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17-4・美穂の病室

-文架総合病院-


 紅葉、麻由、バルミィが、無言のまま廊下の長椅子に座っている。3人とも大きな外傷は無い。額や頬や手足に絆創膏や湿布を貼る程度で済んだ。真奈は疲労困憊と診断され、病室で点滴を受けている。

 美穂が手術室に運ばれてから、しばらく時間が経つ。皆、心の中で、美穂の無事を願いつつ、敗戦で気持ちが折れて声を出す気力が無いまま、手術中のランプを見つめ続けた。


 やがて、手術中のランプが消えて手術室の扉が開いた。執刀医が「ご友人は無事ですよ」と教えてくれたので、紅葉&麻由&バルミィは一様に安堵の表情を浮かべる。執刀医は、続けて「脇腹に重傷を負っています」「命に別状はありませんが、しばらくは、入院による安静が必要になります」と伝えて去って行った。


「ニューインかぁ・・・

 確か、ニューインする時ゎ、手続きとか、みもとひきうけ人がいるんだっけ?

 ミホゎ、パパとママいないから、ァタシ達でィィのかなぁ?」

「ばるっ!身元引受人ってのは、身代金を払う人の事ばるね?」

「ミホがニューイン費を踏み倒して逃げたら、

 みもとひきうけ人が身代金を払わなきゃねぇ」

「パンチパーマでガラの悪いアンチャンが、

 『金を払え!』って、おっかない口調で催促するんだっけ?

 ニッポンて、おっかない国ばるよね~~~?」

「ぅんぅん!そぅそぅ!払えないと、外国に売られちゃうんだよぉ!」


 美穂の無事を知った紅葉とバルミィは、少しずつ口数が増えてきた。美穂が喋れる状態なら「それは違う!」と、紅葉&バルミィの間違った知識にツッコミが入るのだが、誰も訂正を入れないので、間違ったまま会話が進む。麻由は一言も喋らない。


♪~♪~

 バルミィのスマホがコールをしたので、画面を見て発信者を確認する。ディスプレイには「ひなこ」と表示されている。発信者は文架署の夏沢雛子だ。「病院のロビーにいるから来い」って事だった。許可無く宇宙船を飛ばしたので注意をされるのだろう。バルミィは渋々応じて口をへの字に曲げて、「ちょっと行ってくる」と言ってロビーに駆けていった。


 手術室前の廊下には紅葉と麻由だけが残され、辺りが静寂に包まれる。紅葉は麻由に話しかけたいが、麻由が“黙りモード”のオーラを発しているので話しかけにくい。

 しばらくしたら看護師が寄ってきて、「美穂の入院する病室が決まった」と伝えた。紅葉が疑問を投げかけたら、「夏沢雛子様が手続き一式を済ませてくれた」と教えてくれる。

 その後、直ぐに合流してきたバルミィに訪ねたら、雛子から「宇宙船を無断で動かした事への厳重注意」をされたが、理由をキチンと説明したら状況を理解してくれたらしい。


「入院手続きは、雛子達がしてくれたばるっ。

 怪我の原因は、雛子がソレっぽく説明して、お医者さんは納得してたばる」


 夏沢雛子は、火車事件以降は、バルミィと仲間達に一定の信頼を置いている。だから、子供達だけでは処理できない部分をフォローしてくれたのだ。紅葉達は「医者から怪我の原因を尋ねられたらどう説明するか?」を想定すらしていなかった。




-美穂の病室(個室)-


 紅葉&麻由&バルミィが訪れたら、美穂は血色の引いた顔で静かに眠っており、輸血のチューブが腕に繋がっていた。体は布団で隠れていて解らないが、額や腕には包帯が巻かれていて、それを見ただけでも、絆創膏と湿布だけの自分たちよりも傷を負っていることが解る。ただ、美穂の顔を見る事が出来て、少し安心をした。


   『オマエの接近戦が通用する相手じゃない!そのくらい解れ、バカッ!』

   『ボケッと突っ立てんな、このバカっ!!』


 麻由の脳裏から、美穂の怒鳴り声が離れない。彼女は頻繁に悪態をつくが、それが麻由を嫌った言葉ではない事を、麻由は承知をしている。だからこそ、美穂に認められたいのに、自分は何も出来ていない。美穂の期待に応えられない。眠っている美穂の顔を見ていたら、視界がぼやけてくる。気が付くと、麻由の目には、いっぱいの涙が浮かんでいた。心の中に堪っていた物が抑えられなくなる。


「・・・なんで、何も言わないの?」


 静寂の中で、麻由が蚊の泣くような声で呟く。


「なんで、私の所為って言わないの?」

「んぁ?」 「ばるっ?」

「私の所為って言えば良いじゃないですかっ!」


 紅葉とバルミィは麻由の唐突な言葉に驚き、麻由は病室内にも係わらず次第に声を荒げていく。その頬に大粒の涙が次から次へと流れる。


「全部解ってます!

 桐藤さんがこんな事になったのも、負けたのも、全て私の所為!

 紅葉達だって、そう思っているんでしょ!?」

「マユ・・・一体、何を言ってるの?」

「私が弱いから・・・私が足を引っ張るから・・・

 私が役立たずだから、こんな事になった!」

「セートカイチョーさん、ちょっと落ち着くばるっ」

「私が上手に出来ないのが全部悪いのっ!

 言われなくたって解っています!言われる覚悟は出来ています!

 なのになんで、貴女達は何も言わないのっ!?」

「マユ・・・誰もそんな事、思ってないょ」

「思ってるに決まってます!

 私が作戦を守らなかったから、桐藤さんが私を庇って傷付いたんです!

 私が、もっと期待通りに戦えれば、皆は楽が出来ました!

 ・・・だけど出来ないっ!私は何も出来ないっ!」

「ちょ・・・マユ」

「私なんて居ても居なくても変わらないのに、

 居ない方が良いのに、なんで私なんて助けたの!?

 私が犠牲になれば、誰も損をしなかったのにっ!

 足手まといが死んだって、誰も困らないのにっ!

 なんで私なんて助けたんですか!?」

「マユ・・・ダメだよ、そんな事言っちゃ」

「恩着せがましいのは、もうたくさんなんですっっ!!!

 恩を売られても、私には何も返す事が出来ないのよぉっっ!!」


パァンッ!


 バルミィが反射的に、麻由の頬を平手で打った。僅かによろけて頬を抑える麻由。バルミィは、麻由の涙で濡れた手を下げて、少し申し訳なさそうに俯く。


「ごめんばる・・・でも、もし美穂が元気だったら、

 自分の所為にばっかりするセートカイチョーさんを、

 引っ叩いたような気がして・・・

 そう思ったら、つい、手が出ちゃった。・・・ごめん・・・ばる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「確かに、今日の戦いはダメなところがいっぱいあったばる。

 でも、上手く言えないけど、

 セートカイチョーさんが、全部、自分の所為にするのは違うばるよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「うるっせ~な~~~~」


 数秒の静寂の後、不意に、ベッドの方から声が発せられた。


「小姑みたいな生徒会長に、毎日、嫌がらせのように宿題押し付けられて、

 ここんとこ寝不足なんだよ。

 こんな時くらい静かに眠らせろよ。お子ちゃま共っ・・・いててててっ」


 紅葉&麻由&バルミィは、一斉にベッドの方に目を向ける。美穂が細く目を開けて、こっちを見つめていた。


「何だ、オマエ(麻由)、また泣いてんのか?相変わらず、泣き虫だな。

 さっき、バルミィの言ったの・・・正解だな。

 これ(輸血点滴)付いてなかったら、

 オマエのこと、ソッコーでブン殴ってる。・・・いててっ」

「美穂っ!」 「桐藤さんっ!」 「ミホッ!ヘーキなの??」 

「見て解れ。平気なわけないだろ。イテ~よ。

 麻由、オマエさぁ・・・全部、自分が悪いとか、フザケンナ。

 何でもかんでも自分で背負おうとすんな。

 何様だと思っているんだ、バカッ」

「き、聞いていたのですか?」

「盗み聞きしてたみたいな言い方すんな。

 耳元であんだけ騒がれたら、聞きたくなくても聞こえるっつ~の。

 今回のは、あたしの考えが甘かった・・・ゴメン。

 これで、この話は終わり。それで良いだろ?」

「良くありません!負けたのも、桐藤さんが傷を負ったのも、私の所為でっ!」


「・・・ったく、ウジウジとめんどくせ~なぁ。

 豆腐メンタルのクセに、変なところでガンコだ。

 なぁ、紅葉?オマエ、今日の自分のミス、言ってみな」

「・・・んぁ!?」

「麻由みたく、ネガティブに発狂しろとは言わないけどさ・・・

 全部が100点てことはないだろう?

 オマエはオマエで、ダメなところ反省しろよな」

「・・・ァタシ、深追いするな言われたのに深追いして、

 マユが助けてくれなかったら、串刺しになってた」

「そ~ゆ~事!ノータリンのクセして、ちゃんと解ってたんだな」

「・・・ゴメン」


「バルミィは?反省点ある?」

「美穂が倒れたあと、紅葉も倒されて、セートカイチョーさんが逆上して・・・

 どうすれば良いか、解らなくなったばるっ。

 ガスマスク(ヘイグ)との戦闘も放棄しちゃって・・・

 全部、中途半端になっちゃったばるっ。

 ボクが上手にフォロー出来ていれば、

 あんなボロ負けはしなかったと思うばるっ」

「そっか・・・あたしが気を失ったあと、そんな事があったんだ?

 だけど、バルミィが冷静だったおかげで、

 こうやって、無事に逃げる事が出来たんだろ?・・・ありがとな」

「・・・ばるっ」


「解ったろ麻由?みんな、ミスってんの。あたしだってミスってる。

 お互いのミスを言い合ってもキリが無い。そんなの面白くない。

 だけど、自分でミスったって思うなら、

 次はどうするか、自分で考えれば、それで良いんじゃね~の?」

「桐藤さん・・・・」

「麻由に一番足りないのは其処なんだよ。

 戦力がどうとか、そんなのは二の次なんだ。

 あとさ、いつまでも、その固っ苦しい飛び方すんのやめろよ。

 あたしだって、慣れなくて、ちょっと恥ずかしいけどさ、

 ・・・オマエの事、『麻由』って名前で呼ぶ」


 美穂の言葉で、麻由の中で張り詰めてた緊張がようやく解れた。涙目のままなのは変わらないが、強ばった表情が崩れる。


「み・・・美穂・・・さん・・・・うわぁぁぁぁ~~~~~~~んっっ!!!」


 麻由は其処が病室という事も気にせず、人目もはばからずに大声で泣いた。

 一方の紅葉も、美穂達に背を向けて、懸命に自分の涙を拭っている。無理して普通に振る舞っていたが、内心では辛かった。自分の深追いからチームの歯車が狂いだした事を解っていたが、皆に攻められるのが怖くて言えなかったのだ。それを、美穂が、ようやく解放してくれた。


「あ~~~~もう!泣き止むかと思ったら、さっきより、うるせ~~~・・・

 いちいち泣くな、この泣き虫っ!」

「うっうっ・・・ごめんなさい・・・だけど・・・・・

 うわぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~んっっ!!!」

「んえぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっっっっっ!!!!」


 ちょっと前まで泣き声を噛みしめて隠していた紅葉が、麻由の号泣につられて、堪えきれなくなって、大声で泣き出した。


「おいおい・・・嘘だろ?紅葉まで泣き喚いちゃうのかよ?

 なぁ、バルミィ・・・コイツ等、うるさいから、外に放り出して・・・・」


 さっきまで部屋にいたはずのバルミィが居ない。窓が開いていて、バルミィは1人屋上に出てグスグスと泣いていた。皆、同じだった。仲間が傷付き、敗北をして、針のムシロに座らされてるようだった緊張感が、美穂のいつもの悪態を聞いてようやく解れたのだ。


「あ・・・あの・・・あたし、重傷の怪我人なんだけど・・・

 安静にしなきゃなんだけど・・・

 眠らせてもらえないの・・・かな?・・・・・・ねぇ?

 あの・・・え~~~~と・・・・脇腹が痛いんだけど・・・聞いてる?」


 美穂は、泣き声を少しでも遠ざけるために、両耳を押さえて布団を被る。だけど本当は、ちょっとだけ、もらい泣きをしてた事は、布団で隠して誰にも言わない。皆が自分を心配して泣いてくれたのが嬉しかったが、恥ずかしいから内緒。


 リベンジャーとの初戦は敗北で終わった。弁才天ユカリとリベンジャーは、必ず次なる手を仕掛けてくるだろう。奴等は、紅葉達の都合など考えてくれない。むしろ、今を好機と考えるに決まっている。紅葉達は、異獣サマナーネメシスが離脱をした状態で、次の戦いに臨まなければならない。

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