2-4・ゲンジの必殺技~浄化~新斗の希望
-インバージョンワールド(鏡の中の世界)-
雲外鏡にとって厄介なのは、強大な妖力を持ったゲンジだけ。溶解液にビビって手も足も出なかったネメシスを、単独で鏡の中に誘き寄せたつもりだ。
≪ゲゲゲゲッ!!掛カッタナ、雑魚メ!≫
「何時までも、調子乗ってんじゃねえっ!!
あたしが雑魚かどうか、ジックリと見せてやるよ!!」
左右が反転した教室で睨み合うネメシスと雲外鏡。腹の鏡に対象を映して燃やす【放火攻撃】は、ある程度の時間、相手を腹の鏡に映し続けつつ念を込めなければならない。
だが、溶解液がある。溶解液で動きを封じて、爪で痛めつけ、弱らせてから焼き殺す。そう判断した雲外鏡は、酒徳利の蓋を開け、注ぎ口をネメシスに向けた。
「させるかっ!!キグナスターっ!!」
≪ゲゲッ!?≫
直ぐ傍らの床が歪み、メカニカルな白鳥=キグナスターが飛び出し、雲外鏡に襲いかかる!体当たりを喰らって弾き飛ばされる雲外鏡!酒徳利が割れて、粉々に飛び散った!
ネメシスが、手近な机を蹴っ飛ばす!猛スピードで飛んで来た机が、雲外鏡の顔面を直撃!雲外鏡が怯んだところで、キグナスターが翼を大きく広げて羽ばたく!突風が吹き荒れ、机や椅子が吹き飛ばされ、いくつかは壁に激突して拉げ、いくつかは窓を突き破って外に放り出され、いくつかの椅子や机は、弾き飛ばされて壁にへばり付いた雲外鏡に直撃する!更に、キグナスターが突っ込んできて雲外鏡に体当たり!雲外鏡は教室と廊下の間の壁を突き破り、それだけでは勢いが収まらずに、中庭に面したコンクリートの壁も突き破った!
≪ゲゲッ!ナ、ナンテ奴ダァッ!≫
さっきまでの、「手も足も出ないってくらいに温和しかったネメシスは何だったの?」ってくらいのスパルタっぷり。いや、この容赦のなさはドエスと言うべきか? 雲外鏡は、雑魚のネメシスだけをインバージョンワールドに誘き出して、嬲り殺すつもりだった。しかし、それは大きな失策と知る。ネメシスからすれば、ようやく、人目や構造物の破壊を、気にせずに、水を得た魚の如く、存分に暴れられる戦場に移動することが出来たのだ。
≪ゲゲッ!コンナ・・・ハズデハ・・・≫
空中に投げ出された雲外鏡と、窓枠を蹴って勢い良く飛び出して追い付くネメシス!雲外鏡が「え?まだ攻撃終わってないの?」と青ざめた直後、ネメシスは、真っ向からネメシスハルバードの逆袈裟切りを雲外鏡に叩き付けた!中庭に叩き落とされた雲外鏡は、肩から反対側の腰にかけて大きな傷を負い、傷口から闇の霧を噴きながら悶絶する!
≪ゲ・・・・ゲゲゲ・・ゲ・・ゲゲェ~~~・・・≫
しかし、まだ死んでいない!雲外鏡は窓ガラスからリアルワールドに逃げ込んだ!
「チィッ!まだ動けるのかよ!?タフな奴め!」
-現実世界-
気配を察知して、中庭に移動して構えていたゲンジの目の前の窓ガラスから、雲外鏡が飛び出してきた!ゲンジは、勇んでブッ叩こうとしたが、雲外鏡は、既に痛めつける場所が無いくらい傷だらけ。「放っておいても当分は動けないな~」なんて思いながら眺めていたら、続けてネメシスが窓から飛び出してきた。ゲンジは、プンスカ怒りながらネメシスに食ってかかる。
「ずるぃっ!!ナメクジばっかり、カッコぃぃとこ独り占めにすんなっ!!
ァタシ、全然活躍できてないっ!」
「悔しかったら、インバージョンワールドで戦ってみろっ!!
・・・てゆ~かナメクジじゃなくて、ネメシスな!!」
「同じようなもんだっ!」
「『メ』しか合ってね~ぞ!・・・てか、敵はあたしじゃないっての!」
2人が揉めている(ゲンジが一方的に突っ掛かってる)間に、雲外鏡が忍び足で立ち去ろうとしている。
「逃げるつもりらしいが、見逃すつもりか?」
「ありゃ?
そ~言えば、さっき、ナメクジゎ、ァタシとゎ違う種類って言ってたね。
もしかして、ヨーカイの浄化、出来ないの?」
「はぁ?浄化ってなんだ?」
「ョーカィゎ浄化しなぃと、完全に倒せなぃのっ!」
「へぇ・・・面倒くせ~んだなっ!
よく解んねーけど、浄化ってのは、あたしには無理。オマエは出来るのか?」
「んっへん!任せてっ!なら、ァタシが決めるねっ!」
「おうっ!浄化っての見せてくれ!」
「『不意打ちはビックリするからダメ』って怒られないように先に言っとくよ!
すっげー攻撃するから、端っこに逃げておいてね!」
「えっ!?」
ゲンジが左手甲にセットされたYスマホに指を滑らせ、画面に『神鳥』と書き込んでから左手を力強く突き出した!掌から飛び出した眩い光が、空中で静止して八卦先天図に変形!それを全力で駆け抜けたゲンジの身体が、巨大なオーラを纏って輝く鳥の姿になる!神鳥は、一度、空高く舞い上がってから、雲外鏡目掛けて急降下!
「ウルティマバスタァァァァァァッ!!!!」
「ちょっと待っ・・・・」
ネメシスは、昨日の戦いを見て、ウルティマバスターの破壊力を知っている!マスクの下で青ざめ、「こんな所で、そんなモン使うな!」「端っこに逃げて、クリアできる規模の攻撃ではない!」と慌てて窓に飛び込んで突き破り、頑丈なコンクリート造の校舎の中に退避!直後に、「絶対に、その奥義は必要無いだろう」ってレベルのオーバーキルが雲外鏡に炸裂!
着弾と同時に、衝撃波が中庭に吹き荒れ、面していた窓ガラス全てと、廊下と教室の間の窓ガラスの半分以上が、粉々に吹っ飛んだ!
「あ・・・あのバカ。なんて事を」
コンクリートの柱の陰に隠れていたネメシスが、恐る恐る顔を覗かせる。中庭には、奥義を終えたゲンジが立ち、真っ黒焦げになった雲外鏡が転がっていた。
「バカっ!アホっ!タラズっ!
せっかく、あたしが、校舎に被害を出さないように戦っていたのに、
全部、台無しじゃね~か!」
「んぁぁっ?」
「少しは先の展開を考えろ!周りを良く見ろってんだっ!
エネルギーの逃げ場が無い中庭で、あんな攻撃をしたら、
こうなって当たり前だろう!」
勝利の余韻から冷めて落ち着いたゲンジは、周りの惨状を眺めて青ざめる。窓ガラスが粉々なんてのは当たり前。教室内の黒板は床に落ち、机椅子や備品は何割かは再起不能で、窓枠は拉げてガラスだけ入れ替えればOKって次元ではなさそうだ。復旧まで何日かかって、その間の授業は何処でやるのか?
「ヤッベェ~~~・・・学校めちゃくちゃにしちゃった、どぅしょ?」
「き、決まってんだろ・・・
全部、タヌキの所為にして、さっさとバックレる!!」
「ぁ、そっか!」
「ところで、コイツまだ息あるぞ?大丈夫か?」
「ヨーカイゎ、ダメージ与えただけじゃ消滅させられないからねっ!
これからが本番っ!」
「・・・・・・?」
ゲンジがYスマホに指を滑らせ、画面に『ハリセン』と書き込むと、『邪気退散』と書かれたハリセンが現れる。ブッ倒れてる雲外鏡の前に正座し、召喚したハリセンをうやうやしく置き、続いてぎごちない手付きで印を結びながら、舌っ足らずな発音で九字護身法を唱えだす。
「りん・びょぅ・とぅ・しゃ・かぃ・ぢん・れっ・ざぃ・ぜんっ!!」
置かれたハリセンが、白く淡く光りだした。ゲンジは、それを掴んで高々と振り上げる。そして「ぃっくょ~~っ!!邪気退散~っ!!」と叫びながら、雲外鏡に勢いよく何度も振り下ろした!!「スパーンッ!!スパーンッ!!スパーンッ!!」って音が、中庭に高々と響き渡る。
叩く度に雲外鏡の全身から邪気が立ち昇って大気に溶けて消え、それなり不気味な容貌だったのが段々と小さく可愛くなって、やがて、可愛らしいタヌキのぬいぐるみと化してしまう。そして、タヌキさんは、「よろしくお願いしま~す」って態度でゲンジにチョコンと頭を下げると、ピョコンとジャンプしてYスマホの画面に入って行った。
「じょーか、完了!」
「ヌイグルミがスマホに入っていたように見えたけど、どうなってんだ?」
「くっぷく(屈服)させて、家来にしたんだよ」
「へぇ・・・あたし等(異獣サマナー)がモンスターを下僕にするようなもんか。
“違う種類”だけど、共通点もあるんだな」
雲外鏡が消えた後には尾名新斗が、泡吹いてブッ倒れて気絶してる。
「誰だ、コイツ?こんな奴、この学校に居たっけ?」
「D組の、尾名くんだ~!?
ゥンガィキョーに目ぉ付けられて、依り代にされちゃったんだね」
「憑りつかれてたって事か?」
「ぅん」
「で、どうする?ボコる?放置する?」
「ボコるのダメっ!尾名くんゎ悪くないもんっ!ちゃんと連れてくよっ!」
「そっか・・・解ったよ、チビ助!」
「んぁっ?」
「オマエ、源川とかってB組のチビッコだろ?」
「んへぇぇっっっ!!!違うモン!ァタシ、チビッコぢゃないもん!」
「アホか?そこじゃね~だろ!『私は源川じゃない!』と訂正しろよ!
チビッコ扱いはイヤだけど、中身が源川ってのは認めるんだな!」
「ぐはぁぁっっっ!!」
正体バレバレだ。観念したゲンジが、変身解除して紅葉に戻った。ネメシスは、マスクの下で「予想通り」って満足そうな表情を浮かべる。
「なんで解っちゃったの?」
「オマエ、普段から目立ってるからなぁ~」
「・・・・ァタシ、目立ってる?」
「かなりな!」
ネメシスは、笑いながら変身を解除。紅葉の方は全く気付いてなかったらしくて、美穂の姿を見て、ポカンと呆ける。
「これで、あいこだよっ!」
「えぇ~~~~~っ!?ナメクジゎ、キリシマさんだったのぉ~~~っ!?」
「ナメクジじゃなくて、ネメシス!いい加減に覚えろ!
キリシマじゃなくて、桐藤!・・・てか、マジで、気付いてなかった?」
―屋上―
優高のブレザーを着た源川有紀が中庭を眺めていた。女生徒に扮して学校に忍び込み、紅葉の戦いぶりを見ていたのだ。
(初心者にしては上出来ね。
天真爛漫で誰とも友達になっちゃう性格は、
これから戦い続ける上で大きな武器になるでしょうね。
でも、戦い方はまだまだ未熟だわ。
校舎こんなにしちゃって、皆に迷惑かけちゃって。
単に勝てば良いってだけじゃない事を学びなさい)
先輩として、そして母として。紅葉の未熟さにハラハラさせられっぱなしだ。今回は辛うじて勝利したから良しとするけど、これから先どうなるか?もっと強い妖怪が現れたら、どう戦う?心配で仕方ないけど、見守るだけ。あえて助けない。ゲンジの力は、教わる物ではない。経験する事により、自分で掴み取るのだ!!
―グラウンド―
避難して校舎を遠巻きに眺めてた生徒達は、轟音が聞こえる度に怯えた声を上げる。やがて、中庭の上に、閃光らしきモノが見えてから大爆発が発生。
だが、それっきり静かになった。気がついたら、1階を燃やしてた黒い炎も綺麗に消えている。
生徒達は、クラスごとに整列点呼をして、3人が避難していないことを知った。先生方が慌てて校舎内に戻ろうとしたら、行方不明の3人が、通用口から出て姿を見せる。
「すんませ~ん!逃げ遅れた男子を救出してました~!」
「2Cキリフジさん、2D尾名くん、あと、2B源川、みんな無事で~っす!」
2年生女子の源川紅葉と桐藤美穂。2人で男子生徒を挟んで、肩を貸して歩いてくる。連れられている男子は尾名新斗は気絶をしているようだ。先生方や、彼女達が所属するクラスの生徒達が、安堵の表情を浮かべる。
♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン・・・キキキキーッ・・・・・
通報を受けた警察車輌数台が到着。トレーラーの中から、緑の仮面と装甲服を着た5人の隊員と、角が一本ある赤い仮面と装甲服の部隊長が降りてきて、サブマシンガンを装備して校庭内に整列。装甲服部隊の前に、指揮官らしい女性が立つ。同時に、パトカーから降りた刑事達が、教員達のところに駆け寄ってくる。
「文架警察ですっ!ケガ人はいませんかっ!?」
「あ、はい」
「怪物出現との通報を受けましたが、何処に!?」
「こ、校舎の中です!」
「解りました!直ちに、特殊機動部隊・ザックトルーパーを向かわせます!」
対応した刑事が合図を出すと、今度は、指揮官らしい女性が特殊機動部隊=ザックトルーパーに突入の指示を出した!指示を受けたザックトルーパー部隊は、赤い装甲服の部隊長を先頭にして校舎内に向かって行く!
この世界には、妖怪や他のモンスターなどが希に出現をする。ゆえに、警察機関には、未確認生物から市民を守る為の特殊機動部隊が存在しているのだ。・・・とは言え、AIで動くような高性能アーマーではなく、あくまでも、鍛え上げた肉体を頑丈な装甲服で包んで、独自の判断で武器の使用を許された、人間のエリート部隊である。
紅葉&美穂は、校舎に突入をしていくザックトルーパー部隊を眺めながら、「もう、中には妖怪なんていね~よ!」と言いたかったけど、「なんで知ってるの?」と聞かれた時の返答に困るので、黙って彼等を見送るのだった。
―1週間後・早朝の山頭野川堤防―
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・・・ふへぇ~・・・」
ウォーキングや、犬の散歩をする人々に混ざって、すっかり回復して退院した尾名新斗がジョギングに励んでいた。
「ふへぇ~・・・・・きつっ・・・・・でも、もう少し・・・・・」
雲外鏡を経由だが、ゲンジの【清めのハリセン】を喰らったので、少しばかり性根が叩き直されたようだ。退院するなりジャージとスニーカーを買って、翌日からジョギングを始めた。・・・とは言っても今までが今までだったので、そう簡単に体力が付きはしない。1キロ程度走ったところで、呼吸が上がっちゃって今にも倒れそうだ。
「ぜぇ~っ、ぜぇ~っ、ぜぇ~っ、ぜぇ~っ・・・・」
「おはよっ!!」
「・・・・・え?・・・・・・あ・・・ども・・・」
いきなり声をかけられたので驚いて横を見たら、優麗高の3年女子で元陸上部の犬鰤字明日花が、ニコニコと爽やか笑顔を浮かべて並走してた。
ショートカットが似合う、整った顔立ち。背丈は新斗と同じくらい。日焼けした肌と、すらっと長くしなやかな腕と脚。引き締まった尻。ただでさえ心拍数が早まってるのに、余計に早くなってしまう。
「ケガもう治ったの!?」
「は、はい・・・・大丈夫です」
『先日の事件に巻き込まれた』出来事の所為で、それなり同情され、不本意ながら学校内での知名度は上がった。
「頻繁に走ってるの?」
「ぜぇぜぇ・・・・・いえ、ちょっと・・・・
最近になって、何となく・・・・・
もう少し体力つけなきゃって気分に・・・ぜぇぜぇ・・・」
「へぇ~っ、偉いじゃんっ!!・・・・ガンバっ!!」
明日花はペースを上げ、たちまち遠ざかってしまう。新斗は『とりあえず文架大橋まで』と自分に課したノルマをこなし、堤防斜面で大の字に倒れて休んでいたら、往復をして戻ってきた明日花がタオルで汗を拭きながら、人懐こい笑顔で寄ってきて隣に座った。
「ぜぇぜぇ・・・運動が苦手だから・・・・きつ・・・・ぜぇぜぇ・・・」
「あはははははっ!最初から体力ある人なんて、いるはずないじゃんっ!」
「なんで、もう引退したのに走ってるんですか?」
「つい習慣でね。運動しないとストレスになっちゃうんだっ!」
初対面の女性と、戸惑いながらも会話を成立させている。嬉しい反面、天変地異の前触れかと不安になってしまう。
「明日も走るんでしょ?昨日も一昨日も走ってたもんね」
「た、多分。・・・って、えっ!?なんで知ってるんですか?」
「私も走ってて、君のこと見かけたからさ。明日も頑張ろうね!」
「は・・・はいっ!」
会話の流れで、明日も走る約束をしてしまった。新斗の好みは【妹系で大人しい子】だが、彼女は【姉御肌・男勝り・体育会系】と、今まで避けてたタイプ。だけど不思議なことに惹かれてしまう。彼には、チョットだけ、毎日ここでジョギングをするのが楽しみになってきた。