外伝②-4・火像討伐~峠のレース~卑夜破呀
ルナティスが見る限り、ゲンジは戦闘の素人だ。巨大岩に潰されても平気というタフさ以外の長所が解らない。だが、裏を返せば、頑丈さを武器として使える。
「俺が、奴の気を惹く!隙を突いて、奴の鼻を攻撃してくれ!」
「お鼻?」
「投石も牽制も、鼻を使っている。奴の攻撃の基点は鼻って事だ」
「ぁ、なるほどっ!」
「武器は、腰の短刀だけか?」
「なんで?」
「奴の鼻の間合いの外から叩ける長物の方が、有利に戦えるだろうからな」
「おぉっ!ナガモノ、多分、あるよっ!」
「多分?」
「ァタシがイメージできれば、出現するっぽいの」
「へぇ・・・便利だな。じゃあ、それ使ってくれ!」
「解ったっ!!」
ゲンジは、数日前の勉強中に調べた巴御前の“巴形薙刀”をイメージして、Yスマホのモニターに「なぎなた」と書き込んだ!ぶっつけ本番だったけど、Yスマホ画面が輝いて、ゲンジの手に巴薙刀が召喚される!
「・・・・・行くぞっ!!」
「ぅぃっす!!」
ルナティスは魔王剣を握り締めて、火象に突進開始!火象は鼻で投石をしてくるが、予想をしていたルナティスは素早く回避をする!次々と石を投げ飛ばしてくるが、ルナティスは“依り代の運動神経+ウサギの俊足”の俊敏なフットワークで不規則に動き回って回避を続ける!
「パオオオオオオッ!!!!」
投石では捉えられないと判断した火象は、ルナティスに向かって炎を吐き出す!移動速度を上げ、今まで以上に不規則に動いて炎を回避するルナティス!炎が近くを通過するだけでも熱い!直撃を受けたら一溜まりもなさそうだ!火象は、いつまでも“たかが小動物”を捉えられないことに苛立ち、ルナティスに向けて炎を吐き続ける!
一方のルナティスは“火象が火炎放射に専念するタイミング”を待っていた!口から発する火炎を吐きながら鼻で牽制をしたら、自分の炎で鼻を焼いてしまう!つまり、火炎と鼻は、同時には使えない!案の定、火炎放射中の火象は、長い鼻を上に持ち上げている!
「今だ、突っ込めっ!!」
指示を受けたゲンジは、巴薙刀を形もへったくれもない持ち方で振り回しながら、火象に突進!鼻の先端部分に切っ先を振り下ろした!だが、まるで体重が乗らず、狙いも定まらない攻撃なので、鼻の両脇にある牙で弾かれてしまった!火象は火炎放射をやめて鼻を振り回し、ゲンジに叩き込んだ!
「んおぉぉっっ!!」
しかし、ゲンジは弾き飛ばされていない!足を踏ん張らせて、火象の鼻を真正面から受け止め、肩に担いで一本背負いの体勢になった!それは、傍から見ていたルナティスにも、火象自身にも、信じられない光景だった!火象の巨体が、小柄なゲンジに力負けをして浮き上がる!
「んおぉぉっっっっっ!!!」
次の瞬間、ゲンジに投げられた火象が、背中から地面に落ちる!素早くターンをして、火象の落下予想地点に突進をするルナティス!
「魔王剣・・・・・・紫電一閃っ!!!」
ルナティスが、魔王剣を逆手に持ち替え、高速移動で間合いを詰めて、火象の鼻の付け根に、妖力を発した強烈な斬撃を叩き込んだ!鼻に大きな傷が付けられ、傷口から出血のように闇が吹き上がり、堪らずに啼く火象!
「ぉぉぉ~っ、良く解んなぃけどカッチョぃぃっ!!ァタシもっ!!」
ゲンジは、巴薙刀を構え、見様見真似で気合いを発しながら火象に突進!無意識に込めた妖力で刃が輝く!本能で「接近されたら危険」を感じた火象は、倒れた姿勢のまま、ゲンジに向けて炎を放った!真正面から火炎を被るゲンジ!しかし、突進の勢いを止めることなく、片方の牙を砕き、鼻の付け根に巴薙刀の一撃を叩き込んだ!
「パオオオオオオッ!!!!」
切断された鼻が地面に落ち、傷口から大量の闇が噴き出す!
「ふんぎゃぁぁ~~~~~~ちっちっちっ!!!」
一方、相打ちで火達磨になったゲンジが、転がり回って火を叩いて消そうとするが消える気配が無い!ルナティスが寄って来て火を叩くが全く納まらない!火象の吐く炎は妖気の炎!人間界の炎と同じ手段では消すことが出来ない!
「燃えちゃう!燃えちゃう!火葬されちゃう!」
「薙刀を召喚したみたいに、火を消す道具を召喚できないのか!?」
「道具!?やってみるっ!」
ルナティス的には、「どう考えても、もう死んでるだろ?」って火の勢いなのだが、熱がっているワリにはゲンジは余裕があるように見える。
「水っ!風っ!なんか火を消す道具っっ!!」
水なんて召喚できるのだろうか?召喚に失敗すると嫌だから、「息を吹きかけてロウソクの火を消す」イメージで、Yスマホの画面に「うちわ」と書き込むゲンジ!光を発し、煌びやかな扇(=檜扇)が召喚されて、ゲンジの手に収まった!
「んぇぇっ?こんな小っちゃな『うちわ』で、火が消えんの!?
・・・まぁ、いいや!」
火達磨のゲンジが、扇を広げて自分に向けてあおいでみる。すると、妖気の風によって、あっという間に、全身を覆っていた火が鎮火をした。安堵の溜息をつくゲンジとルナティス。
「大丈夫か?」
「ダ、ダイジョウブ・・・真夏よりも熱かったけどね」
「豪快に燃えてたのに、その程度の熱さかよ?」
鼻を失った火象は、苦しそうに這いずっている。トドメのチャンスだ。ルナティスがジャンプをして、傍らの切り立った崖の上に着地。魔王剣を構えて気を込めると、刀身が輝き、発せられた光球が空中で停止して、八卦先天図に変形する。
「獣化転神っ!!!」
叫んでダッシュで八卦先天図に飛び込むルナティス!炎の獣に変化をして、崖を超高速で駆け降りる!
「最終奥義っ!!バニング・バスタァァァァァァァァッ!!!!」
火象の隙に向かって炎の獣が突撃!轟音と共に爆炎が上がり、炎の獣を解除して出現したルナティスが、火象に背を向けてポーズを決めた!
「永遠に沈め・・・闇の底へ!」
ルナティスが厨二な決め台詞を呟くと同時に、火象は力尽きて動かなくなる。直後に、バニングバスターの格好良さに見惚れたゲンジが寄ってきた。
「すげぇっ!今の、燃える兎みたいなの、なに!?」
「バニングバスター・・・俺の必殺奥義さ。
君は、必殺技みたいなのは無いのか?」
「ん~~~~・・・あるかもしれないけど、よくワカンナイ」
「そっか・・・まぁ、どのみち、君が必殺技を披露するまでもないさ。
象の怪物は倒れたからな」
「あぁっ!忘れてたっ!まだ終わってなかった!」
「・・・ん?」
「ヨーカイゎね、やっつけても、封印しないと、また復活しちゃうの」
「へぇ~・・・そうなんだ?」
ゲンジが、Yスマホに『ハリセン』と書き込み、『邪気退散』と書かれたハリセンを召喚する。
「りんっ!びょぅっ!とぅっ!しゃっ!
かぃっ!ぢんっ!れっっ!ざぃっ!ぜぇ~~~~~んっ!!」
淡く輝くハリセンを高々と振り上げて「邪気退散~っ!!」と叫びながら、火象の脳天を、勢いよく何度も叩いた!やがて、火象は可愛らしいゾウさんのぬいぐるみになって、ペコリとお辞儀をして、Yスマホのモニターに吸い込まれて消える。
「ぁりがと~っ!!ぉかげでやっつけられたょっ!!」
「また次の妖怪でも、こんなふうに共闘できたら心強いな」
「・・・ぅんっ!そ~だね」
勝利の余韻に浸りつつ「今から飯でも食いながら反省会でもどう?」と言いたい気分だが、互いに正体は秘密なので、プライベートまで仲良くすることはできない。
「んじゃっ、ァタシ帰るねっ!」
ゲンジは“颯爽と去る”を意識して、高くて急な斜面を、楽々と駆け上がっていく。一方のルナティスは、まだゲンジには元気に駆ける体力が残っていることを驚きながら眺めた。ゲンジが崖を登り切って姿を消した後、ルナティスは帰る為に愛車に寄っていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
直ぐ脇の、☆マシン綺羅綺羅☆と呼ばれたバイクが在ったはずの場所には、優麗高のステッカーが貼られた自転車が転がっている。ルナティスがギャグを妖力で覆ってレプラスとして使用しているように、ゲンジは自転車を妖力で☆マシン綺羅綺羅☆に変化させていたようだ。
「アイツ・・・忘れてる?そのうち取りに戻ってくるのかな?」
隠れて待っていれば“ゲンジの中の人”が取りに来そうだけど、彼女が隠している正体を詮索するのは、ヒーローにあるまじき行為のように思える。倒れっぱなしで砂埃を被っている自転車を放置して帰るのも可哀想なので、起こしてスタンドを立て、サドルの砂埃を軽く払ってやる。
「夏休みが終わって学校が始めれば、
ワザワザ詮索しなくても、この自転車の持ち主が解りそうだな」
初めて、ヤンキーやチンピラではなく“人類に仇為す強敵”と思いきり戦って勝利をした。急に何かが変化をしたわけではないが、チョット偉くなった気分。疲れが尋常じゃないけど、この感覚は悪くない。
ルナティスはギャグに乗って、高揚する気持ちを鼻唄に変えて、その場から去って行った。
この“気持ちの高揚”が危険な兆候ということに、良太は気付いていない。
―翌日・郊外の峠道―
上り勾配が終わって平坦な道になり、暫く行ったら下り坂。そんな道をホンダのCBR250RRがスピードを上げて走る。乗ってる男が焦ってた。背後で排気音が絶え間なく張り付いて、小さなバイクがバックミラーに映りっぱなしになっている。幾ら飛ばしても振りきれない。
「何だ、あの原チャリ!?・・・ちっこいのに、何て速さだ!?」
「見せてもらおうかっ!!最新スポーツモデルの性能とやらをっ!!」
排気量差を物ともせず、良太のギャグはCBRと互角に走った。直線で離されるのは仕方ないけど、コーナーになるとキッチリ追いつく。愛車ギャグは、元は父親が高校時代に乗ってた物だ。かなりチューニングされていて、ノーマルギャグとは桁違いなパフォーマンスになっている。
「ふんっ!バイクの性能と自分の腕を勘違いして、イキってんじゃね~よ!」
最新の250ccに食らいつく昭和の原チャリ。やがて道は下り坂となり、排気量ハンデが無に等しくなる。コーナーが迫り、CBRが減速とシフトダウン。だが良太はオーバースピードで突っ込んだ。小型・軽量ボディにABS付き強化ブレーキを組んでるので、制動距離の短さで差をつける。
「もらったっ!!」
読み通り早目に減速したCBRを抜いて、「ヤバくね?」ってくらいコーナーに接近してからシフトダウンとブレーキング。タイヤを鳴らしながら深くバンクさせて、ギャグと一体になってるようにコーナーをクリア。そこから先はもう、軽量車に有利な下り勾配で差が広がっていく。CBRの青年は、一方的に煽ってレースを吹っ掛けてきたギャグがムカ付いて仕方が無いのだが、もうどうにもならない。
「・・・何だ、アイツ?」
このレース、玉兎の妖力でバイクの強化はせずに、純粋に腕で勝負をした。非力なマシンを腕でカバーして勝ったことを、良太は誇らしく感じる。
だが、この時の良太は気付いていなかった。数日前までの良太なら、「誰も特をしない無意味なレースで承認欲求を満たす」ような下らないことはしない。何度かの玉兎との融合を繰り返し、且つ、火象戦で長く玉兎との融合を続けたことで、良太本人が妖力の干渉下に落ちつつあり、心に闇が溜まり、攻撃的な性格になりかけていることを・・・。
-駅の西側にある町-
峠を攻め終えた良太がバイクを走らせていると、子供神輿を担ぐ十数人の子供達と、それを囲んで誘導する保護者達が見えた。近くの広場では屋台の出店も出ている。町内会や子供達を中心にした町内の祭りが行わるようだ。
「わっしょい!わっしょい!」×たくさん
良太は、特に興味を示すでもなく、一定の気を遣って、超過気味だったバイクの速度を落として、横目で見ながら脇を通過する。
「・・・ん?」
しばらく直進をすると、対面から、明らかな違法改造されたバイクの集団が連なって、蛇行運転をしたり、爆音やクラクションを鳴らしながら走ってくる。
「ひゃっはぁ~~!!」
「わっ!危ねっ!!」
車線からはみ出して、対向車線の良太や一般車両を威嚇しながら通過していく者もいる。前の車のブレーキランプが点灯して、路肩に停車して改造バイク集団の通過を待ったので、良太もバイクを路肩側に寄せる。その脇を改造バイク集団が通り過ぎていく。
「迷惑な連中だ」
文架市を中心に、近隣都市で最凶最悪と恐れられている【卑夜破呀】というチームの暴走族だ。良太には「物に頼らなければ承認欲求を得られない阿呆共」としか思えない。意味も無く走行中の一般車に絡んだり煽るのは日常茶飯事なのだが、絡まれずに通過してくれたことを、良太は安堵する。
だが、直後に、先ほど通過したばかりの“子供神輿”を思い出した。意味も無く対向車を威嚇する者達が、反撃能力ゼロの子供神輿を見たらどうなるのだろうか?
「チィ・・・嫌な予感がする!」
思い過ごしで済めばそれで良い。良太は次の交差点でUターンをして、念の為に子供神輿の安全確認に向かう。
-子供神輿-
地響きみたいなエンジン音が鳴り響く。楽しむ子供達と見守る保護者達が「何事?」と眺めると、対面側から改造バイク集団が走ってくる。【卑夜破呀】は、子供を中心とした集団や広場の出店を見付けて、対向車線を無視して押し寄せてきた。リーダーらしき奴が金属バットを振り回して号令する。
「ガキ共の祭りなんてブッ壊せ!!これが、俺等の祭りだぁっっ!!」
「ひゃあああああっっっはああああああああああっっっ!!!!!」×たくさん
突然破壊された楽しい時間。泣き喚く子供達。金属バットやバイクが相手では、保護者達は対抗する手段が無い。子供達に神輿を放棄させて、抱きかかえて逃げる。金属バットで無残に叩き壊され、バイクで踏み潰される神輿。【卑夜破呀】メンバーの数人が、出店を叩き潰す為に広場に乗り込んでいく。
「やめろぉぉぉっっっっっっ!!!!」
レプラスを猛スピードで駆るルナティスが突っ込んできた!子供達に襲いかかる数人を弾き飛ばしてからレプラスを回頭して、再び突っ込み、納刀したままの魔王剣を振るって【卑夜破呀】メンバーの数人を薙ぎ倒し、出店前を破壊する連中を成敗する為に広場へと向かう!
一方、好き勝手に暴れ回っていた【卑夜破呀】は、リーダー格の合図で広場に入ってきたルナティスを取り囲んだ!
「先日の銀行強盗を妨害したのはテメーか!?」
「だったらどうした!?」
「ダチに恥をかかせやがって!」
「・・・狙いは俺!?」
銀行強盗は【卑夜破呀】の活動とは無関係。だが、ルナティスに成敗をされた犯人は【卑夜破呀】のメンバーで、ルナティスが破壊をした車は、いつも一緒に暴走をする大切なアイテムだった。
「気に入らないな!だったら、最初から俺を狙えってんだ!」
自分を誘き出す為に、何の罪も無い子供達にトラウマ級の恐怖を与えたと思うと、腹が立って仕方が無い!ルナティスは怒りで震えながら、全方位を囲んでいる【卑夜破呀】を睨み付けた!
-駅前商店街-
塾に来て駐輪場に自転車を駐めた直後の紅葉が、困惑の表情をする。ルナティスの出現を感知するのは初めてではない。火象戦後も、ルナティスが出現をして、2~3分で気配を消す事はあり、紅葉は「ルナティスが文架市の治安維持の為に頑張ってる」と感じていた。だけど、今は違う。闇に染まりかけたルナティスが、感情の赴くままに暴れている気配を感じる。
「アミっ!ちょっと用事ができたっ!
ミキとユーカと講師のセンセーに、チョット遅くなるって伝えといてっ!」
「ちょっと、クレハっ!」
紅葉は、駐めたばかりの自転車を引っ張り出して跨がり、亜美が止めるのを聞かずに飛び出していく。ルナティスは、離れた場所で高速移動をしているようだ。立ち漕ぎで自転車を走らせて、気配の移動を追う。




