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外伝②-5・ルナティス討伐指令~紅葉困惑

-30分後-


 ルナティスの気配は20分くらい前に消えた。最後に感知した場所に辿り着いた紅葉は、人集りと、救急車&パトカーを視認して、接近可能な限界まで近付いて状況を確認する。一車線が交通規制をされ、規制の区画内には、大破したバイクが転がっており、搭乗者らしい人が担架で救急車に運ばれていた。この現場だけを見ても、バイクが単独で事故を起こしただけにしか見えない。


「何があったんですか?」

「俺も、事故を直接見たわけじゃないから解らない」


 近くに居た野次馬に聞いたが、明確な答えは返ってこなかった。だけど、紅葉には、「ただの事故とは違う」という漠然とした不安がある。同じような事件は、卑夜破呀によって荒らされた夏祭りの地域から、この道に至るまでの各所で発生をしていた。

 何も手掛かりを掴めない紅葉は、しばらく現場を眺めた後に文架ゼミナールに戻ったが、その日は講義に全く集中が出来なかった(・・・まぁ、いつも集中していないけど)。




―夜・源川家―


 帰宅をした紅葉は、リビングでパパが見ているテレビの画面に“文架市”の文字が表示されている事に気付き、キッチンに用意された夕食を後回しにして、ニュースを食い入るように見つめた。


【文架市郊外の祭り大乱闘。

 暴走族と謎の人物の抗争で、30人が重傷・5人重体】


 報道の内容を要約すると、『文架市で【卑夜破呀】の呼ばれるグループが、町内の祭りを妨害した。そこへ【ウサギ仮面】が駆け付け、卑夜破呀と乱闘になり、メンバー30人が骨折や火傷などの重傷。5人が意識不明の重体』って内容だった。

 現場検証に追われてる警官達の姿。粉々になった神輿、打ち壊された出店、そして、そこかしこで大破したバイクが転がっていて、現場の物々しい様子が伝わってくる。だが、現場は、祭りの広場だけではないらしい。中継場所が切り替わって、別のレポーターが説明をする。広場での乱闘のあと、逃走する卑夜破呀と、追うウサギ仮面のバイクチェイスに発展をして、文架駅の西側全域で、卑夜破呀の被害が出ていた。略図で説明をされた事件発生現場には、紅葉が見に行った場所も含まれている。

 続いて、事件に居合わせた人達のインタビューが映される。「ウサギ仮面が来なかったら、私達が酷い目に遭っていた」「あんなの(卑夜破呀)今まで野放しなんて、警察は何やってんだ」と、揃ってウサギ仮面を擁護する内容だった。


「やっぱりルナティスが・・・」


 火象戦で共闘をした“頼れるルナティス”を思い出す。あの時は、ルナティスが、こんな大事件を起こす素振りは感じられなかった。「サイテーなヤツ等をやっつけたんだからイイぢゃん」と擁護をしたいが、これがやりすぎって事は、紅葉にも理解が出来る。


「紅葉・・・片付かないから、サッサと食べちゃって」

「・・・あぁ・・・ぅん。

 パパ、ァタシもニュース見たいから、音量上げてよ」


 ママに催促された紅葉は、キッチンに行って、テレビから流れる情報を気にしながら夕食を食べる。一方、紅葉を夕食で足止めした有紀は、寝室に行ってベッドに腰を降ろし、Yケータイを取り出して粉木に電話をかけた。


「紅葉が帰宅したわ」

〈様子はどうや?〉

「口には出しませんが、かなり困惑しているわね」

〈知っている者が事件を起こしたんだから、そうなるだろうな〉

「本部からの指示は?」

〈ワシ等の予想通りだ〉

「『討伐』ですね。・・・・やむを得ないわね」

〈お嬢に任せられるか?〉

「一線を越えて“対象”となった妖怪は、退治するのが任務よ。

 『あの子が納得する・しない』は、また別の問題です」

〈解った・・・なら、こちらからお嬢に指示を出す〉

「はい、お願いします」


 通話を終えた有紀が、溜息をつく。立ち上がってキッチンに戻ろうとしたら、扉がノックされて崇が入ってきた。


「紅葉は?」

「ニュースを見ているよ。食事の手が止まるほどにね。

 やはり『討伐』かい?」

「本部は、そう判断をしたわ」

「仕方あるまい。彼には、器が無かったんだろうからね」


 崇と有紀は、ルナティスの事は「人間の使い魔になった玉兎」程度に考えて、それほど警戒していなかった。結果、妖幻ファイターになって僅か一週間程度の紅葉に辛い指示を出さなければならない事を、苦々しく感じる。人間と妖怪の共存の難しさを、改めて感じさせられる。




―良太の部屋―


 良太はベッドに寝転んで、ぼんやりとしていた。玉兎が絨毯に寝そべり、生野菜が盛られた皿からブロッコリーを取って食べながらマンガを読んでいたが、チラッと見上げながら話しかける。


「ドウシタ、ソンナニ腑抜ケテ?」

「・・・ちょっと、やり過ぎたかな~と思ってね」

「気ニシスギルナ。今日ノ奴等ハ、今マデノ相手ヨリ狂暴ダッタ」

「まあ、そうだけど・・・。」

「にゅーすデモ、喜バレテルジャナイカ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 良太は「良かれと思って戦ってるうちに加減を間違えるようになって、何かの弾みで闇落ちしてしまうパターン」と実感している。

 子供達や保護者、広場の出店を守る為に戦ったことは後悔をしていない。だが、悪を許せない正義感と、自分の行動が遠因になって無関係な子供達に怖い思いをさせてしまった申し訳ない気持ちが混ざって、途中からワケが解らなくなった。半数が伸されて、戦意喪失をさせてバイクで逃げていく卑夜破呀メンバーに対して、「逃がさない」「根こそぎ淘汰する」と、レプラスを駆って執拗に追い回し、命乞いをする連中を片っ端に叩き伏せたのは、正解と言えるのだろうか?それは、ヒーロー願望の実現ではなく“狩り”じゃないのか?守って追い払って、逃げた連中は警察に任せれば良かったのではないか?戦いが快楽になってしまったら、もはやヒーローとは言えない。「クズ共に人権なんて要らない」と思う反面、「5人が意識不明の重体」と聞くと、「そこまでする必要が無いのでは?」と心配になる。


「・・・・・・・ちょっとジョギングしてくる走ってくる」

「オウ」


 動いていないと嫌な事ばかり考えてしまう。良太は、勢い良く立ち上がってウインドブレーカーを着込み、自室を出ていく。


「オモシレー奴ナンダケドナ。 

 アイツの霊力ノ キャパジャ ソロソロ限界カナ?」


 見送った玉兎は、中断してたブロッコリーとマンガを再開した。間もなくシューズを履いた良太が、リズム良く呼吸をしながら、鎮守の森公園に向かって駆けていく。




―源川家―


♪~♪~

 紅葉が、テレビの【ウサギ仮面】のニュースを見ていたら、Yスマホがメール着信音を鳴らした。確認をしたら、Yスマホを贈ってくれた【(株)パウダーウッド】からのメールだった。


「んぇ?何だろ?」


 メール開いた紅葉が怪訝そうな表情になる。


――――――――――


 仕事の依頼です。

 文架市で【獣騎将ルナティス】と呼ばれて話題になっている、

 妖怪【玉兎】の退治をお願いします。

 問題ある人間ばかりターゲットにして、被害も軽微なので黙認していましたが、

 本日の件で一線を越えました。

 

 本部は

 ≪依り代には、玉兎を制御する器が無い。

  行動がエスカレートをして無関係の人間が巻き添えにされる恐れあり≫

 という結論に達しました。


 任務に私情は厳禁です。すみやかに封印をして下さい。


――――――――――


 暫く考えてから「どうしても倒さなきゃダメなんですか?」と返信したが、何故か返信エラーで紅葉からは何も伝えられない。ニュースを見ていられなくなった紅葉は、黙って俯いたまま、自室に戻っていった。

 ソファーに座ってテレビに注目をしていた崇と有紀が、無言で紅葉を見送る。2人ともメールの内容を知っている。暴走の危険があるのは、ルナティスだけでなく、まだ自分の力を満足に扱えない紅葉も同じ。現に、紅葉は堤防で暴漢に襲われた時に、闘争心に支配されて自分を見失った。だが、紅葉はYスマホで暴走の危険性を制御したうえで黙認されている。理由は、紅葉には才能が有るから。そして、ルナティスは、制御システムは与えられず、討伐対象になった。対応の差に不公平を感じるが、「紅葉というイレギュラー」を抱えている退治屋文架支部に、これ以上の負担はかけられない。


「親のエゴと言われようと、大人の事情と言われようと、

 僕等が優先させるべきは紅葉だ」

「スッキリはしないけど、割り切るしかないわね」


「・・・ねぇ、パパちょっとイイ?」

「・・・ん?」×2


 紅葉が退室したと思ったから退治屋の話をしていたのに、声のする方に振り向いたら、さっき部屋に戻ったはずの紅葉が、真後ろに立っていた。


「わぁぁぁっっっっっ!!!」


 慌てて引っ繰り返りそうになった崇を、悲鳴を飲み込んで冷静さを装った有紀が支える。今の会話、紅葉に聞かれたか?もし仮に聞かれたとして、ヤバいことは喋っていたか?懸命に、数十秒前からの会話を思い出す。


「んぇ?・・・ど~したのパパ?そんなに慌てちゃって?」

「く、紅葉が急に声をかけて驚かすからだよ」

「そんなに驚かなくてもイイぢゃん」


 紅葉の反応を見る限り、知られちゃマズいことは聞かれなかったようだ。崇は、1つ咳払いをして平常心を取り戻す。


「どうしたんだ、紅葉?僕に何か話したいことがあるのか?」

「・・・ぅん。パパに相談」

「そっか、なら、こっちに座れよ」

「・・・ぅん」


 崇が少し寄ってくれたので、紅葉はソファーに腰を降ろす。


「ママゎおトイレとか、行かなくてイイの?」

「・・・はぁ?」


 どうやら、相談したいのはパパだけで、ママは邪魔らしい。紅葉の認識では、檄甘な優しいパパと、小言ばかりの怖いママなんだから、相談相手にパパを選んだのは仕方無いとして、こんな露骨な言い方ではなく、もう少し気を遣った発言でママを退席させられないのだろうか?


「あっ!そう言えば、今日はお風呂を洗う日だったわね」


 有紀は紅葉の要求を受け入れて退席をしてくれたが、崇的には、後が怖くて仕方が無い。


「相談てなんだ?何かあったのか?」


 改めて問うと、紅葉は少し喋りにくそうに躊躇ってから、気持ちを決めて話し始めた。


「ぅん。もしも・・・ね。

 もし、パパがお巡りさんで、パパのお友達が鉄砲持って悪い事をしちゃったら、

 パパならどうする?

 パパだけが、パパのお友達が犯人って知っていて、

 他の警察の人は犯人が誰かわからないの。

 それでもパパは、パパのお友達を鉄砲で撃つ?」

「・・・・・・・・・・・・・ん?」


 なんで、ワザワザ警察に例えている?紅葉が何を悩んでいるのかは把握しているが、紅葉の質問の意味がよく解らない。だけど、自分が妖幻ファイターって事を隠して、紅葉が紅葉なりに考えて質問をしたのだから、質問の意図を脳内で懸命に解読する。


「紅葉はどうなんだ?

 もし、仲良しの亜美ちゃんが悪い事をしたら、紅葉なら笑って見過ごすのか?」

「アミゎ悪いことしないモン。」

「例え話だよ。亜美ちゃんじゃなくて他の子でも良い。パパやママでも良い。

 紅葉の身近な人が悪い事をして、

 紅葉だけが、そのことを知っていたら、紅葉ならどうする?」

「・・・わ、わかんない」

「なら質問を変えよう。

 紅葉の友達が悪い事をしたら笑えるか?それとも悲しいか?」

「・・・悲しくなっちゃう」

「友達が悪い事をして罪が増えても、仕方無いって考えるか?

 それとも、罪が少ないうちに、やめて欲しいか?

 どっちが、友達の為に必要なことだと思う?」

「・・・やめてもらうこと」

「紅葉の友達は鉄砲を持っているんだぞ。

 やめて欲しくても、聞いてくれなくて、誰かを撃つかもしれない」

「なら、鉄砲を取る。鉄砲取れば、凄い罪はできなくなるよね」

「そうだね。

 紅葉に、鉄砲を取る力があるなら、

 お友達が罪を重ねない為に、鉄砲を取り上げるべきだ」

「・・・ぅん」

「仮に紅葉も鉄砲を持っていたとしても、

 相手を殺さないように撃つ方法だってあるんじゃないか?」

「・・・ぅん」

「それにね、紅葉・・・。君はお巡りさんじゃない。

 罪にも寄るけど、君がお友達を捕まえて、牢屋に入れる必要は無いんだ。

 紅葉がやるべき事は、お友達に、これ以上の罪を重ねさせないことだ」

「・・・そっか。そうだね」


 紅葉のよく解らない例え話に対する苦しい説得だったが、理解をしてくれたらしい。


「ありがとう、パパっ!」

「どういたしまして」


 表情に明るさを戻した紅葉が自室に戻り、十数秒を空けて、風呂掃除のフリをしていた有紀が、眉間にシワを寄せてリビングに戻ってきた。やはり「パパだけに相談」「ママいらね」の仕打ちが癪に障ったらしく、かなり機嫌が悪そうだ。


「さてと・・・こんな時間だけど、僕は僕に出来ることをやってくるよ」

「はぁ?急に何処へ!?」

「ぎょ、玉兎の依り代には、火象の時に、紅葉が助けてもらった恩があるからね。

 重体の5人の魂を繋ぎ止めて、彼が殺人犯にならない程度のフォローをする。

 し、仕事じゃなくて、ボランティアだから、残業代はもらえないだろうけどさ」


 崇は、そそくさとソファーから立ち上がって寝室に行くと、ラフな格好から、軽装の外出着に着替えて、まるで逃げるようにして出掛けた。

 もちろん、ママが怖くて家に居られないからではなく、ルナティスの罪を、これ以上重くしない為だ。・・・多分


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