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17-3・麻由敗北~命令権~逃亡

 弁才天ユカリは可笑しくて仕方が無い。あまりにも滑稽な展開だ。確かにセラフ(麻由)の戦闘能力は爆発的に上がっている。途轍もない潜在能力を秘めている。だがそれだけでは驚異とは感じられない。3対4で戦っていた時の方が面倒な敵だった。


「ただ強いだけ!弱点だらけだっ!」


 ユカリは、目の前にいる真奈に掌を向け、今まで以上の負荷をかけて操る。真奈は首を横に振って抵抗しようとするが、体が勝手に動いてしまう。


「いけっ!調子に乗っている天の巫女の集中力を切れ!」


 ユカリに操られた真奈が、防戦一方のジャンヌを庇うようにして飛び出す!


「マスターっ!」


 ジャンヌはマスクの下で不満の表情を浮かべ、小さく舌打ちをした。


「・・・・・・え!?熊谷さんっ!?」


 ジャンヌに突進をしていたセラフ・ブラフマンは、目の前に飛び込んできた真奈の姿を見て、我に返って足を止める。途端に全身が疲労に包まれる。

 ユカリが想定した通りの展開だ。


「ふふふっ・・・あはっ・・・あっはっはっはっは!!

 大した集中力よ、天の巫女!だけど、私にとっては驚異ではなく弱点!

 一度、強制的に切ってしまえば、簡単には仕切り直せなくなる!

 脆い!脆すぎる!!潰す価値すらない!!」


 ジャンヌが地面に片手と片膝を付いて肩で息をする。ヴラドも辛うじて立っているが、もう満足には動けない。

 だが、それまで一方的にリベンジャーを攻撃していたセラフの様子がおかしい。金色の光を失ってノーマル状態に戻り、全身を震わせながら力無く地面に両手両膝を付く。


「肉弾戦も、理力をコントロールする力もド素人。

 まるで体重の乗っていない攻撃を感情任せに振るって、

 理力を無駄に垂れ流し続けてスタミナ切れ・・・

 インドリヤを解放し、ブラフマンまで発動させた才能は大した物だけど、

 顕在の器が無能すぎる!」


 ※インドリヤ:力、五感のこと。五感が活性化して戦闘力を約10倍に上げる。

  ブラフマン:神の名、宇宙の根本原理。インドリヤの戦闘力を3倍に上げる。


 セラフは、変身が強制解除されて、麻由の姿に戻ってしまう。


「ふふふっ・・・あはっ・・・あっはっはっはっは!!

 弱いっ!弱いっ!弱いっ!弱いっ!弱いっ!弱すぎるぅぅぅっっっっっ!!!!

 ツヨシは・・・私の野望は・・・この程度の小娘共に敗れたのかっ!?

 ふざけるなぁぁっっっ!!!」


 ユカリの笑い声は、次第に恨みに満ちた怒鳴り声に変化をしていく!


「所詮は仲良しごっこ!

 大切なオトモダチを傷付けられて、見境無しに逆上したか!?

 それならば、オマエ達には『自分たちの無力』という現実をくれてやるっ!!

 たっぷりと絶望を味わったあとで、あの世に行ってツヨシに詫びろっ!!

 マスクドジャンヌ!虫の息の異獣サマナーの首を刎ねろっ!!」


 ユカリからジャンヌに、非情の指令が飛ぶ。しかし、ジャンヌは、地に片手片膝を付いたまま動かない。厳密に言えば、ユカリの指示に従おうとしない。


「何故、従わない、ジャンヌ!?

 まさかオマエまで、スタミナ切れと言うんじゃないでしょうね!?」

「コマンダーよ・・・天敵である神の使いを葬れというなら従おう!

 脅威となる闇の戦士を仕留めろというなら応じよう!

 だが、その任は私が負うものだ!

 何故、我がマスターを盾に使った!

 貴殿のような浅ましい策士に、私は従えない!」


 ジャンヌの言葉を聞いたヴラドが「決着は付いた」「これ以上戦う意味は無い」と判断をして構えを解く。


「ふっ!言うではないか、オルレアンの聖女よ!

 我も同意見だ!我を満たすは誇り有る戦い!

 敗者にムチをくれる事は望まぬ!」

「串刺し公の異名を持つ貴殿とは思えぬ言動だな、ワラキアの王よ!」

「我が領土を踏み荒らそうと目論む獣ならば見せしめに嬲り晒すが、

 この者達は、自国を守る気高き戦士だ!

 我は、獣は獣として扱い、勇敢な戦士には敵味方に係わらず礼を尽くす!

 それが、民草に尊ばれる王の姿だ!」


「ふぅ~ん・・・そう。なら・・・いいわ。」


 ユカリは、片方の掌を真奈へ、もう片方の掌をジャンヌへ向ける!


「召喚者の代理人として、熊谷真奈の名をもって命ず!

 マスクドジャンヌ!異獣サマナーの首を刎ねよ!!」


ドクン!

 命令強制権の発動!ジャンヌの全身が1度だけ大きく脈打ち、瞳から光沢が失われ、ジャンヌ本人の意志に反して立ち上がり、数十メートル先で倒れている美穂に体を向けて、帯刀していた剣を抜いて構える!


 ※命令強制権

  召喚主がリベンジャーに対して、強制的に命令をして支配する権限。

  どんな命令も強制が可能だが、リベンジャーが望まない内容なら、

 信頼関係を損なう事がある。

  発動させる為には、召喚主の魔力(体力)を大きく消費する。


 真奈は、体力を急激に消耗させられて、呼吸が荒くなり、肩で息をする。


「コ、コマンダー・・・やめてくれっ!命令の解除を!

 私の誇りを汚すな!私は、このような慈悲無き仕打ちは望まない!」

「誇り無き戦いに身を投じたあげくに孤立し、

 慈悲を得られずに異端として焼かれたオマエが、今更なにを!」

「ぐぅぅぅぅ・・・キ、キサマは、私の侮辱しているのかっ!」


 強制支配をされたジャンヌが、倒れている美穂に向かって突進!


「桐藤さんっ!」


 麻由はジャンヌを追おうとするが、体力が消耗しすぎて体が言う事を聞かず、足が縺れて転倒をする!


「美穂っ!」


 バルミィが美穂の救出に向かおうとすると、ユカリが掌から光の衝撃波を放って牽制する!

 ユカリは、各位置関係を見た上で死刑執行の対象を美穂に選んでいた。


「ふんっ!温和しく見ていろ、宇宙人!」


 虚ろな真奈の瞳に、「倒れたまま動かない美穂」と「美穂に対して剣を振り上げるジャンヌ」の姿が映る。


「・・・み・・・ほ・・・さん」


 美穂には何度も助けられた。憧れの美穂が殺害をされようとしている。


「・・・美穂・・・さん」


 美穂の危機が、真奈の瞳を通して心に突き刺さる!虚ろだった真奈の瞳が徐々に光沢を取り戻す!真奈の中に眠っている何かが僅かに目覚め、ユカリによって強制的に繋がれた心の鎖を断ち切る!


「やめてぇぇぇぇっっっっっっっっっっ!!!!」


 真奈の大声が響き渡り、ジャンヌが振り下ろした剣が美穂の首寸前で止まった!

 命令強制権の発動!真奈の意志が、ジャンヌの体を強制的に止めたのだ!


「なにっ?」


 ユカリは驚いた表情で真奈とジャンヌを交互に眺める。


「小娘如き(真奈)が、堕天使の接吻を自力で断ち切った・・・だと?」


 ジャンヌは肩の力を抜き、美穂に向けられていた剣を引いた。麻由とバルミィは、状況を理解出来ないまま、真奈を見つめる。


「コマンダーの命令を撥ね除けたのか?

 我が誇りを汚さずに済んだ事を感謝する・・・マスターよ」


 2度の命令権を行使した真奈は、体力が限界を迎えていた。美穂の無事を見て安堵の表情を浮かべ、その場に両膝を落として俯せに倒れ意識を失う。


 ヴラドの召喚主(真島)に続いて、ジャンヌの召喚主(真奈)までが体力を使い果たし、リベンジャー3体のうちの2体が戦力外となった。しかも、支配下にあった真奈が、ユカリの意志に反して無駄に体力を消耗させた。

 ユカリは舌打ちをして、苛立った表情で真奈を睨み付ける。ユカリ自身、ヴラドに理力供給をした為に、真奈達ほどではないが体力が消耗している。手負いの紅葉&美穂&麻由を仕留めるくらいの余力はあるが、バルミィを相手にする体力は残っていない。残った駒は一つだけ。


「マスクドヘイグ!オマエの硫酸で、奴等を残らず溶かしてしまえっ!」

「ん?残らずってのは、ジャンヌの召喚主も・・・って事か?」

「もちろんだ!飼い主の手を噛むペットなど要らない!」

「にぃひっひ・・・承知した。

 可憐な乙女達が酸で溶かされて泣き喚く・・・想像しただけでもゾクゾクする。

 俺の技は、広範囲で無差別だ。

 離れててくれよ、ね~ちゃん(ユカリ)。そこの王様ヴラドもな」


 麻由は満足には動けず、紅葉と美穂は意識を失ったまま。唯一動けるバルミィが空で構えた。ヘイグは、バルミィの動きに警戒をしながら、奥義・デストラクション・エヴァダンス(証拠隠滅)の準備をする。


「ん?」


 だが、ヘイグの視界を遮るように、ジャンヌが立ちはだかった!剣の切っ先をヘイグに向け、あきらかに敵対意志を見せている!


「退け、下郎!退かねば切り捨てる!!」

「てめぇ!どういうつもりだ!?俺達を裏切るのか!?」

「どうもこうも無い!元々オマエの事は気に入らないが、理由は然に非ず!」


 ジャンヌの全身が黒炎に包まれる!そして、ジャンヌが発した気合いに呼応して黒炎が大きく広がり、紅葉&麻由&美穂&バル&真奈と、ユカリ&ヘイグの間に、黒炎の壁を作った!


「魔力は尽きかけているが、この程度の炎ならば操れる!

 これで、オマエの硫酸はマスターには届かぬ!発しても、全て我が炎が焼く!

 ハイエナの如き卑しき行為など諦めて退け!!」


 ジャンヌは構えたまま振り返り、バルミィを見上げて、目で「逃げろ」と合図をする。バルミィは、ジャンヌの気持ちを察して頷く。


「クソ聖女めっ!!」


 ヘイグは技を発動できずに悔しそうにジャンヌを睨み付ける。ユカリもジャンヌを睨み付ける。ヴラドだけは、ジャンヌの気持ちを理解したようで、あえて背を向けて見て見ぬフリをしている。


 グラウンド上空に、バルミィが遠隔操作で呼んだ小型宇宙船が出現!校舎全体を明るく照らす!

 突然出現した眩い光に目を背けるユカリ&ヘイグ。宇宙船下部から発せられた吸引の光が、紅葉&麻由&美穂&真奈を包んだ。4人の体は、ゆっくりと宇宙船に向かって浮上して、宇宙船内への収納が完了する。

 バルミィがジャンヌの背後に着地して、ジャンヌに手を差し出した。


「何のつもりです、他星の者よ?」

「オマエ、美穂の処刑を拒んでくれたばるっ!助けてくれたばるっ!

 悪い奴じゃないばるっ!だから一緒に!

 きっと、真奈も、それを望んでるばるっ!」

「そうか・・・マスターの名は、マナというのですね。美しき名だ。

 だが、私が現世で肉体を得る為の契約内容は、貴殿等を倒す事・・・

 貴殿等と行動を共にする事は出来ない。」

「・・・ばるっ?」

「他星の者よ、マスターを・・・いや、マナを頼んだぞ」

「わ、解ったばるっ!」


 バルミィは「これ以上勧誘してもジャンヌは動かない」と判断して、上空に浮かぶ宇宙船に向かって退避。宇宙船は瞬く間に空の彼方に飛んで消えた。

 宇宙船を見送ったジャンヌは、黒炎を解除。ユカリとヘイグを阻んでいた黒炎の壁が消え、力を使い果たしたジャンヌは、剣を地面に突き立てて片膝を付く。


「やってくれるじゃねーか、クソ聖女!」

「殺ってしまえ、ヘイグ!」

「にっ~ひっひっひっひ!ねーちゃん(ユカリ)の許可が出たぜ!」


 ユカリが冷徹な目で指示を発し、ヘイグが噴霧器の発射口をジャンヌに向ける。ジャンヌは、ここで終わることを覚悟していた。

 だが、ヘイグが硫酸を発するよりも早く、ヴラドが飛び込んできてジャンヌの胸ぐらを掴んで力任せに無理矢理立たせ、思いっ切りブン殴った。ジャンヌは何の抵抗も出来ずに吹っ飛ばされて地面を転がり、ヘイグとユカリは突然の事態に呆気に取られる。


「聖女の処罰は、たった今、ワラキアの王たる我が執行した!

 これ以上の処罰は無用だ!」


 ヴラドは掌を向けてヘイグを制する。


「・・・なに!?」

「何のつもりよ、マスクドヴラド!?」

「皆まで言わねば解らぬか、参謀ユカリよ!?

 我らは召喚主の魔力供給が無ければ肉体の維持が出来ぬ身。

 ゆえに、聖女は召喚主を守った。

 あの者ども(紅葉達)は、その事実に気付き、召喚主を盾にして逃げた。

 ・・・そうであろう、聖女よ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「我らが現世で肉体を得る為の契約内容は、彼奴等を倒すこと!

 離反などをする道理は無い!

 それが我らが理であろう、参謀よ!」

「・・・チィィ。お、王の仰る事は、・・・ごもっとも」


 ヴラドの言い分は気に入らないし、詭弁でジャンヌを庇っているのは明白だが、事実と言われれば事実だ。頭に血が上りすぎて真奈まで殺害をしようとしたのは、ユカリの判断ミス。誇りばかりを重んじるワラキアの王は、ジャンヌ以上に扱いにくい。これ以上、無駄に我を通して、ヴラドにまで背かれるのは拙い。ユカリはヘイグに「武装を解け」と指示をする。


「撤収よ」


 ユカリは、真島と相良に掌を翳し、操り従えて、その場から立ち去っていく。ヘイグがユカリの後を追う。ヴラドも召喚主・真島の行動に従う・・・が、しばらく歩いて立ち止まり、振り返って、ジャンヌを見る。


「来ぬのか、オルレアンの乙女?」


 ジャンヌは、剣を杖代わりにして力無く立ち上がって、ヴラドに背を向ける。


「あぁ。この身は、契約で縛られた立場ゆえ、コマンダーに反旗は翻せぬ。

 我が誇りを汲んでくれた貴殿には感謝する、ワラキアの王よ。

 ・・・だが、貴殿等とは行かぬ。

 私は、私なりのやり方で、あの者共(紅葉達)を討つ!」

「・・・そうか」


 ヴラドは、ジャンヌの心中を察し、それ以上は何も言わずに背を向ける。

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