18-4・ヴラドとバルと求婚~セラフの新技~ヘイグ討伐
―河原―
迫るバイクの排気音を聴いて付かず離れずの間合いを保ちながら、ハイアーマードバルミィは山逗野川の河原まで来た。病院は遥か後方に離れ、周りに建物や障害物は無い。「ここなら少しばかり暴れても大丈夫」と判断し、着地をしてヴラドを待ち受ける。疾走してきた3輪バイクが停車して、後部席からヴラドが飛び降りた。
「フッ・・・病院とか言う施設に危害が及ばぬよう、ここを選んだか?」
「そうばるっ!だけどオマエ・・・ボクの思惑を知っていて付いてきたばるね!」
「ほぉ・・・気付いていたか!?
戦えぬ病人や怪我人を襲うという戦略は、我が王道には無い!
ミーメ、貴様の揺動には礼を言わせてもらおう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「貴様の機転で、我の誇りは護られた!」
「そりゃどうもばるっ」
構えるハイアーマードバルミィ!しかし、ヴラドは「戦う気は無し」と言わんばかりに、地面にドッカリと腰を降ろした。
「・・・ばるっ?」
「ミーメよ・・・貴様の歌を所望する!」
「え?」
「1曲、奏でよと言ってる。
昼間、部屋の中で歌っていたであろう。
我は、離れて眺めていたゆえ聞こえなんだが、貴様の輝きは感じた。
その輝きを、直接、我の耳に届けよと言うのだ」
「・・・・・・・・・・・」
「我は、今宵の戦いは気が乗らぬ」
この男は、恨みを糧にした戦闘狂とは違う。バルミィは呆気にとられたが、歌うのは好きなので、変身を解除して一時休戦とする。
しばらく「何にしよう?」と考えてたが、深呼吸して昂った気持ちを抑え、「それじゃ1曲披露」と言ったら、ヴラドは静かに腕組みをして目を閉じた。
「♪~♪~♪~」
バルミィは、「昔のガイコクジンだから、これでも唄っとくか」とベートーヴェンの第九』を清らかな声で披露する。
「・・・むう・・・・」
ヴラドは感心しきった様子で静かに聴き入ってた。やがて歌い終えてからも暫く余韻を楽しみ、何やら考えに耽ってる様子だったが、徐に口を開く。
「気に入った!!貴様を我の正室として迎え入れるっ!!」
「・・・・セイシツ?」
「我の妻となり、その清き美しき歌声で、戦疲れの我を癒す役目を申し渡すっ!!
共に参れっ!!」
「ツマってのは・・・・・年頃の女子達が憧れてる『オヨメサン』ばる?」
「如何にもっ!!我の子を産めっ!!」
想像の斜め上の発言だ。バルミィの顔が真っ赤になる。
「ちょ!?いきなり何を抜かしやがるばるっ!?寝言は寝て言えばるっ!!」
「我の申し出を断ると言うのか!?」
「当たり前ばるっ!!
オマエみたいな凶悪ゴリラのツマなんか、お断りばるよっ!!」
「ぬぅぅっ!?我をゴリラと例えるか!?」
バルミィは「ヴラドが蔑称の挑発に乗って戦闘開始!」と判断して構える!「結局、戦いになるなら、歌に聴き入ってる最中に最大出力の光弾で不意撃ちすれば良かった」と後悔したが後の祭りだ!
「ゴリラ・・・我はゴリラか・・・くっくっく!
くっはっは!あっはっはっはっはっは!
これは愉快!貴様は我をゴリラと例えたか!!あっはっはっはっはっは!」
再び、想像の斜め上を行く発言と行動。ヴラドは、激怒するどころか、楽しそうに笑っている。バルミィは呆気に取られてしまう。
「お、怒ってないばるか?」
「くっはっは!我は、貴様を、戦士として、歌い手として、一廉と認めた!
ゆえに、聞く耳は持つ!
貴様が我が求婚を拒むのならば、我の“漢の魅せ方”が足りぬのであろう!
ならば、貴様が求婚に応じる王道を見せれば良いだけだ!
怒る道理は何処にもあるまい!
一廉に呼ばれるゴリラなど、
見ず知らずの後世の者どもにつけられた汚名に比べれば、
どうと言う事はない!」
バルミィは、呆然とヴラドを眺めている。地球に来て様々な雄を見てきたが、この男は他の雄とは何かが違う。その豪快さには、紅葉や美穂と一緒に居る時のような、居心地の良さを感じてしまう。
一方のヴラドは、一通り笑い終えたあと、徐に立ち上がり、指を鳴らして巨大3輪バイクを出現させた。
「な、なんのつもりばる?」
「もう一時、貴様との愉悦を過ごしたいのだがな・・・。
我は王である。そろそろ、今宵の決着が付くであろう。
例え気に入らぬ家臣でも、いつまでも放っておく事はできぬのだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「また会おうぞ、ミーメ!」
ヴラドは、巨大3輪バイクに飛び乗り、後部席に腰を降ろして、運転手に「行け!」と命じる。バイクは耳を劈く爆音を轟かせ、文架総合病院に向かって走り去って行った。
何から何まで範疇を超えた存在。バルミィは、ボケッと、ブラドの三輪バイクを見送る。
-少し遡って、文架総合病院の美穂の病室―
数歩後退したマスクドヘイグが、噴霧器のノズルを構える!だが、ゲンジ(紅葉)は、拳でノズルをヘシ折り、ヘイグが怯んだところで、所構わず殴って殴って殴りまくる!ヘイグのマスクにヒビが入り、プロテクターが歪んだ!
「このガキぃっ!」
窓から逃げようとするヘイグ!その背中に、ゲンジが突進する!
「んぉぉっ!よーかいキィィィィィィィィィィィィック!!!!!」
「ぐはあああああっ!!!!」
妖気を発して闇色の飛び蹴りが放たれた!ヘイグは窓ガラスを突き破って夜空に弾き飛ばされ、地面に落ちる!
「くっそぉっ!凶暴な小娘め!!
だが遠距離に俺を逃がしたのが運の尽き!もう手段は選ばねぇ!!
ジジイやババアや患者共々、硫酸地獄で悶え苦しめ!」
噴霧器を地面に降ろし、掌を宛てて魔力を込めるヘイグ!噴霧器の下の地面に巨大な魔方陣が出現!魔方陣に干渉した噴霧器の蓋が開いて、中から硫酸の雲が沸き上がる!
「ひゃっはっはっはっは!
病院丸ごと酸の雨で溶けて、骨も残さずに消滅するが良いっ!!」
デストラクション・エヴァダンス(証拠隠滅)発動!
このヘイグの行動には、戦況を見守っていたユカリすら焦らせる。ヘイグは逆上をして、手段を選ばない技を発動させた。この、「町の一角を丸ごと溶かして消失させる奥義」は、無差別に人質を取って、敵を脅すには有効だ。意にそぐわない敵を、後悔させる切り札だ。だから使用の許可をした。
だが、駆け引き無しで、いきなり発動させるのは、ただの暴走。硫酸のエリアにいたら、ユカリ達すら数分で溶かされてしまう。
「くっ!あのバカっ!!真島君、相良君、離れるわよっ!!」
ヘイグがとんでもない事をやろうとしているのは、ゲンジ(紅葉)も直感で解っていた!
「マユゥゥゥっっっっっ!!!!」
窓から身を乗り出して、屋上を見上げる!
―屋上―
(落ち着け、私・・・・考えちゃダメ・・・・・
弓道場で射る時みたいに“無”になって・・・・)
梓弓を構えたセラフ(麻由)は、深呼吸を繰り返しながら、眼下に硫酸の雲が広がるのを眺めていた。アレが完成したら、とんでもない事になるのは、直感的に解る。
美穂に言われてから、ずっと、美穂の要求に応える奥義のイメージを作っていた。
矢に気持ちを込めたら、意志通りに動く矢を射られるようになった。矢に絡新婦の能力を付加したら、蜘蛛の巣に変化をした。
「広範囲で破壊力のある遠距離攻撃!八卦先天図で破壊力を上げる!」
有りっ丈の気持ちと理力を矢に込める!美穂の言葉を反芻して、脳内でのイメージを鮮明にする!矢に想いを乗せる事は誰にも負けない!
「やってみるっ!!」
矢を番え、気合を込めつつも落ち着いて八卦先天図をイメージ!矢が光り輝いたのを眺めて、更に「もうこれ以上は無理」ってくらいに理力を注いだ!貯えきれなくなった理力が、まるで放電してるかの如く「バチバチバチッ」と四方に散る!
「行けええええええええええええええええっ!!!!」
目一杯に引き絞って、夜空に向けて放った!勢い良く飛んだ矢が、ヘイグが発生させた酸の雲の上で、黄金色の曼荼羅に変化!大量のエネルギーが、豪雨の如くヘイグに降り注ぐ!
強烈な“聖なる光の雨”は、酸の雲に隠った邪気を浄化!魔力を掻き消された酸の雲は、形を維持できなくなって霧散していく!そして、雲を貫通した光の雨は、真下にいるヘイグにも降り注ぐ!
「くっ!なんだこの光はっ!!?」
まさか、真上で技を発動されて、必殺の雲を消されるとは思っていなかった!ヘイグは、慌てて斜め方向に飛び上がり、『まだ名前のない奥義=天の曼荼羅・法雨』を回避する!だが、セラフの奥義は、美穂が要求した、「広範囲・破壊力・八卦先天図」だけでなく、「紅葉が戦いやすくなる」もクリアしていた!
「紅葉!あとはお願いします!」
ゲンジ(紅葉)が窓から身を乗り出して、屋上のセラフ(マユ)を見上げてサムズアップをする!そして、Yスマホに指を滑らせて『冥鳥変化』と書き、左腕を勢いよく突き出した!飛び出したエネルギーが八卦先天図に変形!窓枠から跳ねて八卦先天図を突き抜け、闇の鳥と化して夜空を舞う!ヘルズノヴァ発動!
「ひっさぁぁぁぁつっ!!!ウルティマバスタァァァァァァァァァァァッ!!!」
空中に飛び上がった直後のマスクドヘイグに、闇の力を纏った冥鳥が突っ込んだ!
「ひぃぎゃぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!」
冥鳥に飲み込まれたヘイグは、地獄の炎に焼かれながら悲鳴を上げて消滅をする!
遠目にヘイグの敗北を眺めていた弁才天ユカリは、悔しそうに舌打ちをした。その傍らで、ヘイグへの体力の過剰供給で消耗した相良が、力尽きて倒れる。
「くっ!撤退よ、真島君!」
「えっ!?相良さんは!?」
「もう用済み!放っておきなさい!」
「で、ですがっ!」
苛立ちながら足早に撤退をしようとするユカリ達!目の前に砂煙が上がり、ヴラドの乗る三輪バイクが到着する!
「まさか、ヘイグを失う事になろうとわな。乗れい!参謀、召喚主!」
「チィィッ・・・今まで一体何処に!?」
「決まっているであろう!ミーメ(バルミィ)の足止めをしていた!
諫言なら後で聞いてやる!だがな、参謀よ!
我を、外道に貶める企みは許さぬ!我は命令権は好かぬ!
我を貶めるならば、例え一蓮托生の貴様でも、命で償わせる!
それだけは忘れるな!」
「フン!」
ユカリが飛び乗り、続けて相良を背負った真島が乗り、ヴラドの大型三輪バイクが戦場から遠ざかって行く。
―十数分後―
誰かがリベンジャー襲来を通報したらしく、病院の周りは文架警察署の規制線が張られ、外側には多数の野次馬が集まって騒ぎになっている。
紅葉達は、新しく宛がわれた美穂の個室に集まり、ジュースで軽く乾杯をして、部外者のふりをして外の騒ぎを眺めている。
強敵ヴラドを倒してないし、黒幕の弁才天ユカリは無事。行方知れずのジャンヌの動向も気になる。まだ問題は山積みだが、とりあえず「今夜の勝利」を分かち合う。
「マユの技、すごかったねぇ~」
「美穂さんのアドバイスのおかげです。ありがとうございました」
「真奈は怖かったろうに、よく我慢してくれた」
「えへへっ。美穂さんが一緒にいてくれたおかげですよ」
「バルミィのリズム作戦のおかげだねぇ!」
「ばるるっ?・・・う、うん」
いつも賑やかなバルミィんが、今日は言葉少なく、輪から外れて、窓の外ばかりを眺めている。
ヴラドは、今までの敵とは何かが違う。彼の傍に居ると「倒さなきゃ成らない」とは少し違うドキドキがある。何故か、紅葉や美穂達と一緒に居る時のような、楽しさを感じてしまう。




