12-3・麻由と登校~ドッヂボール対決
-翌朝・ヘブンズパレス穂登華(麻由の部屋)-
生活感の無い整然とした室内に、ワーグナーのワルキューレの騎行が流れる。起床の時間だ。
麻由は、ベッドの中で、ワーグナーを聴いて気持ちを作る。しかし、気持ちを作りきれないまま刻だけが経過をして、登校の準備をしなければならない時間になってしまう。
「・・・剛太郎」
行方不明になったと思っていた剛太郎が、ずっと影ながら見守っていてくれた事は、複雑な心境ではあるが嬉しい。しかし、母方の祖父が健在だった事、如来とかってワケの解らない地位、自分が天の巫女という名で天の後継者の立場にある事、妖怪に乗っ取られた事と、紅葉や美穂との諍い・・・何もクリアになっていない。
結論を出すのが怖くて、全部を曖昧にしたまま、美穂の家から逃げるようにして帰った。自分の嫌いな部分が、見事なくらいに全て出ている。
「源川さんなら・・・こんな時でも、迷わずに前だけ向いて走って行くのかな?」
立ち上がり、歯を磨いて顔を洗い、綺麗な長髪をとかして、ブレザーに着替える。昨日は、気持ちに余裕が無くて、どこにも寄らずに帰ってきたので、朝食は用意していない。簡易式のドリップコーヒーを煎れて、落ち込み気味の気持ちを起こす。
剛太郎から受け取ったスマホを眺めるが、全く起動をしない。使い方が解らないのではなく、電源が入らないので使えない。充電切れかとも思ったが、充電端末も無い。剛太郎は、ただのレプリカと本物の見分けも付かずに、麻由に贈ったのだろうか?
-数分後・麻由のマンションの前-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちぃ~~~~っす!」
気持ちの整理が出来ていない麻由は、昨日の当事者達(特に、キツく当たった紅葉)と、どんな顔をして向き合えば良いか解らないから会いたくない・・・と思っていたのに、紅葉にマンション前で待ち伏せされて、いきなり朝一で遭遇してしまった。どうにも調子が狂ってしまう。
「お、おはようございます。・・・あ、あの・・・・なんでここに?」
「一緒に、学校、行こっ!セートカイチョー!」
いつも遅刻寸前の彼女達が、ワザワザ早起きをして此処に来た理由は、昨日の件を心配をしているからだろうか?余計なお世話だ。麻由はしばらくは目を見開いて驚いていたが、ツンとした表情に戻して素っ気なく質問をする。
「まさか、頼んでもいないのに、ワザワザ迎えに?」
「ぅ~~~ん・・・あぁ!そ~だ!迎ぇに来たンぢゃなくて偶然ですっ!
たまたま、いつもょりちょっと早く、ここを通ったら、
セートカイチョーが出てきましたっ!」
「確か、源川さんは東中ですよね。
私の家とは、まるっきり逆方向なのに偶然ここを通ったのですか?」
「ぅん!そ~で~すっ!
偶然会ったのも何かの縁ですから、一緒に学校に行こっ!」
嘘でもなんでも、ここまでハッキリと言い切られてしまうと、返す言葉が思い付かない。
「ご心配、ありがとうございます」
「いえいえ、ど~いたしましてっ!」
麻由は表情を若干引きつらせながら礼を言って足早に歩き始める。紅葉は麻由への苦手意識があるが、このまま黙って後ろを歩くつもりは無い。小走り気味に麻由に追いつき、肩を並べる。
「ゴーターローはどこに行ったの?・・・ですか?」
「・・・さぁ、解りません」
「ふぅ~ん・・・そっか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今日ゎ天気がィィですね~」
「そうかしら?雲が多くて、私は、少し肌寒く感じますが・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「昨日の夜10時からのドラマ見ましたぁ?」
「・・・見ていません」
「ふぅ~ん・・・そっかぁ~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
会話が全く続かない。紅葉は一生懸命に会話の内容を考える。
「ぇ~と、ぇ~と・・・セートカイチョーって好きな人いるの?・・・ですか?」
「・・・はぁ?」
「セートカイチョーくらい綺麗だと、リア充なのかな~って思ぃました」
いきなり懐に飛び込んでくるような質問に、それまで素っ気ない表情だった麻由が僅かに赤面する。
「セートカイチョーってダーリン(彼氏)いるの?・・・ですか?」
「あ、貴女は・・・どうなの?男子から、だいぶ人気があるようですが・・・」
「人気?そんなの無ぃょ~。でも、カレシぃなぃけど、好きな人ゎぃますょっ!」
「へぇ~・・・学校の生徒ですか?」 「ブー!違ぃまぁ~す!」
「バイト先?」 「ハズレっ!」
「芸能人?」 「ノ~っ!」
「二次元?」 「それゎ、イタイよぉ!」
「だったら何処の誰?」
「何年か前に会った、走ってて転んだ60番の人っ!」
「・・・はぁ?その人と連絡取り合ってるってこと?」
「ブー!一回しか会った事無ぃで~す!」
「一回会っただけ?他に好きな人は?」
「ぃませぇ~ん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少し意外だった。麻由は、紅葉の事を、ボーイフレンドの多いチャラチャラした女子かと思っていたが、恋愛に関しては一途を通り越してイタいレベルの奥手なようだ。これでは、優麗高男子生徒の告白惨敗も、自分の人気に自覚が無い事も、何となく頷ける。
「・・・で?」 「え?」
「セートカイチョーは、ど~なんですか?」
「わ、私は・・・普通・・・です。
明確な彼氏はいませんが、ボーイフレンドならそれなりに・・・」
「すげ~!セートカイチョーすげ~!同じ学校の人?・・・ですか?」
「ま、まぁ・・・それも居ます」
「えぇ!?学校以外にも!?他の学校の人?」
「他は、学校関係ではないわね」
「えぇ!?大学生や社会人!?」
「社会人(年配)は、まぁ正解ね・・・
大学生は青すぎて相手にする価値がありません」
「アオ?へぇ~~~
・・・大学生って青色なんだ?服の色?セートカイチョーゎ青色嫌ぃなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
麻由は慌てて口を閉じて、素っ気ない表情を作り直す。危なく、誰にも公表していない自分の交際遍歴を打ち明けるところだった。どうも、紅葉と一緒に居ると、ペースが崩れてしまう。
「セートカイチョーゎ青色嫌ぃなの?」
「そ、そういう意味ではありませんし、あ、貴女には・・・関係の無い事です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
良い感じになりかけた会話が、またもや、バッサリと途切れてしまう。
「じゃ、私は、生徒会の仕事で、教務室に寄るので、これで」
十数分後、学校の到着した麻由は、紅葉と分かれて、日々の日課のために教務室に向かい、早く登校をしすぎて暇になった紅葉は、ボケッと朝練の風景を眺めたりスマホを弄りながら始業を待った。一人で学校に居るのは暇すぎる。
-2日後・朝-
麻由がマンションを出る時刻になると、出入り口で紅葉&美穂&亜美&真奈が待っている。初日は驚き、昨日は、紅葉だけでなく美穂&亜美も来たので「また来た」「しかも増えた」と困惑したが、3日目になると、もう1人(真奈)増えても慣れてきた。紅葉達を見て小さく溜息をつく。
「おはようございます。」
「ちぃ~っす!」 「おす!」 「おはようございます」 「おはよっ!」
麻由と肩を並べて会話をするのは、亜美が担当をする。昨日は、校舎の改修に伴う生徒会の役割と、緑化委員(亜美が所属)ができる事について話し合った。当たり障りの無い会話でも、ちゃんと向き合って話せば、考え方や人間性が解る発言は幾つもある。
今日は、真奈も混ざって3人で会話をしている。麻由と真奈は同じクラスなので共通の話題も多い。麻由は、ゲリラライブ以降、「真奈に裏切られた」と避け気味だったが、久しぶりに話す。
時々、紅葉が会話に割って入り、それが空気を読まない発言であれば、美穂が紅葉を後ろに連れ戻し、会話のキャッチボールが成立したり、少し核心を突いて麻由が動揺を見せるようならば、そのまま放置をした。紅葉の失言は真奈と亜美が上手くフォローをしてくれるので、麻由的には“咄嗟の防御”が張りにくいようだ。
「秋の新人戦は、期待されていたのに残念でしたね」
「状況が状況だったので、仕方がありませんよ」
今の話題は部活の事。最近は生徒会活動が忙しくて、副部長に任せて、なかなか顔を出せていないが、麻由は弓道部の部長をしている。段位は参段。それが凄いのかどうかは、紅葉達にはよく解らないが、高校生で参段まで取れる人は、多くはないらしい。近日の秋の大会は、学校の騒ぎで忙しくなって参加を辞退したが、半年前の春の大会では、全国大会目前で敗退をしたらしい。
「へぇ~!すっげ~!セートカイチョーすっげ~!
今度、ァタシにも弓道教えてよっ!」
「良いですが、源川さんは、道具は持っているのですか?」
「クレハ、そんなの持ってないよね?
ベースギターの時みたいに、また、即金で買うとか言い出さないでよね!」
「道具?あぁ、それなら、Yスマホでチョチョイと・・・」
「ズルはダメです!習うつもりなら、正規の道具を揃えて下さい。
私が前に使っていた練習用で良ければ、貸しますよ」
後ろで話を聞きながら歩いていた美穂が、「ほぅ」と小さく感嘆する。麻由の得意分野だから?少しずつ距離が縮まってきた?その両方?今まで、紅葉を否定したり文句は言っても、距離を置いてキチンとした意見を言わなかった麻由が、初めて紅葉に明確な意思表示をした。数日前の蜘蛛騒ぎの時に比べると、大きな進歩だ。
「お~お~お~!貸して貸してっ!」
麻由には「紅葉達と一緒に登校」に抵抗があったが、麻由が紅葉達と一緒に居る光景は、優麗高の生徒達は、特に違和感を感じていない。むしろ、「2年生ツートップがタッグを組んだ」「火の玉娘すら飼い慣らすなんて、流石は生徒会長」「留年の桐藤とも分け隔て無く付き合える大きな器」「胸の大きさは平山のワントップ」「尻の美しさは熊谷のワントップ」と、周りからの評判はすこぶる良い。
登校後の麻由は、いつも通り生徒会の仕事のために別行動をする。教務室の前で紅葉達を見送る麻由は、楽しそうに微笑んでいた。美穂から「へぇ、そんな良い顔をするんだ?」と言いたげな表情で眺められたので、麻由は慌ててクールな表情を取り繕った。見透かされたようで少し恥ずかしい。
以前、美穂から「ウジウジとせず、紅葉と正面からぶつかれ」と言われたが、確かにその通りらしい。麻由は「自分らしくない」と思いながらも、満更では無いと思うようになっていた。
「では、後ほど」
「ぅんっ!」
放課後になったら弓道場の前で待ち合わせる事にして、朝の登校グループは解散をする。
-3時間目-
2年A組とB組女子の合同体育。本日は体育館でドッジボールをする。今回は、A組とB組をシャッフルして、合同チームを2チーム作って2試合を行う。紅葉と麻由は同じチームになり、内野で動き回ったり反射神経を活かしてボールを取る紅葉と、意図的に外野に出て総合指揮をする麻由が上手く機能をして、2試合とも勝利をした。
紅葉と麻由が上手く噛み合った為か、2試合目がワンサイドゲームになってしまい、授業終了まで、まだ時間がある。もう1試合くらいはできそうだ。内野に残っていた紅葉が、自軍外野の麻由を見つめる。麻由も紅葉を見つめる。紅葉が床に転がっていたボールを拾って、麻由にパスをして笑顔になる。パスを受け取った麻由も微笑む。
「もう1試合やりましょう!今度は、A組、B組で、クラス対抗です!」
「うぃ~っすっ!みんな、今日こそゎ勝とぉ~~!!」
麻由の指示に紅葉が呼応して、AB両組の女子達が一斉に動き出す!今まで、合同体育でも、全クラス対抗の球技大会でも、麻由が的確に指揮をする2-Aの天下で、B組だけでなく、C・D・E・F組も見事に敗退をしている。3年生すら、2-Aには適わない。
だが、いつもは外野に出て指揮に徹する麻由が、今回だけは内野に入っている。
「この試合に限っては指揮はせず、貴女(紅葉)と同じ1プレーヤーに徹します!
先日の、曖昧になってしまった1000m走の決着、ここで着けましょう!」
「ん!セートカイチョーが威張らなぃ(指揮をしない)なら負けなぃよぉっ!!」
試合開始。ボールを取ったB組の生徒が、A組内野目掛けてボールを投げるが、麻由がキャッチをする。麻由は迷う事無く、B組内野の紅葉を仕留めに行く。紅葉は数歩後退しながら真正面でキャッチ。すぐに、A組の麻由目掛けて直球を投げるが、麻由は回避。麻由の後ろに居た真奈にヒットして、A組の内野が1人減った。A組のメンバーも、B組のメンバーも、紅葉、及び、麻由が、敵陣の支配権を持っていると判断して、真っ先に潰そうとする。だが、どちらも、、キャッチや回避で、陣地からの排除を免れる。ボールが亜美に当たった。亜美、アウト。
紅葉が麻由を狙って投げたボールを、麻由がキャッチ。麻由も紅葉を狙ってボールを投げるが、紅葉がキャッチ。2人とも、互いに煽られて、だんだん熱くなってきた。周りが見えなくなって、紅葉は麻由だけを、麻由は紅葉だけを狙い始める。2人の間のみで、投球&キャッチの応酬が続く。
AB両組の生徒が、いつも高見から指揮に徹する麻由の、いつもと違う一面に驚きつつも、「こんな熱いところもあるんだ」と新鮮に感じる。体育教師までもが、いつも知的で大人びた表情をしている麻由の、年相応の少女らしい活き活きとした表情に見入ってしまう。
「んぇ~~~~~~~~~~~~~~ぃっっっっ!!!」
紅葉が投げたボールを、麻由が真正面でキャッチ。ドリブルをしながら、内野の境界線ギリギリまで近付いて、紅葉目掛けて、ボールを振りかぶる。「受けて立つ!」と言わんばかりに身構える紅葉。
「行くわよ!」
「んぁっ!!」
へろへろへろ~~~~~ぽこん。
今まで、散々、速球勝負をしていたので、てっきり同じスピードのボールが飛んでくると思っていたのに、いきなり脱力した山鳴りのスローボールが飛んできた。リズムを崩された紅葉にヒット。取り損ねた紅葉が、ついに内野から追い出された。
「んぁぁぁぁ~~~~~~~~~~!!!悔しい~~~~~~~~~!!!」
試合は、A組で麻由が指揮をしなかった為か、初めてB組が勝利をした。だが、麻由は内野の残り紅葉は外野で終わり、個人的な勝負は麻由の勝利だった。
「スローボール禁止っ!!今のゎ無し~~!!も~一回、勝負だぁぁっっっ!!!」
キィ~ン コォ~ン カァ~ン コォ~ン
紅葉の大声を掻き消すようにして終業のチャイムが鳴って、3時間目の授業終了。プンスカと両腕を振り回しながら、「休み時間を使って、もう1試合しよう」と提案する紅葉を、亜美が宥めて教室に引き摺っていく。
「ふぬぅ~~~!!だったら昼休みに勝負だぁ!」
「集まるわけないでしょ!クレハ、ワガママ言わないで!」
「なら放課後っ!」
麻由は清々しい笑顔で紅葉を見送る。自分が率いるからには、校内公式の試合では常勝が必須の2-Aだが、たまには今回のようなガチンコ勝負も悪くはない。勝って、クラスの皆で喜びを分かち合うのが一番大切だが、何も考えずに戦うのも面白かった。
「放課後は、弓道の練習をする予定ですよ」
「んぁっ!そっか!なら、キュードーで勝負だっ!」
源川紅葉、不思議な存在である。なんとなく、急に身の回りが騒がしくなってきたように感じられる。こんな感覚は、以前にも一度有った。中1の時、弘子先輩に憧れて、鈴奈と仲良くなり始めた頃。自分に自信なんて無かったけど、目の前の事全てに夢中で取り組んでいた。高校に上がって、弘子先輩や鈴奈が居なくなってからは、自分に自信を持てるようになって、苦労せずに友達が寄ってきたが、麻由の立場を認める友達ばかりで、中学時代のように、弱さも全部見せて本心でぶつかれる友達ではなかった。
(もしかしたら、源川さんとぶつかり続ければ、また新しい世界が開けてくる?)
変に期待をしてしまう。放課後になったら、紅葉がヘロヘロになるまで、弓道の心構えを鍛えてやろう。きっと、礼儀作法などは、彼女の最も不得意な分野だろう。それで弱音を吐けば、彼女への淡い期待はやめる。それでも噛み付いてくるなら、もう少し期待を膨らませられそうだ。




