19-1・ジャンヌ入院~紅葉&ジャンヌの遭遇~蜜柑
-文架総合病院-
ジャンヌが病院の敷地内を眺めていた。昨夜、ここで、戦闘が行われた事は知っている。だが、弁才天ユカリに手を貸す気は無い。しばらくの後、踵を返して立ち去る。
真奈の体力が回復をした為に、ジャンヌへの魔力供給はされている・・・と言いたいのだが、実際は滞っている。真奈は洗脳から脱して、自分の意思でジャンヌを拒否しているので、リンクが希薄になっているのだ。
小さな公園の前まで来たら、ボールが跳ねて飛び出してきた。ジャンヌは立ち止まって眺める。すると次に、ボールを追った少年が飛び出してきた。車道では車が走ってくるのだが、少年は確認をせず、ボールだけを見て車道に飛び出す!車の運転手は慌ててブレーキを踏むのだが、間に合いそうにない!
ジャンヌは無意識に車の前に飛び出す!そして、魔力を発した素手でボンネットを押さえ付けた!車は少年と衝突をする直前で停止!ボールを拾った少年は、「何事か?」とジャンヌと車を眺めた後、公園に戻っていく。
驚いたのは運転手の方だ。「子供を庇った少女を轢いてしまった」と思って、慌てて運転席から飛び出して安否を確認する。ジャンヌは「問題無い」と言って立ち去ろうとしたが、急に目眩に襲われて、その場で崩れ落ちた。ただでさえ、魔力供給が少ないのに、咄嗟に消耗させてしまったからだ。「轢いてしまった」と勘違いした運転手が救急車を呼ぶ。
-数時間後-
ジャンヌは文架総合病院の大部屋のベッドで寝かされていた。検査の結果、車との接触は無かったが、酷く衰弱をしていた。生命力の源とも言うべき魔力供給が滞っているのだから当然だろう。人身事故ではなかったが、運転手が入院の手続きと、費用負担を申し出たうえで、ジャンヌが部屋まで運ばれたのを見届けて、「何かあったら連絡を下さい」とメモ書きを残して帰って行った。
「とにかく安静にしましょうね。
何かあったら、このボタン押して呼んで下さい」
説明を終えた担当看護師が去り、ジャンヌは白い天井を無言で眺めながら想う。この世と神への復讐を決めて蘇りながら、少年を助け、様々な人達から親切にされるとは何たる体たらくか。
「あら外人さん?」
「!?」
「ええっ!?ジャンヌ・ダルクちゃんって言うの!?」
同室の老婆が、ジャンヌのベッドに付けられた名札を見ながら微笑んでいた。
「聖人と同じ名前の子が同室・・・縁起いいわあ」
老婆はキリスト教信者らしく、小さな十字架のペンダントを首に提げていた。忌々しさが込み上げたが、同時に疑問も湧く。自分は異端審問にかけられ、魔女として火刑に処されて果てた。それが「聖人」と呼ばれている。戸惑うジャンヌに、老婆は気さくに話しかけてくる。
「どうして入院しちゃったの?」
「・・・・・・・・・・」
「あら、日本語が通じないのね」
「・・・」
「不安だろうけど大丈夫よ。若いんだから、直ぐ治って退院できるわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私なんて、もう2ヶ月よ、2ヶ月。退屈で、嫌になっちゃう」
「・・・・・・・・・・」
「あら、いけない。
日本語が解らないのに、ペラペラ話されたって困るわよねえ。ごめんね」
老婆は、杖に縋りながらベッドに行き、みかんを2つ持って戻ってきて差し出した。ジャンヌは戸惑ったが、喉がカラカラだった。見知らぬ場所へ連れて来られて緊張してたんだろう。
「・・・Merci」
みかんは甘酸っぱくて美味かった。老婆の真心も染みる。夢中で食べているジャンヌを、老婆は孫でも眺めるような顔で目を細めてからベッドに戻った。
みかんを食べたら、枯渇した体力が僅かに回復するのを感じる。召喚されてから今まで、「魔力と土で作られた自分には食事など不要」と思っていたので何も食べていない。本来、リベンジャーは、マスターの魔力供給で活動をするので、食事という行為は必要としない。マスターの体力が枯渇をすれば、リベンジャーもガス欠になる。マスターが死ねば、リベンジャーはエネルギー供給が出来なくなって消滅する。ゆえに、リベンジャーは、マスターの生存を最優先に考える。
魔力供給に比べるとロスはあるが、生前と同様に、食事でも幾分かの体力の回復は出来るようだ。
―昼・ジャンヌの病室―
睡眠から醒めたジャンヌは、天井を眺めたまま物思いに耽る。マスター(真奈)が、同じ病院内に居るのは感知している。マスターとリベンジャーには、近くに居れば互いの存在感を把握できるくらいの共感能力があり、「マスターが意識を失っている」や「助けを求めている」くらいのことは解る。ちなみに今の繋がりは希薄。真奈が「ジャンヌの事は全く考えていない」もしくは「嫌っている」状態だ。
「・・・マスターマナ」
ジャンヌは、まだ少し重たい体を起こし、病室を抜け出して同病院内にいるであろう真奈を探す。
「・・・とはいえ、何処も似たような構造の要塞の中で、
『マナ』と言う名前しか解らない者を、どう探せば良いのだろうか?」
ぴっ!がらがらがらがらっ!どんっ!
ジャンヌが捜索を開始して15秒後、正面から何かが落ちる音がした。自動販売機で誰かが缶ジュースを手に入れたのだ。購入者は数回に渡って自販機からジュースを購入している。ジャンヌとジュース購入者の目が合った。
「・・・・なっ!?」 「・・・んえぇっ!?」
美穂の部屋に滞在中の紅葉が、代表でジュースを買っていた。
「ぉ、ぉまえっ!なんでここにっ!?」
「くっっ!」
素早く数歩ほど飛び退いて、持っていた缶ジュースを握りしめたまま構える紅葉!ジャンヌも慌てて構える!捜索を開始して僅か十数秒で、関係者に遭遇するとは思っていなかった!
2人はしばらく睨み合う・・・が、しばらくして、ジャンヌが一息ついて、構えを解いた。
「今、ここで、戦うつもりは無い。貴殿も望んではいないのだろう?」
「・・・へ?」
「昨夜、貴殿等は、ここに被害が出ないように戦いに臨んだのだろう?
状況を見れば理解できる。私も同じ、ここに被害が出る事は望んでいない。」
紅葉も構えを解いた。しかし、紅葉の目はジャンヌを睨み付けたまま。「美穂に重傷を負わせた張本人に心を開く」なんて出来るわけがない。
「ぉ、ぉまえっ・・・ァタシ達と戦うつもりぢゃないなら、なんでここにっ!?」
「ただの偶然だ」
「そんなの信用できないっ!何の用があって!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、それは」
紅葉が納得を出来なくて当然だ。ジャンヌは、少々恥ずかしいが、ここに居る経緯を説明しなければならないと考えた。
「行き倒れて、今朝、この病院に運ばれました」
「・・・はぁ?もう動き回っているのに?」
「く、空腹で倒れたのだ。だから、貴殿と会ったのは、ただの偶然」
「・・・ぷぷぷっ」
「・・・ん?」
さっきまで敵意ムキ出しだった紅葉の目が笑っている。紅葉自身、いきなり仇敵と遭遇したので、反射的に戦闘態勢になったが、改めて、ジャンヌの気配を探ってみると、とても弱々しく、「今から戦います」的な闘気はまるで感じられない。
ジャンヌの言葉に嘘は無い。そう判断した途端に「腹ペコで倒れた」と聞いて、妙に親近感が湧いてきたのだ。紅葉も「腹ペコで倒れた」経験者である。
「そっか・・・そうだよね。お腹が減ると辛いもんね」
紅葉も戦闘意思は無い。だからって、日常会話をするような間柄でもないし、今は見逃すとしても、「ジャンヌとの遭遇」を美穂達に報告しなければならない。缶ジュース購入を終えて、その場から立ち去ろうとするが、足を止めて振り返り、ジャンヌに軽く頭を下げた。
「ァタシ、気絶してたから、よくヮカンナイんだけど、
ァンタがァタシ達を逃がしてくれたんでしょ?
・・・バルミィから、そぅ聞ぃた。ァリガトッ!」
「その事か。貴殿等を助けたワケではない。結果的にそうなっただけ。
私は、マナを救いたかったのだ」
踵を返して、その場から立ち去ろうとする紅葉。しかし今度は、ジャンヌが声を掛ける。
「私の名はジャンヌダルク。可能ならば、教えてもらえないか?
この時代には、同名の聖人が存在をしているのですか?」
「・・・んぁ?」
「同室の老婆が、私の名を『聖人と同じ名前』と言っていたのだ」
「ん~~~・・・そのバァちゃんが言ってたってのゎ、きっと、ァンタだと思ぅ」
「・・・なに?」
「ァンタ、死んだ後、イイヒトってことで有名になったみたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「チョット調べただけだから、ァタシゎ、詳しぃのゎワカラナイ。
でも、きっと、マユなら、そ~ゆ~の詳しと思ぅ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もぅ、ぃぃでしょ?
ァタシ、ァンタが悪い人ぢゃないのゎ知ってるし、
イヤなヤツ等のせいで死んじゃったから、いっぱい恨んでる気持ちも解る。
でも、今ゎ、我慢してるけど、ホントなら、今すぐにやっつけたい。
ァンタの所為でミホが大ケガしたんだもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だけど・・・逃がしてくれたの、チョットだけお礼」
紅葉は、購入したばかりの缶ジュース1本を、ジャンヌに差し出した。ジャンヌは無言のまま受け取る。
今度こそ踵を返して立ち去っていく紅葉。ジャンヌの事は憎んでいるが、話してみたら普通だし、悪い人間には見えない。ジャンヌの生涯には同情をしている。純然たる敵なんだけど、敵とは思えない。もし、美穂が怪我をさせられてなかったら、もっとフレンドリーに接する事が出来たもしれない。でも、現状では、どう扱えば良いのか解らず、会話を続ける事が出来なかった。
ジャンヌも同様だった。初戦では恨みを糧にして戦った。「倒すべき敵」としての認識しかしていなかった。しかし、実際に会話をしたら、普通の少女だった。彼女(紅葉)が自分に敵意を向ける理由だって理解できる。一方的に敵対視され、しかも、仲間(美穂)が重傷を受けたのだから当然だろう。
「私が・・・聖人・・・だと?信じられぬ」
ジャンヌは、しばらく、紅葉の後ろ姿を眺めたあと、踵を返して自室に戻っていく。
-数分後・美穂の病室-
「なんですってぇぇっっ!?」 「ゆるせない~~~~~!」
「わっ!わっ!チョット待って!マユもマナも、チョット落ち着いてっ!」
麻由と真奈がいきり立ち、目をつり上げて病室から飛び出していった。紅葉が慌てて追い掛けていく。そして、美穂とバルミィは病室に取り残される。
「ばる~~~・・・珍しいパターンばるねっ。
いつもなら、真っ先に頭に血を上らせそうな紅葉が抑え役で、
いつもなら、考え込みそうな麻由が、何も考えずに突っ走っていくなんて」
「そんなに珍しいか?あたしは、いつも通りだと思う。
確かに、カッカしやすいのは紅葉だけど、
アイツの場合は、あたしの時も、バルミィや麻由の時も、
先ずは、仲良くする手段や、共通認識を得る手段を探そうとする。
麻由は、基本的には熟慮してから動くけど、
仲間以外には、なかなか心を許さず排他的だ。
ましてや、麻由は、目の前で、あたしがやられるのを見ている」
「ふぅ~~ん・・・そんなもんばるかぁ~?」
「それに、あ~ゆ~時の、紅葉の直感て、かなり正確なんだよな。
紅葉の“人間磁石”みたいな機能が働く時」
「『磁石』ばるか?
美穂は?ジャンヌダルクに恨みは無いばるか?」
「う~~ん・・・どうなんだろね?
あたしが傷を負ったのは、あたしがミスをしたから。
ジャンヌはジャンヌで、戦う理由があるんだろうし、
ジャンヌ達から見れば、あたし達の方が憎き敵なんだろうし、
ジャンヌが逃走の手助けをしてくれたって話だし・・・
戦いになれば容赦をする気は無いけど、個人的な恨みは無いかな?」
紅葉&麻由とは対照的に、バルミィは、一見すると呑気だが、キチンと状況を確認して、他人の意見を聞き、意思を疎通させてから動き出す。美穂は、バルミィが居るおかげで、突っ走って行った紅葉達を見守る事が出来るのだ。
いつの間にか、美穂にとって一番信頼できるチームメイトは宇宙人になっていた。
-ジャンヌの病室-
マスターとの繋がりは、ジャンヌも察知していた。真奈がジャンヌを意識したのでリンクがされて、互いの居場所が認識された。ただし、この繋がりは「信頼」では無く「敵意」。真奈と麻由が病室に飛び込んでくる!
「ジャンヌダルクッ!!」×2
「・・・来たかっ!」
「マユッ!マナッ!チョット、落ちつぃてっ!
他にも患者さんいるんだよぉっ!!」
「い、言われなくても解っています!」
「落ち着いていられるワケないでしょ!」
紅葉が麻由を抑えようとするが、真奈が脇を擦り抜けてジャンヌに詰め寄る!
「どうして、アンタが此処にいるの!?」
「マナ~!ァタシの話、聞ぃてっ!腹ペコで倒れちゃって!」
「なんですか、お粗末な言い訳は!?有り得ませんっ!」
「マユっ!ホントにそうなんだってばぁ~!」
「百歩譲って、ジャンヌが自己体調管理もロクに出来ないおバカさんだとして、
私達が待機をしている病院にワザワザ入院するなんて有り得ません!
そんな間抜けなどいません!
これは、ジャンヌが私達の寝首をかく為に近付いた作戦ですっ!」
「あ、あの・・・話の内容を総合すると、私は自己体調管理ができないバカで、
何も知らずに敵の巣窟の病院に入院をした間抜けと・・・言いたいのだな?
『バカにするな!』と怒鳴りたいが、事実なので何も言い返せない。」
「だいたい、紅葉は、いつもそうなんです!
そうやって、信用する価値の無い他人まで簡単に信じて!!」
「マユの方こそ、何でもかんでも疑ってっっ!そ~ゆ~のよくないっ!!」
「私は、信じるべき人と、信じる価値の無い人の判断くらいはしていますっ!」
「信じない人が多すぎる!マユが信じてる人なんて、ほとんど居ないぢゃん!!
ァタシの事だって、なかなか信用してくれなかったっ!!」
「あっ!それは言えてるっ!」
なんで、仇敵を目の前にして、仲間内で口喧嘩なんてしてるのだろうか?
紅葉&麻由&真奈は、病院内で戦っちゃ拙い事くらいは把握している。紅葉は、ジャンヌが此処にいる理由を信用している。麻由は、ジャンヌが盾になって自分達を逃がしてくれた事を知っている。真奈は、ユカリの「美穂の首を討て」って命令をジャンヌが拒んだ事を知っている。
しかし、気持ちのコントロールが上手く出来ない。憎むべき敵なのに、憎んで良いのか解らない。そんな矛盾を抱えているので、振り上げた拳を目の前に居る敵に叩き付ける事ができず、互いの甘えもあって、身近にいる信頼できる仲間にぶつけているのだ。
「おやおや・・・ジャンヌちゃんのお友達?
みんな、可愛らしいわねぇ。若くて元気があって、羨ましいわ。
だけど、お部屋の中では、もう少し静かにお喋りした方が良いわねぇ」
「・・・んぁ?」 「あっ。」 「・・・へ?」
ジャンヌに蜜柑をくれた老婆が、紅葉&麻由&真奈の間に割って入る。3人は、我に返り、恥ずかしくなって俯いた。
「ゴ、ゴメンナサイ」 「も、申し訳ありませんでした」 「すみません」
老婆はベッドへ行き、みかんを4つ持って戻ってきて一つずつ差し出した。最初にジャンヌが、続けてそれを見た紅葉と真奈が、最後に麻由が、蜜柑を受け取る。場が落ち着いたので、老婆は穏やかに微笑み、再び自分のベッドに行って、今度は和菓子を持って戻ってきて、ジャンヌのベッドに備え付けられた長テーブルの上の並べる。
「美味しいから食べてね。昨日、売店で買ってきたのよ」
「ア、アリガト」 「ありがとうございます」 「いただきます」 「Merci」
「美味しいものを食べて、気持ちを落ち着かせて、それからお話をしましょう。
お婆ちゃんも、若い人達のお話に混ぜてもらえると嬉しいな」
老婆は、もう一度自分のベッドに戻り、今度はポットから急須にお湯を入れて、お茶の準備を始める。紅葉達は、しばらくは呆気に取られた表情で眺めていたが、先ずは麻由が「お手伝いします」と老婆のベッドに行って急須を受け取り、湯飲みのお茶を注ぎ、続けて紅葉&真奈が「自分も手伝う」と寄って、人数分(老婆の分込み)のお茶をジャンヌのベッドに運んだ。




