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11-2・絡新婦の影~1000m走対決

-文架大橋-


「・・・んぁ!?」


 文架大橋を通過中の紅葉が、自転車に急ブレーキを掛けて止まり、優麗高の方を見る。つられて、同じく自転車通学中の亜美と真奈、原付バイクに乗っていた美穂も、その場に止まる。


「どうしたの、紅葉ちゃん?」

「ん~~・・・なんか、学校の方でヨーカイのヤな感じがぁったんだけど・・・

 気のせぃだったかなぁ?

 アミとミホとマナゎなんか感じなかった?ヨーカイのモヤモヤした感じっ!」

「さぁ・・・アナザービーストならともかく、妖怪の感知なんてできね~よ!」

「え~~~~と、私はその質問に答えなきゃダメなのかな?

 クレハが、妖怪を感知して退治してるのって、

 一応、私は知らないことになってるんだよね?」

「私は、美穂さんが特殊なのは知ってるけど、

 紅葉ちゃんが特殊なのは知らないんだよね。

 そんなにオープンに喋っても良いの?」


 紅葉は、学校の方を眺めて意識を集中させるが、妖気反応は全く感じられない。気のせいだったと思いたいが、少し気になる。早く学校に行って、近くでもう一度、確認をしたい。


「ミホ、ごめん!先に学校行くねっ!」

「やっぱ、なんか有りそうなの?」

「ゎかんない・・・でも行ってみる!」

「了解!でも、あたしも出来るだけ早く行くから、一人で深入りすんなよ!」


 全部を話さなくても美穂は了解をした。紅葉は、美穂達と別れて、単独で学校に向かって、グングンと猛スピードで自転車を飛ばしていく。




-優麗高-


 到着をした紅葉が、警戒をしながら校門を通過すると、僅かだが“モヤッと湿った感覚”に包まれる。気持ち悪くもありながら、心地良くもある不思議な空気。どうやら、学校そのものが“嫌な感じ”の発生源のようだ。


モゾモゾモゾッ

「ひゃっ!」   パチン!


 不意に虫のような物が首筋に止まり、襟足から背中に入ろうとする感覚に包まれ、反射的に首筋を叩いた。手の平には小さな虫を潰してしまった時の嫌な感触が残る。だが手のひらを見ても残骸は無い。

 直ぐに解った。これは、虫ではなく妖気だ。学校内に妖怪が入り込んで息を潜めている。だが、感覚を研ぎ澄ませて校庭を見回しても、怪しい存在は何処にも感じない。


「クレハ!」 「紅葉ちゃん!」 「やっぱり、いるのか?」


 しばらくすると、後発の美穂&真奈&亜美が、駆け足で合流をしてきた。


「ん~~・・・消えちゃった」


 感知できない物を探しても意味が無い。紅葉は一定の警戒をしながら、美穂達と共にグラウンドのプレハブスペースに向かう。4人が教務室プレハブを通過したら、偶然出てきた生徒会長の葛城麻由と目が合った。互いに、軽く会釈をして擦れ違う。


「なぁ、熊谷?」


 美穂が真奈に寄って小声で質問をする。


「その後(ゲリラライブ以降)、アイツ(麻由)とは、どうなっているんだ?」

「話す機会は減ったけど、普通ですよ」

「・・・へぇ~。嫌がらせは無しか。

 性根が腐った奴・・・では、なさそうだな」


 麻由くらいの統率力があれば、意に反した真奈を仲間外れにすることなど簡単だろう。だが、「それをされていない」と確認して、美穂は「少し意外」と感じる。


「あ、あのっ!源川ざんっっ!!」


 不意に、背後から走ってきた男子生徒が、麻由の脇を通過して、紅葉達に追い着き、紅葉に手紙を差し出す。ラブレターだ。緊張した面持ちの男子生徒と、少し驚きつつも柔やかに対応をする紅葉。男子生徒は立ち去り、紅葉は受け取った手紙を鞄の中にしまう。美穂や真奈は興味津々だ。


「へぇ~今どき、ラブレターなんて、珍しいじゃん!

 3年のバスケ部の奴だな。読もうよ」

「読むのメンドィ!

 前ゎ読んでたけど、だぃたぃ、みんな、書いてある事ゎ同じなんだもん」

「どんな事が書いてあんの?」

「『ァタシを見てると元気になる』とか『スキな人ゎいるの?』とか、

 『入学した時から気になっていた』とか、同じのばっかで面白くなぃ」

「へぇ~・・・たまにもらうの?」

「ん~~~・・・そだね」

「オマエ、モテるんだ?なんかムカ付くな。」

「クレハは結構モテるよ。本人に全く自覚が無いだけ。

 好きな人は妄想の中にいるから、周りの男子は眼中に無いんだよね~。」

「え!?二次元に好きな人がいんの?こじらせてるなぁ~!」

「二次元ぢゃなぃもん!リアルだもん!」

「小学校の時に、一回だけお話をした中学生でしょ?

 名前も、どこに居るかも解らないんでしょ?」

「そりゃ、こじれてるね。二次元扱いされても不思議ではないよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 突然、背後から突き刺さるような妖気を感じる。紅葉は、会話をやめて直ぐに振り返った。しかし、その場には誰も居ない。嫌な気配が、紅葉に敵意を向けていた気がしたけど、僅か一瞬だったので確証を持てない。首を傾げて、もう一度、誰も居ない場所を眺めてから教室に向かう。

 教務室プレハブの影、紅葉達に隠れるようにして麻由が立っている。麻由は、男子生徒から告白されたり、ラブレターを貰った事など無い。コクられたからって、気軽に交際する気は無いが、紅葉に負けてる気がして面白くない。


 紅葉と麻由は知らない事だが、優麗高の男子人気トップ3のうちの2人が紅葉と麻由(残り1人は3年の田村環奈)。しかし、「隙だらけ」で「話しやすい」から「身近」と思われている紅葉に対して、麻由は「気高く」て「話しかけにくい」から「相手にして貰えない」と思われているのだ。




-昼休み・生徒会室プレハブ


 麻由の呼び掛けで、生徒会の現役員、及び、アドバイザーの前役員が集められる。


「『校内の生徒間の恋愛禁止を強化』・・・ですか?」

「そうです!最近、目に余るので、取り締まりを強化します!」


 生徒会長の突然の提案に、役員達がポカンと口を開ける。確かに学業が疎かになるような恋愛は愚かだが、麻由が言うような「最近、目に余る」がピンと来ない。高校生が恋愛をするのは当然だし、校内で周りを不愉快にするような「目に余る」交際など特には耳にしない。

 麻由が、「休み時間に原案を作ったから目を通して欲しい」と言って資料を配る。役員達は、「相変わらず仕事が早い」と感心しながら原案を読む。


「『高校生らしからぬ行為の禁止、周りを不快にする男女間の接触の禁止』

 どう追跡をして、何処までの接触を禁止事項にするか、判断が難しいですね」

「その辺は、お互いの意見を出し合って、明確にしましょう」


「『手紙等の受け渡しの禁止、及び、持ち物検査の徹底』・・・ですか?」

「そうよ!そんな物をヤリトリしている暇があったら、学業を・・・」

「では、この場合、禁止されるのは手紙だけでしょうか?

 LINEやメールでのヤリトリが主流の現代社会で、

 生徒会単独で、電子媒体まで規制をするのは、不可能だと思われますが・・・」

「・・・え?そ、そう・・・ね」


「『異性同士を比較して、誰が優れているかを話し合ってはいけない』ですか?」

「男女差別であり、人格差別や外見差別であり、いじめに繋がりかねません!」

「言いたい事は理解できますが、思想の自由と言論の自由を禁ずる事になります。

 だいいち、ただの言葉を、どうやって取り締まるのですか?」

「これは、あくまでも原案で・・・会議をして具体的に・・・」


「なぁ、葛城。この原案は“生徒間”の恋愛を徹底的に禁じている。

 しかし、裏を返せば“生徒間”のみ。

 この文言では“先生となら恋愛しても良い”と拡大解釈される可能性がある。

 君が、優高生に勉強に専念して欲しい気持ちは理解出来るが、

 少々現実的ではないな」

「・・・それは・・・あの・・・申し訳ありません」


 3年で前副会長・冨久海跳のダメ出しが決定打になった。麻由は、提案を引っ込めてしまう。いつも的確な指示を出す生徒会長が、こんな穴だらけな原案を持ち込むなんて珍しい。理想が高すぎて息苦しい原案を、会議にかけて、現実的な規則に作り替える事はあるが、今回の提案は非現実的すぎる。


「持ち帰って、もう少し、煮詰め直します」


 この規則が「生徒間」を消した状態で施行されると、「先生と恋愛」も違反対象になる。皆は知らないのだが、発案者の麻由が、真っ先に処刑台送りになってしまうので、強気に押し通す事が出来ないのだ。

 皆、不思議そうな表情で、いつもの気高さの失せた麻由を見つめる。先日の“校舎崩壊事件(雲外鏡事件)”以降、処理しなければならない案件が増え、羽里野山のハイキングまで取り仕切り、優麗祭でも中心になって企画をして、実に良く働いている。 彼女が居なければ、どの案件も、もっと纏まりが悪くなっていただろう。皆、「生徒会長は疲れている」と納得をする。




-5時間目-


 体育の授業は男女に分かれて2クラス合同で行う。2年A組と2年B組の女子が、ジャージ姿でグラウンドの隅に整列をした。1000m(男子は1500m)のタイムトライアルをする。グラウンドの隅には、プレハブの仮設教室が幾つも建っているので、グラウンドの使用=半ば晒し者のような状態になってしまうのが少し恥ずかしい。


 男子女子問わず、B組の生徒達は、A組との体育の合同授業があまり好きではない。各クラス分けで、学業と運動能力を均等にしてあるハズなのだが、リレーやボール競技になると、毎回、葛城麻由に統率されたA組のチームワークに負けてしまう。B組の生徒達は「Aには葛城がいるから勝てるわけがない」と考えている。ただし、約1名を除く。


「ぉ昼食べて元気出たし、今日こそゎセートカイチョーに負けなぃよっ!」


 紅葉だけは常に闘志満々だ。作戦を立てる才能が皆無なので団体競技では空回りばかりだが、個人競技なら話は変わってくる。1000m走の場合、トップグループは陸上部の争いになり、2番手グループに注目が集まる。着実に2番手グループ1位を獲得するのが葛城麻由だ。紅葉は、前半に飛ばしすぎて後半でバテたり、昼食前なので元気が無かったりして、まだ麻由には勝った事が無い。だが、体調万全な今日は、なにがなんでも勝つ気でいる(正確には、いつも勝つ気でいる)。


 レースは3グループに分けられ、紅葉と麻由は同じ1レース目のグループになった。足の速い陸上部は、皆、別のグループ。必然的に、紅葉のグループは、いつも2番手争いをしているメンバーがトップ争いをする事になる。

 走者がスタートラインに立った。麻由は集中力を高めつつスタンディングスタートの姿勢になり、2~3人を間に挟んで闘志満々の紅葉が並ぶ。


「よ~い!」 ピィィッッ!


 一斉にスタート。先ずは、紅葉が元気よくダッシュで飛び出す。しかし、麻由は少しも焦らない。むしろ、ペース無視の紅葉を見て、「最後まで保つわけが無い」と考える。トラック一週(200m)をする頃には、ペースがダウンしてきた紅葉は、麻由にアッサリと追い抜かれ、トップが入れ替わった。


「んんんんんっっっ!!!」


 だが、紅葉も負けていない。気合いを入れ直して、麻由の後ろに付き、300mを経過したくらいで抜き返した。食い下がってきた紅葉を見て、麻由は少し苛立つ。いつもの1000m走の時よりペースを上げて、再び紅葉を抜き去った。相手が別の生徒なら、ゴール寸前まで風除けのペースメーカーにして、ラストスパートで抜き去るのだが、紅葉には前を走られたくない。麻由と紅葉のペースが上がり、2番手集団を引き離していく。


 3周(600m)が終わったあたりから、麻由の体の隅々が悲鳴を上げ始める。体中の酸素が足りなくなってきた。チラリと背後を振り返ったら、紅葉も苦しそうに息が上がっている。苦しいのはどちらも同じ。

 麻由はトップをキープしながら、勝ち方をイメージする。4周終了(800m)までは今のペースを維持して、ラスト1周(残り200m)で勝負をする。残り体力を全部使って、紅葉を引き離す。スタートダッシュをした紅葉よりも、自分の方が体力は残っているはず。


「んぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっ!!!」


 だが、紅葉が、また抜き返してきた。このタイミングで仕掛けてくるなんて、定石無視である。外側から麻由に並びかける。負けじとペースを上げる麻由。紅葉より少し先行する。辛うじて単独トップを取り戻した。しかし、残り300m以上もあるのに、今からラストスパートをしたら、最後まで体力が保たない。


「・・・私が・・・・負ける?・・・・・・よりによって、源川さんに!」


  『真後ろなんかじゃない。真後ろではなく、私の先を走っている』


 苦労して今の地位を掴んだのに、何も考えていない紅葉が追いついて、追い越していくビジョンが、麻由の中に蘇る。その後、どんなに追っても、紅葉の背中しか眺める事が出来ないビジョンが、麻由の脳を支配する。ゲリラライブでキラキラ輝いていた紅葉が憎々しい。


(イヤだ!負けたくない!

 なのに、なんで絡んでくる!?なんで、私を追い詰めるの!?)


 レースはラスト1周。ラストスパートの体力は残されていない。真後ろをキープしている源川紅葉は、必ず飛び出してくる。


「私にっ!付いてこないでぇぇっっっ!!!」


 瞬間的に、腕を廻しながら振り返って、真後ろの紅葉を遠ざけようとする麻由!


「・・・・・・・・んぁっ!」


 紅葉は咄嗟に身を退いて回避をするが、バランスを崩して転倒!


「・・・・あぁっ!源川・・・さん」


 足を止め、我に返り、転んだ紅葉を見つめる麻由。自分でも、何故、そんな行動をしてしまったのか解らない。

 2人の脇を、2番手グループが追い抜いていく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 麻由は、無言のまま踵を返し、残る150mを走って、AB合同の1レース目7位で、1000m走を完走した。

 紅葉も立ち上がって残りを走ってくれると思ったが、足を痛めて走る事が出来ず、レース参加者全員に取り残され、彼女を心配して寄っていた真奈やB組のクラスメイト達に、保健室に連れて行かれた。


 誰も、麻由が意図的に紅葉の妨害をしたとは思っていない。競った結果、接触をして、体の小さい紅葉が当たり負けた。または、紅葉が周りを見ずに暴走しすぎて、麻由に突っ込んでしまった。そのように解釈をした。

 皆が、「相変わらず猪突猛進」「次は勝ちそう」と紅葉を話題にする。

 この感じは何だろう?「紅葉が体当たりをした」と解釈しても、誰も紅葉を怒らない。皆、笑っている。でも、麻由が妨害したと聞けば、皆、きっと、麻由を、冷めた目で見るだろう。

 A組の仲間達が、麻由を心配して寄ってきて、「1位惜しかった」「大丈夫だったか?」と声を掛けてくれるが孤立感を拭えない。


「源川さんに、謝らなきゃ・・・」


 麻由は、体育教師に「紅葉の様子を見てきたい」と伝え、許可をもらって保健室に向かう。

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