11-4・絡新婦出現&追い駆けっこ~光の覚醒
-校舎3階-
処理を終えた紅葉が、麻由を探して校舎内に入る。校内は、外の喧騒が嘘のように静まりかえっていた。静かすぎて気持ちが悪いほどだ。麻由の姿は廊下には無い。紅葉はハリセンを構えて臨戦態勢のまま慎重に探す。
「セートカイチョー!」
麻由は、教室の片隅で、震えながら蹲って泣いている。怖い思いをしたのだから当然だろう。「いつも気丈な生徒会長でも泣くんだな」と少し親しみを感じる。紅葉は安堵の表情を浮かべて、麻由に近付く為に教室内に踏み込む。
「・・・・・・・・・・え?」
入った瞬間、全身に鳥肌が立つ。とても強い妖気を感じる。教室内の空気が異常に冷たくて重たい。間違いなく“本体”は近くに居る。自分はともかく、一般人(麻由)が、いつまでもこんな強い妖気に充てられているのはマズい。免疫が無い人間が、こんな強い闇に浸かっていたら、精神が病んでしまう。紅葉は、蹲ったままの麻由を、この場から連れ出す為に、近付いて腕を掴もうとする。
しかし、紅葉が触れた瞬間、麻由は余計なお世話と言わんばかりに、紅葉の手をはね除けた。そして、涙目を拭って立ち上がり、突き刺すような視線で紅葉を見つめる。
「助けてくれて、ありがとう。・・・でも、貴女は、いつも、そうなの?」
「・・・ん?なにが・・・ですか?」
「いつも、そんなふうに、考え無しに飛び込めてしまうのですか?」
「・・・ぇ?ど~ゆ~こと・・・・ですか?」
「自分の危険は考えないの?」
「あ・・・ぁの・・・今ゎ、そんな話をしてぃる時じゃなくて・・・」
「いつもそう!
私が、一生懸命考えているうちに、貴女みたいな、何も考えない子が先に行く。
そして、勝手な事ばかりするのに、みんなの人気者になってチヤホヤされる。
貴女みたいな統率を乱す子が、一番迷惑なの!一番目障りなんです!!」
「・・・あ、あの・・・言ってる意味が・・・ょく、ゎかんなぃ・・・のですが」
気圧されて半歩後退する紅葉。
「桐藤さんの事だってそう!私はとっくに見捨てていました!
あんな腫れ物、退学をして欲しいと思っています!
なのに、貴女は、簡単に彼女を輪の中に招き入れました!
カラッポだった彼女を、容易く充実させたの!」
「ミ・・・ミホゎ、そんな悪ぃ子ぢゃなぃ・・・です」
「羽里野山の宇宙人も同じです!
貴女は、あれほど非現実的な事を、簡単に受け入れられるの?」
「だって、バルミィ・・・良い子だし・・・・・です」
「何も考えないクセに、結局いつも、貴女みたいな子が話題の中心になる!
熊谷さんまで貴女に感化されました!何の根拠も無いのに、皆を導いちゃう!
私、バカみたい!!」
「あの・・・セートカイチョー、怒ってる?・・・ます?」
先ほどまで、曖昧にしか感じられなかった妖気が、ハッキリと感じられた。その妖気は、今すぐに攻撃を仕掛けてくるほどの明確な敵意を紅葉に向けている。そして、その妖気は紅葉の目の前にいる。今朝、麻由の会った直後に感じたのと同じ、研ぎ澄まされた妖気が紅葉に突き刺さるような錯覚に陥る。
「・・・・・・え?」
子妖に憑かれない人間は数タイプいる。1つ目は、たまたま、憑かれなかっただけのタイプ。このタイプは憑かれた者の捕食対象になる。2つ目は、霊感が全く無くて、憑く媒体にならないタイプ。このタイプは霊力がゼロなので、捕食対象にもならない。3つ目は、紅葉やバルミィのような、憑かれる隙が無いタイプ。
「セートカィチョー?」
紅葉は、「麻由は1つ目タイプ」と思っていた。だが、違う。「紅葉と同じ3つ目のタイプ」だった。既にもっと大きなモノに憑かれている。本体だから、本体が発する分身に憑かれる必要がなかった。そして、本体は、紅葉が気付かないほどに静かに隠れていたから、分身は気付かずに襲った。
周到な妖怪は、紅葉と1対1になる瞬間を待っていた。紅葉を狙う為に、紅葉に気付かれないように隠れ続けて、おびき寄せた。
麻由の背後に巨大な闇の渦が浮かび上がる!麻由は俯いており、眼は虚ろで顔色は青白い!麻由から発せられる闇の霧が、巨大な闇の渦に吸い込まれていく!そして、力を得た闇は麻由を飲み込もうとする!
「ダ、ダメェ!」
紅葉は、巨大な闇から引き離す為に、腕を精一杯伸ばして麻由の体を掴もうとする!しかし、手は空を切り、麻由の体は闇の中に沈んでしまった!
依り代をコアにした闇の渦は巨大化をして、中から、体毛の生えた8本の巨大で不気味な節足が、気持ち悪く動きながら出現して床に着地する!
「んぇっ?」
紅葉の表情が青ざめていく。逃げ腰になり、数歩後退。
闇の中から、蜘蛛の頭から生えたような上半身と人間の両手と女の顔が出現!人間の上半身を持った8本節足の大きな蜘蛛=絡新婦だ!全高、推定で8m!教室内では狭いので、身を屈めている!
「ぅ・・・ぅ・・・ぅ・・・ふぅんぎゃぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!」
絡新婦に背を向け、血相を変えて猛ダッシュで逃走をする紅葉!教室から廊下に飛び出し、まだ変身してないのに窓を突き破って3階からダイビング!中庭に着地をして、如何にも「キモいモノに遭遇した年頃の娘」って雰囲気を醸しながら、悲鳴を上げて全力で逃げる!足の痛みなど関係無し!
怖い物知らずだと思っていた紅葉は、虫が大嫌いなのだ!ちっちゃい虫なら、頑張れば少しくらい我慢できるけど、8mの蜘蛛はムリ!
「わぁぁぁぁぁっっっ~~~っ!!!ムシ嫌いっ!!クモ怖いっ!!
ゃだゃだゃだゃだ来るなぁ~~~~~っ!!!ぁっち行け~~~~~っ!!!」
絡新婦は校舎の壁を突き破って外に飛び出し、紅葉を追っ掛ける!その様子を眺める美穂&真奈&バルミィ。
「なんだ、あの、巨大な虫?」
「キモっ!大きい蜘蛛だっっ!!」
「ばるばるっ!紅葉が追われてるばるっ!」
子妖に憑かれた生徒達の処理は終わった。数は多かったが、ハリセンで叩くだけなので楽な任務だった・・・というか、楽しかった。真奈に至っては、ストレス発散にちょうど良かった。「さて、これからどうしよう?」思っていたら、紅葉が悲鳴を上げながら逃げ回ってる。
「あのノータリン、妖怪退治の専門家のクセして、
生身のまんま、妖怪に遭遇しちゃったのか?」
「勇敢だけどアホだね」
「のーたりんであほだけど、助けなきゃばるっ!」
紅葉は学校を飛び出して、住宅街を駆けて、山頭野川方面に逃げていく!絡新婦は紅葉を追い掛ける!
「ばるばるっ!紅葉しか眼中に無いばるっ!?」
背中に美穂を乗せたバルミィが空を飛んで紅葉達を追い、真奈は残って見送る。一般人の真奈が、紅葉を追っても何も出来ないから、居残りは仕方が無いんだけど・・・。
「紅葉ちゃんが特殊な事をやってるってのを知らない私が、
怪人(子妖)退治なんて手伝っちゃって、良かったのかな?」
真奈は、美穂の変身や、バルミィとの交流で“一般的ではない世界”には免疫が出来たが、紅葉が変身する事は知らない。でも、今日の一連で、紅葉が特殊ってのは、何となく想像が付いた。
「まぁ、亜美ちゃんは、知ってるけど知らないふりをしてるみたいだし、
私も、そのスタンスにしとこうか?」
紅葉は、住宅街を抜けて、堤防道路を横切って、河川敷に逃走!空から追っていた美穂とバルは「もしかしたら、紅葉は学校に被害を出さない為に、逃げるフリをしている?」「妖怪を広い河川敷に誘い出して反撃開始?」と期待したが、紅葉は悲鳴を上げて逃げ回るのみ。そんな気の利いた事が出来るお利口さんではなさそうだ。
「美穂っ!シッカリ掴まっててばるっ!」
バルミィが、美穂を乗せたまま急下降をして、地面スレスレの低空飛行で絡新婦に接近!一方の絡新婦は両掌を合わせて妖気の塊を発生させ、背後のバルミィに向けて放り投げた!
妖気の塊は蜘蛛の巣に変化をして、追っていたバルミィと美穂に絡みついた!動きを封じられたバルミィが、美穂共々地面を転がる!
「ぎゃっ!」 「げげっ!」
紅葉は、体育の授業で足を痛めた所為で速く走れず、絡新婦の射程圏内まで追いつかれてしまった!
絡新婦が吐き出した妖糸が、逃走中の紅葉の手足に絡みつく!最初は、妖糸を無視して走っていたが、幾重もの妖糸が絡みついてきて足の自由が奪われ、ついに走る事が出来なくなって転んだ!
絡新婦は、立ち止まって、更に幾重もの妖糸を吐き出して、紅葉の胴回りや首に絡み付かせてから、蜘蛛の口を大きく広げ、妖糸を手繰り寄せて、紅葉を引き摺り込もうとする!
「ぬぐぐぐぐぐっ!!ァタシ不味いって!食べたらぉ腹壊すからっ!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!上手そうな妖気の塊だ!!
食ったら、我が妖力が爆発的に跳ね上がる!!」
妖糸が絡まった足を踏ん張らせ、妖糸が絡まった手で地面を掴み、どうにか捕食から逃れようとする紅葉!しかし、絡みついた妖糸を手繰られて、手が地面を掴めなくなり、足だけで踏ん張ろうとしても引き寄せられていく!
「ちょっと・・・ヤバい!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!我のエサになれ!!」
(・・・いやだ)
「え!?・・・なにっ?」
紅葉が掴んだ妖糸を伝う妖気に混ざって、紅葉の心の中に、掠れるほど小さな声が流れ込んでくる!聞き覚えのある声が泣いている。
(いやだ・・・こんなのは違う
・・・こんな事をしても、私が勝った事にはならない)
「セート・・・カイチョー?」
それは、葛城麻由の声。絡新婦の依り代として取り込まれ、中で泣いている。その悲しみが、絡新婦の妖糸を通して紅葉に伝わってくる。紅葉の心の中に流れ込んできた麻由のビジョンは、小学生くらいの幼い姿で泣いている。
「そっか・・・セートカイチョーも悔しぃんだね。
こんなヨーカイ、嫌いなんだね。
だったら、ァタシが助けなきゃ!!
ァタシが食べられたら・・・セートカイチョーが、いっぱい悲しむっ!」
紅葉から妖気が発せられる!絡新婦が手繰り寄せていた妖糸が、ピィンと張ったまま紅葉を引き寄せられなくなる!紅葉の体重が重くなったワケではない!紅葉が発する妖気が重くなって、絡新婦レベルの妖怪では処理が出来なくなったのだ!
「ァタシ・・・ムシ嫌ぃだけど、今ゎ怖がってられないっ!!げんそうっっ!!!」
紅葉は、手に絡みついた妖糸をモノともせず、Yスマホを取り出して翳した!発光によって、絡み付いていた妖糸が焼き切られる!妖幻ファイターゲンジ登場!腰に納刀してあった邪今剣(短刀)を抜刀して、絡新婦を睨み付けた!
「今、助けたげるよ!セートカイチョー!」
「オマエは一体!? おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!」
驚異と感じた絡新婦は、右の第一脚を振り上げて、ゲンジに叩き込む!ゲンジは、容易く見切って絡新婦の振り下ろした爪を掴み、力任せに絡新婦の第一関節から先をもぎ取って、無造作に投げ捨てた!絡新婦の、奪われた右第一関節に闇の霧が発生して、第一脚が完全に再生される!しかし、ゲンジは、炎を帯びた邪今剣を振り上げて、絡新婦の左右の第一脚を切断!地獄の炎に焼かれた傷跡は、今度は再生を許さない!ゲンジの迫力と圧倒的な妖力を前にして、後退る絡新婦!
「ァタシゎ妖幻ファイターゲンジ!
・・・ェンマ様に変わって、オシォキだょ!!」
絡新婦の中の闇に溺れながら、麻由はぼんやりとした表情でゲンジを見ていた。目の前で、紅葉が鎧武者に変化した。きっと、鎧武者が勝って、自分は紅葉に救出される。そんな未来が何となく解る。やっぱり、源川紅葉は凄い子だった。彼女の才能を認めるしか無い。そんな未来が何となく解る。
一方的に紅葉を毛嫌いして、憎んで、迷惑を掛けて、あげくに紅葉に助けられる。
(私・・・バカみたい・・・バカみたい・・・バカみたい・・・)
結局、昔から何も変わっていない。自分の力だけじゃ何も出来なくて、他人に助けてもらって、そんな弱い自分が嫌で、肩肘張って、権力という鎧を着て、偉くなったつもりで・・・。
今は、妖怪という鎧で自分の弱さを隠して、また何も出来なくて、他人に助けられて・・・やっぱり、どんなに頑張っても、生まれつきの天才には勝てない?
(バカみたい・・・バカみたい・・・バカみたい・・・)
だけどホントにそうなのかな?勝てないのかな?
それとも、いつもの悪いクセで、自分じゃ無理だって勝つ事を諦めているのかな?今までの自分の努力は無駄だったのかな?
「違う・・・私はいっぱい頑張った。・・・誰にも・・・負けたくない。
源川紅葉には・・・負けられない!!」
ゲンジは、絡新婦にトドメを刺すべく、Yスマフォの画面に『神鳥』と書き込む為に、指を滑らせはじめる!・・・しかし!
「おぉぉぉぉ!・・・・おぉぉぉぉぉぉぉっっ!!?
・・・なんだ・・・この力・・・は?」
絡新婦の様子がおかしい。雄叫びが変化した。雄叫びと言うよりも悲鳴に聞こえる。ゲンジに対して怯えているのとは違う。ゲンジは攻撃をしていないのに、蜘蛛の妖怪は苦しんでいる。
「負けない・・・負けない・・・負けない・・・
こんな怪物にも・・・源川さんにも・・・泣き虫だった過去にも・・・
私は負けないっ!!」
「おぉぉぉぉ!おぉぉぉぉぉぉぉっっ!?
・・・ば、ばかな・・・依り代が・・・中から・・・我を」
絡新婦の各所に亀裂が走り、中から光が漏れてくる!亀裂が広がり、幾つもの亀裂が繋がって大きな亀裂になり、絡新婦の全身に行き渡る!
状況を理解できずに、構えたまま見守るゲンジ。追い着いてきた美穂とバルミィも、いつもとは違う現象を見て立ち止まり見守る。
ゲンジ&美穂&バルの眼前で、絡新婦の全身の亀裂から発せられる光が、絡新婦を包み込んだ!
「これは・・・・・・・・天界の・・・ひ・・・か・・・り・・・
そんな・・・ばかな・・・おまえは・・・一体・・・・・・なに・・・もの?」
溢れ出す光の中で、絡新婦の体が砕けて焼かれて、蒸発をしていく!
美穂とバルミィが、ゲンジに近寄って、首を傾げながら「何をしたのか?」と尋ねる。
「ァタシ・・・何もしてなぃ」
「だったら何があったんだよ?」
「わかんなぃ・・・でも、きっとセートカイチョーが」
「はぁ?あの、頭でっかちな優等生がなんだってんだ?
まさか、葛城が妖怪をやっつけたとでも言いたいのか?」
「ぅ・・・ぅん。妖幻ファイターしか出来なぃはずの、ヨーカイ浄化を・・・
たぶん・・・セートカイチョーがジョローグモの内側から・・・やっちゃった」
絡新婦を消滅させた光が薄れ・・・その中心で、宙に浮かんで、姿を現した葛城麻由は、神々しく見える。
ゲンジは、麻由が絡新婦を突き破った光を、少し怖く感じる。光を浴びていると、体が僅かに痺れる。
まだ知識の無い紅葉は解らない事だが、その光は天界に属する理力の光。




