンヌを背中で受け止め、力強く地面を蹴って飛び上がった!そして、夜空を駆けて戦場に向かう!
バル&真奈は呆然とジャンヌが向かった先を眺め、美穂はクスリと笑う。このパターンは予想していなかったが、反目した敵を無意識に抱き込めるヤツなんて美穂は1人しか知らない。紅葉の「人間磁石」ぶりは顕在のようだ。
-田園地帯-
化提灯が発した炎がセラフを囲み、前後左右への退路を塞いでいる。5mほどの大きさに成長した化提灯が頭上を抑えている為、上空への退路も塞がれている。セラフの肩や腕のアーマーからも、炎が上がっている。セラフの生命力を吸収し続けてパワーアップをした結果、セラフを追い詰めるほどに成長をしていた。セラフの体に纏わり付いている炎は、肉体ではなく生命力を灼いて化提灯に吸収される。
セラフはその場に崩れ落ちて片膝を付く。妖怪を倒せずに迷い続けた結果、状況が最悪になりつつある。紅葉が老婆を起こす作戦は既に破綻している。しかしそれでも、「紅葉が老婆を起こしてくれれば、妖怪は消えるはず」と、藁にしがみつく思いで朦朧とした意識で病院側の空を見上げる。
「・・・・・・!?・・・あれは?」
炎が作った陽炎の向こう側、馬が空を駆け、こっちに向かってくる!そして、空飛ぶ馬から青銀の鎧の戦士が飛び降り、旗の付いた槍を構えて、真っ直ぐに降下してきた!
「おぉぉぉぉっっっ!!!テュエ・ディユ・セルパン(神殺しの蛇)!!!」
決して忘れる事のできない忌まわしい“蛇のように伸びる光”が、化提灯のど真ん中を貫いた!
直後に青銀の騎士がセラフの目の前に着地をする。そして、騎士の背後で、化提灯は穿たれた風穴から黒い靄が吹き出し、苦しそうな嘶きを上げ、徐々に半透明になって闇夜に溶け込むようにして逃走をした。
僅か1分弱。あっという間の出来事だった。浄化能力を持たない攻撃なので妖怪は逃げただけだが、その鋭利に研ぎ澄まされた必殺技と、凜としたマスクドジャンヌの勇姿を前にして、セラフは息を飲んで見つめる。




